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朝の光(聖書の言葉)

使徒の働き1(使徒1-7章) エルサレムで教会の始まり 2018-05-05

使徒の働き1


(使徒1-7章) 

エルサレムで教会が始まる


口語訳聖書引用 

 
 

使徒1章から7章までは,

エルサレムで教会の始まりです。
 
 
使徒1章  
 
 
約束の聖霊

 
(使徒1:3-5)

「イエスは苦難を受けたのち,
自分の生きていることを
数々の確かな証拠によって示し,
四十日にわたって
たびたび彼らに現れて,
神の国のことを語られた。
そして食事を共にしているとき,
彼らにお命じになった,
『エルサレムから離れないで,
かねてわたしから聞いていた
父の約束を待っているがよい。
すなわち,
ヨハネは水で
バプテスマを授けたが,
あなたがたは
「間もなく聖霊によって,
バプテスマを
授けられるであろう』」。
 
 
イエス・キリストは復活し,

弟子たちに現れ,

弟子たちに聖霊のバプテスマを

授けると約束しました。
  
 
 
 
使徒2章  聖霊が降る

  
(使徒2:1-4)

「五旬節の日がきて,
みんなの者が
一緒に集まっていると,
突然,激しい風が吹いてきたような
音が天から起ってきて,
一同がすわっていた
家いっぱいに響きわたった。
また,舌のようなものが,
炎のように分れて現れ,
ひとりびとりの上にとどまった。
すると,一同は聖霊に満たされ,
御霊が語らせるままに,
いろいろの他国の言葉で
語り出した。」
 
 
イエスは十字架の死から

3日目に復活されたがました。


聖霊降誕(ペンテコステ)は,

それから50日目にあたります。


聖霊は,父なる神と御子キリストを

通して私たちに注がれます。


聖霊が,イエスを信じる者の

心を満たし,異言を語りだします。
 
 
 
 
ペテロは,

聖霊のバプテスマの業を見て,

あざける人々に,

次のように説教をします。

  
(使徒2:14-22)


「そこで,ペテロが
十一人の者と共に立ちあがり,
声をあげて人々に語りかけた。
『ユダヤの人たち,
ならびにエルサレムに住む
すべてのかたがた,
どうか,
この事を知っていただきたい。
わたしの言うことに
耳を傾けていただきたい。
今は朝の九時であるから,
この人たちは,
あなたがたが思っているように,
酒に酔っているのではない。
そうではなく,
これは預言者ヨエルが
預言していたことに
外ならないのである。
すなわち,
『神がこう仰せになる。
終りの時には,
わたしの霊をすべての人に注ごう。
そして,
あなたがたのむすこ娘は預言をし,
若者たちは幻を見,
老人たちは夢を見るであろう。
その時には,
わたしの男女の僕たちにも
わたしの霊を注ごう。
そして彼らも預言をするであろう。
また,
上では,天に奇跡を見せ,
下では,地にしるしを,
すなわち,
血と火と立ちこめる煙とを,
見せるであろう。
主の大いなる
輝かしい日が来る前に,
日はやみに
月は血に変るであろう。
そのとき,
主の名を呼び求める者は,
みな救われるであろう』。
イスラエルの人たちよ,
今わたしの語ることを聞きなさい。
あなたがたが
よく知っているとおり,
ナザレ人イエスは,
神が彼をとおして,
あなたがたの中で行われた
数々の力あるわざと
奇跡としるしとにより,
神からつかわされた
者であることを,
あなたがたに
示されたかたであった。』」
 
 
ヨエルの預言は,次のとおりです。


(ヨエル2:26-32口語訳)

「あなたがたは,
じゅうぶん食べて飽き,
あなたがたに
不思議なわざをなされた
あなたがたの神,
主のみ名をほめたたえる。
わが民は永遠に
はずかしめられることがない。
あなたがたは
イスラエルのうちに
わたしのいることを知り,
主なるわたしが
あなたがたの神であって,
ほかにないことを知る。
わが民は永遠に
はずかしめられることがない。
その後わたしはわが霊を
すべての肉なる者に注ぐ。
あなたがたのむすこ,
娘は預言をし,
あなたがたの老人たちは夢を見,
あなたがたの若者たちは幻を見る。
その日わたしはまた
わが霊をしもべ,
はしために注ぐ。
わたしはまた,
天と地とにしるしを示す。
すなわち血と,火と,
煙の柱とがあるであろう。
主の大いなる恐るべき日が来る前に,
日は暗く,月は血に変る。
すべて主の名を呼ぶ者は救われる。
それは主が言われたように,
シオンの山とエルサレムとに,
のがれる者があるからである。
その残った者のうちに,
主のお召しになる者がある。」
 
 

 
聖霊が下ると,

弟子たちの交わりから,

教会が出来ます。

  
(使徒2:41,42口語訳)

「そこで,
彼の勧めの言葉を
受けいれた者たちは,
バプテスマを受けたが,
その日,
仲間に加わったものが
三千人ほどあった。
そして一同はひたすら,
使徒たちの教を守り,
信徒の交わりをなし,
共にパンをさき,
祈をしていた。」
 
 
 
 
使徒の働き3章  

 
ペテロ,足の不自由な男をいやす

 
(使徒3:6-10)

「さて,ペテロとヨハネとが,
午後三時の祈のときに
宮に上ろうとしていると,
生れながら足のきかない男が,
かかえられてきた。
この男は,
宮もうでに来る人々に
施しをこうため,
毎日,
「美しの門」と呼ばれる
宮の門のところに,
置かれていた者である。
彼は,ペテロとヨハネとが,
宮にはいって
行こうとしているのを見て,
施しをこうた。
ペテロとヨハネとは
彼をじっと見て,
「わたしたちを見なさい」
と言った。
彼は何かもらえるのだろうと
期待して,
ふたりに注目していると,
ペテロが言った,
「金銀はわたしには無い。
しかし,
わたしにあるものをあげよう。
ナザレ人イエス・キリスト
の名によって
歩きなさい」。
こう言って
彼の右手を取って起してやると,
足と,くるぶしとが,
立ちどころに強くなって,
踊りあがって立ち,歩き出した。
そして,歩き回ったり踊ったりして
神をさんびしながら,
彼らと共に宮にはいって行った。
民衆はみな,彼が歩き回り,
また
神をさんびしているのを見,
これが
宮の「美しの門」の
そばにすわって,
施しをこうていた者であると知り,
彼の身に起ったことについて,
驚き怪しんだ。」
 
 
弟子のペテロたちは

聖霊のバプテスマを受け,

確信に満ちた説教をします。


そして,

いやしの業がなされました。


使徒ペテロが

イエスの御名によって

いやした男は,

「生まれつき足のきかない男」

でした。


ペンテコステの日の異言を伴う

「聖霊のバプテスマ」に続く

この出来事をきっかけとして,

ペテロたちの宣教は

拡大していきました。

  
 
 
使徒の働き4章  
 

持物を共有する

 
(使徒4:32)

「信じた者の群れは,
心を一つにし思いを一つにして,
だれひとりその持ち物を
自分のものだと主張する者がなく,
いっさいの物を共有にしていた。」

 
弟子たちが

聖霊のバプテスマを受け,

信じる者は増えます。


信じた人々は財産を出しあい,

共有にしました。


教会の始まりでした。
 
 
 
 
使徒5章 

 
アナニヤとサッピラ
 
(使徒5:1,2)

「ところが,
アナニヤという人と
その妻サッピラとは
共に資産を売ったが,
共謀して,
その代金をごまかし,
一部だけを持ってきて,
使徒たちの足もとに置いた。」
 

アナニヤとサッピラの罪は,

代金の一部しか持ってこなかった

ことではありませんでした。


彼らは,持ってきたお金が,

土地の代金の全部であるかのような

偽りの態度をとったことに

問題がありました。
 

(使徒5:5)


 
アナニヤとサッピラは

息が絶えました。
 

 
 

 
使徒6章  

 
ステパノたち7人の選出

 
(使徒6:1-4)

「そのころ,
弟子の数がふえてくるにつれて,
ギリシヤ語を使う
ユダヤ人たちから,
ヘブル語を使う
ユダヤ人たちに対して,
自分たちのやもめらが,
日々の配給で,
おろそかにされがちだと,
苦情を申し立てた。
そこで,
十二使徒は弟子全体を
呼び集めて言った,
『わたしたちが
神の言をさしおいて,
食卓のことに携わるのは
おもしろくない。
そこで,兄弟たちよ,
あなたがたの中から,
御霊と知恵とに満ちた,
評判のよい人たち七人を
捜し出してほしい。
その人たちにこの仕事をまかせ,
わたしたちは,
もっぱら祈と
御言のご用に
当ることにしよう』」。

 
エルサレムの教会では,

人数が増えてきましたので,

様々の実務的問題が生じました。


教会には,ヘブル語を話す者と,

ギリシャ語を話す者がいました。


この2つのグループで,

争いがありました。


一部の人々が,

毎日の配給で

なおざりにされることが

あったのです。


初代教会は,

こうした実務的問題を,

専門の担当者

(現在では

執事と呼ぶことがあります)

を選ぶことによって解決しました。


7人を選びますが,

このうちには

ステパノとピリポがいました。
 
 
 
 
使徒7章 

 
ステパノの殉教

 
(使徒7:59,60)

「こうして,
彼らがステパノに石を
投げつけている間,
ステパノは祈りつづけて言った,
『主イエスよ,
わたしの霊をお受け下さい』。
そして,ひざまずいて,
大声で叫んだ,
『主よ,どうぞ,
この罪を彼らに
負わせないで下さい。』
こう言って,
彼は眠りについた。」
 

ステパノは大祭司,

民衆たちの前で説教をします。


ステパノの話した内容は,

死刑にされるようなものでは

ありませんでした。


それにもかかわらず,

彼は死刑にされました。


「石で打ち殺した」とは,

当時のユダヤの死刑の方法です。


ステパノの殉教の際の態度は,

十字架上のイエスのようでした。


彼は,迫害する者のために

とりなしの祈りをしました。
 
 
エルサレムの人々は

イエス・キリストを拒んだように

ステパノをも拒みました。

 
ステパノは聖霊に満ち,

神の栄光と神の右に立っている

イエス・キリストを見ました。

 
ステパノは

キリストに似る者となりました。




2018-05-05

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