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第1話(1)

戦雲(1)

 「とうとう来たか!」
下宿のおばさんから渡された封筒を開けて、広げたうすい赤紙を持つ手が震えた。
それは、火の気のない4畳半の部屋の寒さのせいばかりではなかった。

 1944年2月、中国との戦争は泥沼化し、いつ果てるともなく続いていた。
アメリカ、イギリス等を相手にした太平洋戦争は3年目を迎え、前年のソロモン諸島やニューギニア東部からの敗退、太平洋の島々での玉砕と、日本は押される一方になっていた。

 1943年10月には学生の召集猶予が廃止され、12月には学徒出陣の第1陣が出征した。
本田は、2年前に親の反対を押し切り富山から上京し、昼間は会社で働き、夜は神楽坂にある電気通信専門学校に通っていた。

 3月に横須賀の海軍通信隊に入隊し、3ヶ月の速成教育を受けた。
午前は教科授業、午後は実技訓練で、5時間の就眠以外は予習、復習に使った。
なにしろ、授業や訓練の後、テストがあり、満点がとれないと食事抜きなのだ。
日曜には、役にたたない軍事教練があった。

 そして、第一線に配属されることになった。
「どこに配属かな?」
「やはり戦艦か航空母艦がいいな。」
「よせよせ、真っ先に敵に狙われるぞ。」

 本田の配属先は南方総軍だった。
正確なニュースは伝わってはこなかったが、南方が敵の矢面であり、激戦が続いていることはわかっていた。
―――これは生きては帰れないな―――

 皆、それぞれの配属先に散ってゆく。
本田は親に形通りの手紙を書き、僅かばかりの私物を家に送った。
手元に残ったのは、通信隊でのノートと一冊の数学の問題集だった。
     
     
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