振り返ればいろいろなことがあった今年・・・
同じことの繰り返しの中に、スパイスのように心に残る出来事がちりばめ
られていた。
おばあちゃんの入院の件、母の体調の件、友人関係の件、自分の体調
の件、育児の件・・・・・・・
それぞれが、いろいろ考えさせられたことだった。
喜怒哀楽の出来事。
人間にだけ与えてもらった表現方法。
息子が学校で悩んだ事があって登校したあと帰ってきてしまった時
息子は帰ってきてから暫く部屋で泣いていた。
そのあとちょっとふっきれた顔で部屋からでてきた。
小さい特に男の子だと、男だろ泣くんじゃないと言われた子供は多いと
おもう。私も息子に言っていたかもしれない。
でも、すごく悲しい時思い切り泣いたほうが、それが心のしこりとならず
次に進めるらしい。
泣きたい気持ちを抑圧すると、行き場のない悲しみがトラウマとなって
残ることがあるという本を読んだこともある。
喜怒哀楽は人間を作った大いなるものが、あたえてくれたもの。
泣きたい時は泣いたっていいと思う。
「 泣 」
強がりなんかいうことないよ
やせがまんなどすることないよ
だれに えんりょがいるもんか
声をかぎりに泣くがいい
ただひたすらに泣けばいい
(相田みつお いのちいっぱいより)
自分の喜びを喜んでくれる人に恵まれることは、その喜びを二倍にも
三倍にもすることができるようになる。
そして悲しみを共に悲しんでくれる人に恵まれることは、その悲しみを
際限なく小さくする事ができる。
だから、悲喜の感情を共有し、共感しあってくれる家族や先生や友人
に恵まれなければ、そうした感情が豊かに育つはずがない。
悲しみの心を失わないように。
そうすれば、喜びの気持ちは自然についてくる。
それらは表裏の感情だから。
悲しい時には、遠慮しないで泣くことが大切である。
(ドイツ哲学者A・ゲーテン)
大人になるにつれて感情
を抑圧して、感じないようにしていくようになる気がする。
いろんな事を経験して、自分が傷つかないように、感じないようにして
しまう。
でも本当の自分は感じている。傷ついている。
大人になっても、自分の心に耳を傾けてあげること、素直に悲しむ事は
大事なことだと思う。
そして息子にも、悲しい時には遠慮しないで泣いて、喜びもこころから
味わい、悲喜を共有できる素敵な友人を作っていってほしいと心から
願います