好きだよ。好きだよ。好きだよ。
あなたがそう笑うから、私も笑えます。
あなたの手が好きだった。
その指が描くまっすぐな線は、不器用な私にとってはとても真似のできない曲芸で、あなたのその手が描く世界が私の夢でした。
あなたはもう、とても遠い場所に行ってしまって、私にできることは、大好きだったあなたが私に残してくれた世界を演じることだけで。
それはとてもきつくて悲しいことだったけれど、でも、それは確かにあなたの命が私の中に蘇る瞬間だったから、私はあなたの手が紡いだ世界を声で紡げたの。
ねえ、今日は、あなたがいつか望んだ私たちの子どものために紡いだ世界を声で紡ぐよ。
「竹達さん」私の名前を呼んだその声を私はちゃんと聞いていたのだけれど、私は彼の声を無視して、歩くスピードを上げた。
「あの、竹達さん、待って」けれども甘かった。彼は私の前に回り込んで通せんぼする。
そして、私をとても愛しむ者の眼で見るのだ。優しい、貌をする。
私はそれがいたたまれなくて、彼の顔から目を逸らして、だけどそれが、私の大切な彼への背信行為のように思えて、すぐに彼の顔に眼を戻すのだ。
「こんにちは」
「こんにちは。あの、」
「ええ。デートの申し込みを、しにきました」しれっと彼は笑って、恥ずかしげも無くそう言う。「まだ、駄目ですか?」
私は、声を出そうとするけれど、開いた口から声が出てくれなくて、言葉が見つけ出せなくて、悲しい気持ちでいつもの通りに顔を左右に振る。
けれども彼は私を責めるような顔も、私を哀れむような顔もせずに、ただ、私の髪をくしゃっと撫でて、優しく笑う。
それが、でも、私には、嫌じゃなかった。
嫌じゃ、なかったのだ。
・・・・・。
私は彼の手をそっと、払いのけて、彼に微笑む。ただただ純粋に微笑むという行為を形にする。
手を振り上げ、彼の頬を、ひっぱ叩いた。
ーーーーあなたが笑うから、私も笑える 第一話
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます