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隠れ家-かけらの世界-

今日感じたこと、出会った人のこと、好きなこと、忘れたくないこと…。気ままに残していけたらいい。

「ちょっといいでしょ?」と緒形拳さん-「風のガーデン」と「帽子」より

2008年10月12日 00時15分03秒 | テレビにプチコメント
 「風のガーデン」、「帽子」の再放送、見ました。

■私たちは「想像の生き物」だから
 前者は倉本聰脚本の新作。「北の国から」の流れである北海道の自然の美しさを丁寧に伝え、そのかげに生きる人々の心の声を、説明口調ではない短いセリフに乗せてくれる。「説明口調ではない」……、ここがもう、なにより!
 そしてセリフで言わないところに、大事な「コトバ」がある。そこも、なにより!
 私たちは「想像の生き物」。だから、その「想像」をじょうずに刺激してくれるドラマをみたい。そして倉本作品は、いつもそれに応えてくれる。
 緒形拳という役者の最後の作品。以前に比べたら、ずいぶん痩せられてたんだな、と思う。
 「白野」のときの会見でだったか、「70歳からが楽しみ。いろいろなことをそぎ落として芝居をしていきたい」というようなことを語っておられた。
 その答えのひとつの形が、「風のガーデン」での、立っているだけで白鳥貞三のこれまでを私たちに想像させてしまう、あの存在感だったのか。
 自作の花言葉を口にしたあと、「ちょっといいでしょ?」と小首をかしげて微笑むところ。あんなにかわいい笑顔を、最近みたことがないな。
 冒頭での大滝秀治とのかけあいは、ドラマの進行とか関係のない導入だったけど、見ているだけで幸せになれる秀逸なシーンだった。
 久しぶりに、乞うご期待のドラマ発進。

■新幹線でのロードムービー
 そして再放送の「帽子」(録画して、結局連続2回見てしまった)。
 陳腐な言い方だけど、事件やトラブルなんか起こらなくても、十分刺激的で興味をそそられるドラマがつくれるんだ~、ということだ。
 さすが、池端俊策さんの作品。
 静かなひと言ひと言に、本人の心のかげや恥じらいややりきれなさがにじむ。
 ここでも痩せた緒形拳がすごい力でこちらに迫る。静かに佇んでいるだけなのに、圧倒するものなんて何もないのに、いつのまにか迫ってきている、静かに、音もなく。軽妙で、頑固で…。
 青年と新幹線で東京へ行くまでの会話の流れが秀逸。そして、再会した世津子と公園で話をするときの緒形さんの目がいい。目だけで、照れやうれしさや寂しさをみせてくれる。
 緒形拳はもちろんだけど、玉山鉄二田中裕子の存在もステキ。
 「のほほんと、最後までしっかり生きる」
 深いです。



 10月8日には、NHKで 「名優・緒形拳が逝く」を放送。
 二人の息子、緒形幹太氏、直人氏にとって、いかにでかくて温かい父親であったかが伝わり、泣けました。
 誰もがこんなふうに子どもから慕われるわけではない。深く長い歴史があったのだと想像します。
 いなくなったことを本気で悲しんでいるファンが大勢いる、と津川雅彦氏の発言。本当にそうです。
 最近の緒形さんももちろんいいけど、30~40代のころのギラギラした演技もこれから再びみてみたい。
 「復習するは我にあり」と観たとき、私はしばらくこの役者がキライになったことを思い出します。

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