*** june typhoon tokyo ***

Nao Yoshioka @WWW


 10年の歳月が育んだ進化を、迸るグルーヴで体現した圧巻のステージ。

 “絶え間なく進化し続ける”を意味する言葉を冠したNao Yoshiokaのツアー〈Nao Yoshioka 10th Anniversary Tour 2022 -Ever Evolving-〉が開幕。9月13日の福岡を皮切りに、19日の札幌を経て、20日に東京公演が行なわれた。ツアータイトルにあるように、デビュー・シングル「Make the Change」のリリースから10周年という節目となる年のステージだ。会場は、かつて渋谷のシネマカルチャーを牽引するミニシアターの一つだったシネマライズ跡に建てられた、音響の良さでも定評のある渋谷・WWW。フロアには国内外の老若男女が集い、Nao Yoshiokaが10年来宿らせてきた魂(ソウル)を浴びようと、いまや遅しと待ち構えていた。Nao Yoshiokaのライヴを体感するのは、今年初めにブルーノート東京で行なわれたスペシャルライヴ〈Nao Yoshioka Tokyo Funk Sessions 2022〉(記事→「Nao Yoshioka@BLUE NOTE TOKYO」)以来となる。

 10周年のメモリアルとなるツアーの東京公演にWWWを宛がったのは、単なる偶然ではなくて、意図的なものだったのだろう。アメリカに拠点を移してのスタートがパンデミックによって出鼻を挫かれ、傷心の帰国からの立ち上がりに奮起した2021年のジャパン・ツアー〈-Rising After the Fall-〉の東京公演(記事 →「Nao Yoshioka@WWW X」)はWWW Xだったし、文字通り“出発”を冠した、渡米しての本格的な活動を目前にした2018年のライヴ〈“DEPARTURE”〉(記事→「Nao Yoshioka@渋谷WWW」)もWWWと、何か自身においてのターニングポイントになる際はこの会場を舞台にしてきたように思う。ライヴ中に調子が出てくると関西弁が溢れ出てくるように、大阪出身の彼女だから故郷ではないし、“第二の故郷”という意味でも、彼女が留学中にシンガーとして生きる原点となったサム・クックの「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」(A Change Is Gonna Come)と出会ったアメリカの方が近いかもしれないが、人生のエポックとなる場所の一つには挙げられるはずだ。

 思い返してみると、デビュー当時の東京では今は無き代官山LOOPのステージによく顔を出していた印象で、その後を受け継いだのがWWWになるか。代官山LOOPでは何回かステージを観賞したが、ソウル・シンガーの登竜門アポロシアターのアマチュアナイト準優勝という惹句を引っ提げてデビューした彼女が、なぜ小箱の代官山LOOPで歌っているのだろうと思っていたこともあった。回を重ねる毎にフロアに人が溢れ、一気にシーンを駆け抜ける予感もヒシヒシと伝わってきたが、事はそう簡単にはいかないのが常、ということなのだろう。幾度も海を渡り、紆余曲折を経て辿り着いた10年の節目は、代官山LOOPのキャパシティを大きく凌ぐ、ターニングポイントの度にステージを踏んできたWWWで迎えることになった。東京でのメモリアルにふさわしい舞台(=WWW)に再び戻ってきたんだな……そんな身勝手な妄想が脳裏を過ぎっていた。



 鉄壁のバックは、ミュージックディレクターの宮川純をはじめ、ベースのザック・クロクサルとドラムのFUYUというブルーノート東京公演に引き続くメンバーに加え、ギターに磯貝一樹を配した布陣。磯貝を生で観るのは初めてで、恥ずかしながら最近まで存在を知らずにいたのだが、近年愛聴している『サウス・ロンドン・サウンズ』『ブロックウェル・ミックステープ』といった作品を発表している英・サウスロンドンのトラックメイカー/プロデューサーのedbl(エド・ブラック)とコラボレーション作『The edbl x Kazuki Sessions』の“Kazuki”その人と知り、その手腕にも注視。R指定とDJ松永とのヒップホップ・ユニット“Creepy Nuts”の作品に参加していることもつい最近知ったばかりだ(苦笑)。

