カザークの誕生(1)
時は17世紀半ば、場所はロシア南部の草原地帯である。
ワシーリェフはクズネツク村の血気盛んな若者だ。
今、ドン河の川べりの見張所に、5人の仲間と詰めている。
見張所のやぐらの上に立つと、左から右へと白い波を立てたドン河が流れている。
対岸はヨシ原が広がり、そのむこうは灌木が所々に生えている褐色の荒れ地が広がる。
そして、はるかかなたには雪を頂いた山並みが浮かんでいる。
見張所の背後には、薄緑に覆われた平原が地平線のかなたまで広がっていた。
昼間は、やぐらに一人だけ見張に立ち、他の四人は下の小屋で思い思いの時を過ごす。
ワシーリェフは市場で手に入れたサーベルを丹念に皮革で磨いている。
白髪交じりの一番年配のカザーク、ジーリンが村の古老から語り継がれた話を始めた。
「昔、われらが母なるロシアは東からやってきた蛮族、モンゴルに征服されたんだ。」
「その後、長い間、ロシアはチンギス・ハーンの末裔の汗国(キプチャク汗国)に従属させられていた。」
「“タタールのくびき”というやつですね。」
仲間の一人が口をはさむ。
「キプチャク汗国が分裂し、いくつかの小さな汗国に分かれたすきに、モスクワ大公国が力をつけ、タタール(モンゴル系遊牧民、ロシア南部ではトルコ系遊牧民)共を追い出したんじゃ。」
「しかし、今俺たちがいるロシア南部の辺境地帯はモスクワの力が及ばず、常にタタールに襲撃されるため、人跡まれな真空地帯だったんだ。」
ワシーリェフはサーベルを研ぐ手を止め、ジーリンの話に聞き入った。
参考図:「コサックのロシア」、植田樹、中央公論新社、2000