ツァーリの尖兵として(1)
ステンカ・ラージンの反乱の後、モスクワはドン・カザークへの統制を強める。
政府はカザークに、「十字架の前で”ツァーリへの忠誠を誓う」ことを要求してきた。”
ドン軍団総会が開かれる。
村のアタマンになったワシーリェフも出席する。
「我々はツァーリの臣下ではない。断固、拒否すべきだ!」
「辺境防衛と引き換えに、なにがしかの対価をモスクワから得ているのだ。モスクワとは対等だ。」
「カザークの自由と独立を守れ!」
「しかし、もう我々の力だけでは、トルコやタタールと戦えないぞ。政府軍の援助が必要だ。」
「今一度、反乱が起これば、ドン・コサックは内部崩壊しかねない。妥協すべきだ。」
「もう略奪で生計を立てる時代ではなくなったんだ。ツァーリに俺たちの軍事力を提供しよう。」
ツァーリへの忠誠を誓えば、カザークの永い伝統である“国とは別の自分たちの共同体”であることを捨てることになる。
議論は沸騰し、サーベルを抜いての乱闘一歩手前までいった。
しかし、結局、ツァーリに逆らっても無駄であることを認めざるを得ず、総会はツァーリに宣誓することを受け入れた。
チェルカッスクの広場で、カザークたちは一人、一人、聖書にかけてツァーリへの忠誠を誓った。
ワシーリェフも宣誓し、名前が記帳される。
“軍アタマンのためなら命を捨てられるが、雲の上の存在のツァーリのために戦えるだろうか?”
ワシーリェフは、自分や仲間のために戦った若き日を、懐かしく思い出した。
参考図:「プガチョフの反乱」、中村仁志、平凡社、1987