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隠れ家-かけらの世界-

今日感じたこと、出会った人のこと、好きなこと、忘れたくないこと…。気ままに残していけたらいい。

「さよなら じいちゃん♪」~「花咲く土手に」

2024年11月28日 10時14分44秒 | VARIOUS SONGS

2024.11.26(火)




    
 日曜日、朝ウォーキングで、近くの緑地を行く。
 なんとなくここでも、紅葉や冬への準備が遅いような気がする。
 画面に入りきらなかったイチョウの大木も、まだ緑の部分が残っている。
 それにしても、陽射しが気持ちいい。日陰に入ると空気が冷たく、いかにも11月の匂いがする。
 かつてほどは慌ただしい季節ではなくなったけれど、どうも好きにはなれない季節。

 父の命日と誕生日が近くにあり、誕生日には好物だった大福と好きな銘柄のビールを。
 母は思い出すことがあるのだろうか。
 面会のとき、父のことを話そうかと思いながら、いつもやめてしまう。1年前なら楽しかったエピソードに笑ってくれたけど。今はどうなんだろう。
 混乱させては、と母を気遣う気持ちと、誰?みたいな反応されて動揺する怖さを避けたいという自分勝手な思い・・・。その両方だ。

 息子が毎年、この時期の休日の早朝に墓を訪れてくれる。
 とくに信心深いという人でもないのだが、「なんか毎年じいちゃんに報告して、来年もよろしく、みたいなの言いたくなるんだよね」。
 父が亡くなったとき、まだ大学生になったばかりだったが、「じいちゃんみたいな年の取り方をしたい」と言ったことがある。
 若いころたくさん苦労してきたけれど、晩年は穏やかに暮らしたこと、彼らにはユーモアとたっぷりの愛情を注いでくれたこと。そのあたりなのかな。

 昨日帰りの電車で、玉置浩二のアルバム『カリント工場の煙突の上に』をひさびさに聴いた。

 彼のアルバムはこれしか持っていないが、私のfavorite albumの1枚。
 「西棟午前六時半」は好きなアーティストのすべての楽曲の中で10本?の指に入るくらいの曲だけど(好きな理由はココに。お時間があったら)、昨日は「花咲く土手に」をリピートしたので、「西棟・・・」まではたどり着けなかったなあ。
 昭和の地方の野辺送りの風景、「さよなら じいちゃん」と空に向かって言う、今は都会で暮らす男の声。
 聴くたびに、私の父の葬儀でいつも朗らかな息子の目に急に涙が溢れた、あのときを思い出す。
 さよなら、じいちゃん、だったんだね。


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