老いの坂道(パピー)

楽しい心で歳を取り、働きたいけど休み、喋りたいけど黙る。
そんな気持ちで送る趣味を中心に日々の一端を書き留めています。

読書日記『抱擁、あるいはライスには塩を』 江國香織

2011-05-24 | 読書日記

昨年11月に発行された江國香織の最新作です。

(江國香織)

呉服問屋で財をなし、東京の神谷町に豪邸を構える柳島家の複雑な一家三代の歴史を描いた600頁に及ぶ長編小説です。

(『抱擁、あるいはライスには塩を』)

この豪邸に暮らす複雑な10人家族というのは、親から受け継いだ呉服屋を貿易会社に発展させた祖父、竹治郎とその妻でロシア人の、絹。
このふたりの子供である、菊乃、百合、桐之輔。そして菊乃と結婚して婿養子になった豊彦。
それから菊乃と豊彦の子供、望、光一、陸子、卯月(ただし、望と卯月はそれぞれ父と母が異なっている)。といった複雑な三代の登場人物です。

この複雑な一家三代の歴史と、それを彩る知性的で魅力的な人々が、時間を行きつ戻りつしながら、それぞれ異なった登場人物によって断片的に語られています。(目次写真)

旧弊な父親に耐えきれず家を飛び出す菊乃、見合いで結婚して声が出なくなってしまう百合、アフリカの小国やニュヨークなど世界を放浪して回る桐之輔。
その三人を母、叔母、叔父として持つ四人もまた、状況と時代に影響されゆさぶられて成長していく過程が。

また、柳島家の人々に翻弄される人々がときに切なく、ときに逞しく描かれています。

著者は童話作家や詩人でもあるようですが、実に美しい文章が複雑なストーリーに一種独特の安らぎを読み手に与えてくれるようです。例えば、

『トマトにママレードをぬる母の手は白い。静脈が青く透けている。厚ぼったいステンドグラスごしに、遅い朝の日差しが溢れかえっている。光は水のように自在で、食器の表面を滑ったかと思えば家具に吸い込まれ、同時にあちこちに存在し、微細な塵や埃の一つずつにまで届く』のように。

こんな文章で綴られていくゆるやかな「滅びの物語」の快さと、緻密に組み上げられたプロットの緊張感のバランスがまさに絶妙と言えるのでは・・・。

最終章あたりで浮かび上がってくる滅びの秘密で最後まで読み手を惹きつける魅力を感じました。

そして、読み終えた時、「終わらない小説」はない、という事実と向き合うのでした。

 

 

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