 長髪で細身、優しげだがどことなく野性味も感じる磯貝の風貌は、ロックギタリストっぽくもあり、爪弾く音も直にガツンと伝わる裸の音という感じ。だが、単にラフでノイジーに掻き鳴らすのではなく、刺激的なラウドな音ながらも、独特のタイム感というか、呼吸する間がある感じもあって、オルタナティヴR&BからアンビエントR&Bあたりの音色を捉えたエレクトロニックなネオソウル・アレンジなどにも不思議とマッチ。宮川の鍵盤が牽引するアグレッシヴなサウンドアプローチに個性を放ちながらも溶け込むというギターテクニックを見せてくれていた。
 ベースのザックとドラムのFUYUは、グルーヴの渦が横溢するサウンドを抜群の安定感と共鳴を呼ぶボトムで下支え。つい下支えと言ってしまったが、磯貝のギターと宮川の鍵盤に見せ場のパートが多かったことに比べると、という意味で、派手なサウンドアクションはないものの、身体を揺さぶるのに十分な、肚にズシリとくる刺激的なリズムを構築。楽曲が佳境に入る際はもちろんのこと、音数が少なめのミディアム・スローやバラードなどでもその存在感を発揮していた。

 今回のステージは、どちらかといえば、土の薫りがするソウルというよりも、中盤で披露した9月16日にリリースしたばかりの新曲で、たゆたうような浮遊感と瑞々しく深遠な彩色で包まれる「Wave」をはじめ、ジャズやネオソウルを大胆な解釈で発展させたR&Bを主軸に展開。既存曲であっても新曲であっても、そのアティテュードは変わらず、10周年の集大成だからと当時のムードに浸って演奏したり、USコンテンポラリーの潮流に乗ったような素振りは見せずに、Nao Yoshiokaクルーならではオリジナリティを最大限に発露させたのが、なによりも秀抜。絶え間なく進化し続ける“Ever Evolving”のテーマを裏切らない、現在進行形のNao Yoshiokaの進化を赤裸々に打ち出したものとなった。

 「Love me」を歌い終えて、おもむろに「音楽っていいよね」と語り出すと、これまで幾重にも胸に宿っていただろう感情がつい口を突く。良く思われたい、いいアーティストとして認められたいと、良くも悪くも一生懸命やろうと10年間肩肘張って歌ってきた。だが、奇跡的に出会ったこのバンドメンバーはじめ、素晴らしいミュージシャンたちと音楽をやっていると「そういうことじゃねぇんだよな」と。言葉で「夢は叶う」なんて言われても信じられないが、音楽の中でだったらストンと胸に落ちる瞬間がある。そういう音楽を創るためには、音楽を愛し、何のエゴもない愛で伝えたら、しっかりと感じ取ってもらえる。だから、そんな夜にしたいという言葉に、フロアから拍手の波が打ち寄せられる。それこそずっと彼女を見て、エールを送ってきたコアなファンからすれば、自分が語るのはおこがましいにもほどがあるだろうが、代官山LOOPで観た時の印象は、技術や資質としては大いに驚かされたのを今でも覚えているが、「負けてなるものか」「今に見ていろ」というような強すぎる気概を感じたのも事実。もちろん嗜好として好みの音楽性だったので厭うことはなかったが、人によってはその強い圧に、やや息苦しさを感じるかもしれないと思ったのも正直なところだ。

 それがどうだろう。序盤のMCで「やりたいことや幸せの尺度が違う他人と比べるのではなく、自分の道の中で悦びを見つけて、自分が輝いている姿を求める生き方を、一緒に目指す世界にしたい」と述べていたが、彼女自身が10年という歌手人生の中で経験し、葛藤して行きついた心情の推移が、ステージにも明確に投影されていた。元来秀でた資質を備えていたから、以前から定評ある歌唱力が今となって圧倒的に変化したということもないが、かつては力任せにパッションを迸らせていたものが、しなやかさを纏った力強さに変わったとでも言おうか。直情に訴えることに強くあった重心が、経験が導き出した心的な余裕とともにより広い視野で歌を捉えるところへ推移した結果、歌うことへの悦びと歌へ込められた思いを豊かに描出する包容力に溢れる歌唱に繋がったのではないか。笑みをこぼし、太い声で迫り、切なさに心痛し、内なる声で天を突く……喜怒哀楽さまざまな心情を、噓偽りなく意のままに歌うその姿は、まさに“Ever Evolving”なNao Yoshiokaだったといえよう。

