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「公益」と「公共の福祉」

昨日の朝日新聞をぼんやり見ていました。「オピニオン&フォーラム」は割と好きでよく読みます。
その7月27日付に 平野啓一郎さんの文章があり、なんだかとてもよく理解できたので書いておこうと思いました。

公益というのは、社会的な合意もなしに一般人にとっての「利益」が定められ、強制されることで、人間の多様性をおびやかすものになりかねないこと。
公共の福祉というのは、個々人の多様な利害調整のための概念、だそうです。

憲法改正の議論でも、この二つが混同されていることも書かれていました。また、社会システムは主に経済合理性で設計されているけれど、人間は複雑で、そこに組み込まれない部分を持っている、とのこと。合理性がとりこぼしているものを芸術が表現することで、より複雑な現実に対応した豊かなものになることもあること。
そうだよね、と、私の理解の範囲ですが、とってもよくわかるのです。
絵本に対する良書主義だって、あんまり合意もないのに「読み継がれたものを与えれば一般人にとって利益になるだろう」といった公益性が叫ばれてきましたね。それに対して、無数の受け手の個々の「これが好き」という気持ちを利害調整しながらやっていくのが、公共の福祉だよね。

また、大人好みの良い絵や良い文章の本を経済合理性で優先していくのが公益だけれど、そこに組み込まれない個々の人間の好みを調整していくのが、公共の福祉だよね。

おはなし会のプログラムも、図書館が指導したやり方は「公益」に沿ったものではなかったでしょうか。それに対して、聞き手選書や読み手の気持ち・聞き手に沿った方法でやっていくのが、「公共の福祉」だと思うよ。だから、プログラムを、「みんなで話し合って決める」ボランティアは、「公益性」でなく「公共の福祉」の立場に立つと、とても豊かなものになるということ。

さて、図書館の目的は、公共の福祉に貢献するんだったんじゃないのかな。もちろん教育も、個人の成長を願うものであれば、公共の福祉に向かうのが良いような気がするんですが。

 

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