うさことママのお気楽日記

うさこです。老女の母とのなんて事のない日常を思い出にしようと書き続けています。

救急車から 病院へ

2015年04月18日 18時12分35秒 | Weblog
  ここからは はっきり言えば
 まだら記憶です。
 弟が仕事帰りに 様子を見来たら 完璧 おかしい状態だったそうです。川崎の兄は 実家に向っていると連絡し合っていました、弟は 色々病院に電話して 連れて行きたいと 相談していましたが・・・幻覚が見えたり 精神的な4病には対応出来ませんと 断られ 最後の手段として救急車を頼んだそうです
ところが新型救急車らしく 家の前までは入って来れませんとマァー途中の公園から連絡があったそうで だから近所の人は7うさこが運ばれたことさえ知りません。で・・・家に救急隊員の方が2名来てくれました。ても ストレッチャーではなく 足袋に入れられ一人用の担架でした。
今思えば 近くの救急車が入れる場所まで一人で運ばれたような気がします。そのあと 救急車の中の ベットに 寝かされと思います。

そして言われたことは はっきり7覚えています。
ここはどこだかわかりますか?
救急車の中です。

今 売れいれ可能の病院探しています。 私たちが誰だかわかりますか?

はい。ハンサムな 救急救命士さんです。(なんか・・・突っ込む元気が出たのは 救急車にいると言う 安心感でしょうか ?)
⇒ 少しずつ記憶と 周りの話からの 聞き取りですけど(笑)

救急車に運ばれるまで・・・・

2015年04月18日 06時31分07秒 | Weblog
突然おかしくなったのかケロ

ぐ具合が悪くて 熱が42度まであって  
具合が=悪い間 川崎から毎日兄嫁が看病してくれていました。
       兄は 仕事が終わって うさこの家に泊まり 朝4時半に仕事に出かけていました。 母はその頃施設で不安な毎日を過ごしていました。
 時々携帯で うさちゃん 不安なのよ 不安なのよ 寂しいのよと 訴えていました。 でも うさこには どうすることも出来ませんでした。

兄嫁と タクシーで いくつもの病院へ行き 点滴を打っていました。
点滴さえ打てば元気になれると思っていたのです。  そうすれば母を迎えに透けると信じていたのです。⇒⇒  続きたい