 それらが如実に表われたのが、終盤の「Forget about It」だ。「みんな、踊り足りてないってことある? ワタシ全然踊り足りてへんのやけど」と言ってオーディエンスを煽ってからスタートしたこの曲で、シンプルに音楽の愉しさを衒いなく表現。オリジナルとはだいぶ彩りを変え、コズミック&フューチャー・ラテンとでも呼びたくなる冒険譚作風のシンセポップ仕様へと変貌。ポコポコと鳴るパーカッション音と跳ねのあるシンセ・コードが享楽の世界の扉を開け、刺激と軽快の合間のリズムを絶妙に構築するベースとドラムがさりげなく褐色を彩るなか、疾走や嘶きがない交ぜになった人間味が充溢した磯貝のギターソロから、エレガントな装いからジェットコースターのように性急なアップダウンに富む宮川の変態的な鍵盤ソロまでの10分弱のエキセントリックなセクションを経て、Nao Yoshiokaの恍惚と興奮が入り乱れたシャウトも飛び出す……といった展開は、まごうことなき“ソウル”な瞬間だった。



 本編ラストは新曲となる「Anywhere, Anytime」で、心が折れて夢を諦めてしまった大切に思っている人へ“(才能を持っている)自分のことは疑わないで欲しい”というメッセージを贈った曲とのこと。ポツリと「私自身にも言っているんですよね」と呟いた時の表情と、胸が締め付けられるような哀しさが滲むようなメロディとともに、思いの丈をどこまでも遠くへ伝えようとするヴォーカルが印象的だった。

 アンコールは、Nao Yoshiokaの原点となるデビュー曲「Make The Change」。クレジットには、ニュージーランドのネオソウル歌手のサーシャ・ヴィーが作詞、日本人プロデューサーのHiroyuki Matsudaが作曲と、Nao Yoshiokaのオリジナル曲の中で唯一彼女が手掛けていない。失意に暮れて留学先から帰国した際に、現在所属しているレーベル〈SWEET SOUL RECORDS〉のプロデューサーで代表の山内直己に出会い、歌って欲しいと提供された曲だ。歌手として舞台に立ってからさまざまな経緯を辿ってきて、今となっては“変化を恐れず、自分のなりたい自分になる”という彼女の想いを最大限に凝縮し、具現化したのが、自身が手掛けずに与えられたこの楽曲だというのも、なかなか因縁めいていて面白い。

 晴れやかに、華やかに、時には唸り、色香も添えながら、最後は充溢な表情で歌い尽くした100分間。Nao Yoshiokaとメンバーたちには満ち足りた、清々しい表情が溢れていたが、それは、余韻が残るフロアも同様だった。ファンたちからの進化への期待に、想像以上の新たな進化で応える揺るぎない信念とアグレッシヴなパフォーマンス。“Make The Change”と“Ever Evolvingの両輪が結実したツアーは、10月11日に地元・大阪でファイナルを迎える。

◇◇◇

<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 Truth
02 The Light
03 Freedom & Sound
04 Celebrate
05 Tokyo 2020
06 Got Me
07 All in Me
08 Love Me
09 Wave(New Song)
10 (New Song)
11 I Love When
12 Loyalty
13 Forget about It
14 Anywhere, Anytime(New Song)
≪ENCORE≫
15 Make The Change


<MEMBER>
Nao Yoshioka / ナオ・ヨシオカ(vo)

Jun Miyakawa / 宮川純(key, Music Director)
Zak Croxall / ザック・クロクサル(b, syn)
Fuyu / FUYU(ds)
Kazuki Isogai / 磯貝一樹(g)

◇◇◇

【Nao Yoshiokaのライヴに関する記事】
2013/10/11 Nao Yoshioka@LOOP
2013/12/06 Nao Yoshioka@代官山LOOP
2016/11/20 Nao Yoshioka@タワーレコード新宿【インストアライヴ】
2016/11/24 Nao Yoshioka@赤坂BLITZ
2017/11/18 Nao Yoshioka with Eric Roberson@ミューザ川崎
2018/03/27 Nao Yoshioka@渋谷WWW
2020/12/18 Nao Yoshioka@BLUE NOTE TOKYO
2021/10/28 Nao Yoshioka@WWW X
2022/01/18 Nao Yoshioka@BLUE NOTE TOKYO
2022/09/20 Nao Yoshioka@WWW(本記事)

【SWEET SOUL RECORDSのCDレビュー】
・2012/01/31 『SOUL OVER THE RACE VOL.2』
・2012/04/10 『DANCE, SOUL LIGHTS』

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