東京でカラヴァッジョ 日記

美術館訪問や書籍など

スタンダール症候群、ヴォルテラーノ

2021年08月23日 | 西洋美術・各国美術
スタンダール著、臼田紘訳『イタリア旅日記2   ローマ、ナポリ、フィレンツェ(1826)』新評論、1992年刊  より
 
   僕はかれ(僧侶)に北東の隅にある礼拝堂を開けてもらえないかと頼んだ。そこにはヴォルテラーノのフレスコ画があるのだ。かれは僕をそこに連れていき、僕を一人きりにした。そこで、僕は祈祷台の足乗せに坐り、顔をそらせて、聖書台に寄りかかって、天井を眺めることができたが、ヴォルテラーノの巫女たちはおそらく僕に、絵画がこれまでに生じさせたもっとも激しい喜びを与えてくれた。僕は自分がフィレンツェにいるという考え、墓を見たばかりの偉人たちの近くにいるという考えに、すでに一種の恍惚状態であった。崇高な美を熟視することに没頭して、僕はそれを間近に見て、いわばそれに触れていた。僕は美術から受けたこの世ならぬ印象と興奮した気持が混じり合ったあの感動の頂点に達していた。サンタ・クローチェを出ながら、僕は心臓の動悸、ベルリンでは神経の昂ぶりと呼ばれるものを覚えていた。僕の生命は擦り減り、倒れるのではないかと心配しながら歩いた。
 
 
  スタンダール症候群。
  イタリアの心理学者によって、1989年に命名される。
  フィレンツェを訪れる外国人観光客(専らイタリア以外のヨーロッパの国からの観光客)に見られる症状で、芸術作品の魅力に囚われて、目眩、吐き気、動悸といった症状に、崇高な充実感と強い圧迫感が伴うという。
 
   美容室脳卒中症候群と同じ原因だとも言われる。
   頭を後ろにそらせる、という不自然な姿勢を長時間続けることで、首にある椎骨動脈が圧迫されて脳へ行く血流が低下するのだという。さらに、それによりできた血栓が、元の姿勢に戻った際に血液とともに一気に勢いよく流れ、血管に詰まる(脳卒中)可能性があるという。
 
   症状の原因はそうなのかもしれない。
   ただ、不自然な姿勢を長時間続けてしまったのは、芸術作品の魅力の虜となったが故。海外美術旅行中は、何かと頑張り過ぎるものである。私の場合は足だった。帰りの空港で普通の段差につまずいて、ドリンクを散らかしてしまった。
 
 
   ところで、ヴォルテラーノって誰?
 
   ヴォルテラーノ(il Volterrano、本名
Baldassarre Franceschini)。
   1611年ヴォルテッラ生まれ。だから、ヴォルテラーノと呼ばれる。ヴォルテッラやフィレンツェを主に活動し、フレスコ画や油彩画を制作、1690年にフィレンツェで死去。画家もその作品も全く知らない。スタンダールの時代(19世紀前半)には、評価が高かったのだろうか。
 
   だからなのか、スタンダールがスタンダール症候群になったきっかけの作品は、同じサンタ・クローチェ聖堂のフレスコ画でも、ジオットのフレスコ画だとする説も見かける。
   ただ、上記の書には、ヴォルテラーノ作品のみが触れられ、ジオットには全く触れられていない。別バージョンのイタリア記(『イタリア紀行   1817年のローマ、ナポリ、フィレンツェ』新評論、1990年刊  など)にはジオットにも触れられているのだろうか。
 
 
il Volterrano
《Incoronazione della Vergine e Sibille》
1653〜61年
Firenze, basilica di Santa Croce, cappella Niccolini



コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。