隠れ家-かけらの世界-

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ビョークの魔術~『ダンサー・イン・ザ・ダーク』~

2007年04月07日 17時06分10秒 | 映画レビュー
★『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(デンマーク、2000年制作)★

●ビョークがいなかったら…
 「ダーク」は盲目ゆえの暗闇と、ビョーク演じるエルマの迷い込んだ人生の迷い道だろうか。
 遺伝性の視覚の障害をもったエルマ――、それでも子どもをその手に抱きたいという母性の願いから生まれた息子ジーンも同じ病を患い、エルマは工場で必死で働く。息子にはその遺伝のことを告げず、故国チェコに住む父親に送金をするためと偽り、小さな缶にためている手術代。
 移民として訪れたアメリカで、それでもエルマが決して悲壮にみえないのは、彼女には大好きな音楽があり、アマチュアの劇団でのミュージカルの稽古に生きがいを見出しているから。
 工場の場面でいきなり歌と踊りが始まったときには、「え、これってミュージカルなの?」と違和感があったのだが(基本的に、ミュージカルは映画『ウェストサイドストーリー』以外はどうも苦手)、でもそれはエルマの妄想の世界で繰り広げられるエンターテイメントだと知って、自然にうけとめられた。踊りも派手じゃないし。
 なんと言っても、圧倒的なビョークの歌と存在感。あの独特の声とボーカルの妙味。テクニックではなく、体から生まれ出てくる音符の群れ。幼子のような表情と何かを一心にみつめる目の深さ。
 ああ、そういう言葉では表せないビョークの強さがセルマに乗り移って、こっちに迫ってくる。この人がいなかったら生まれなかった映画なのだろう。本人も「私は役者じゃなく、あくまでミュージシャン」と言っているように、音楽と彼女が一体となって、エルマが歌い踊る。

●見事に生きること
 淡々と物語は進み、セルマは親切にしてくれていた男に息子の手術代を盗まれる。男の抱える事情を十分に理解しながらも、彼女にとっては、そのお金は息子のための大事なもの争っているうちに男のもっていたピストルで男を撃ってしまう。
 取り戻したお金をその足で病院に届け、医者に息子の手術を依頼したあとは、逮捕~裁判~死刑執行、と物語は一気に終焉へと進む。
 彼女は何も明かさない。そのお金が息子のために貯めたものであることも、その男が破産を妻に知らせられなくて悩み、実は殺してくれとエルマに迫っていたことも。「秘密にすると約束したから」と。
 再審のためにその手術代をあてようとした友人キャシーの友情も断り、息子に手術を、という願いだけを心の支えに死刑の執行を待つ。
 それでも、この映画はただのミュージカルなんかじゃない。死への恐怖をあまりにリアルにみせつけられて、身動きできないくらい体が重くなる。静寂の牢屋ではセルマの妄想も広がらず、音楽の世界に入り込むこともできない。排気口に耳を押し当てて、かすかな音を聴きながら「My Favorite Thing」を歌うビョークがせつない。女性の監視官はやさしく彼女をフォローし、すくんで歩けない、と言うセルマのために、死刑執行場までの廊下で靴音を聞かせる。とたんにセルマの世界が躍り出し、彼女はまるで招かれるように進んでいく。
 最後のシーンはショックだったなあ。友人のキャシーに渡されたメガネを手に、息子への愛を歌う、「これは最後の歌じゃない最後から、二番目の歌♪」と。そして、刑は執行される。
 フワフワと柔らかい雰囲気のまま生きて死んでいったセルマの奥に流れる強さ、息子への至上の愛。不幸な結末への後悔も、人への恨みも、セルマはどこに隠してしまったのだろう。
 人はどんなふうにも生きられるけれど、見事に生きるのは難しい。

●カトリーヌ・ドヌーブ発見!
 ビョークもすばらしかったけれど、キャシー役にカトリーヌ・ドヌーブを見たとき驚き。あまりに若いので、似た女優さん?と思ってしまった愚かな私。
 きれいな艶やかなイメージがあるけれど、着飾らない温かい、母親か姉のような大きさでエルマを支える友人を演じて、本当にステキだった。工場で躍る場面で、懐かしい『シェルブールの雨傘』を思い出しました。最近では『イースト/ウエスト 遙かなる祖国』で主人公を助ける富豪家の役で観ただけだったし。久しぶりに『昼顔』も観てみたい。
 かっこよく年を重ねているんだな。もうすぐ「輝ける女たち」が封切りされるとか。


 ビョークのCDを久しぶりに聴いてみたくなりました。
 不幸な女性セルマ、というより、しなやかで強いセルマに光をあてた映画なのでしょう。ショッキングな結末で疲れた頭に、ビョークの歌声が回っています。

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