*** june typhoon tokyo ***

久保田利伸 @BLUENOTE TOKYO



 パラレルワールドで紡ぐ、リラクシンで恍惚な宴。
 
 コロナ禍でなければ実現しなかったかもしれない。6日間で12公演と一見多くの観客が入りそうな印象だが、通常のツアーチケットでさえ争奪戦が激しいところを、コンパクトなブルーノート東京で、しかも座席数も制限されての非常にレアなステージ。基本ミュージックチャージが16,500円(税込)とやや高めの設定ではあるものの、ファンクラブ会員ですら容易に当選しない激戦を潜り抜け(おそらくこれまでのブルーノート出演アーティストのなかで最激戦の抽選だったのではないだろうか)、その一席を得ることが出来たのは、まさしく“幸運”という言葉で説明する以外のなにものでもなかった。声を出せない、密を避けなければならないという制限下のなかで企画されたのは、ボサ・ノヴァとラヴァーズロックにフォーカスしたというスペシャルなステージ。“ファンキー”が代名詞の“日本のR&Bのパイオニア”が、リラクシンながらも芳醇なソウル・グルーヴを奏でる〈Bossa & Lovers Rock Night〉は、久保田利伸ならではの音楽のグレイトフル・ジャーニーの一端を垣間見せていた。

 ステージには左から鍵盤の川口大輔、ベースのSOKUSAI、ヴォーカルのYURI、ドラムの天倉正敬、ギターの小池龍平、キーボードの森大輔、パーカッションの中島オバヲという7名の名うてのミュージシャンと、久保田利伸という総勢8名が所狭しと陣取り、緩やかなリズムから腰を揺らせるグルーヴまでを、縦横無尽に音の雨のごとく降らせていく。個人的には天倉はマンデイ満ちる、中島はREBECCA以来に観たことになるか。ちなみに、久保田と中島は以前、世田谷(経堂?)の楽器店でアルバイトをしていた仲だそうで、「あの時頑張って、こうやって二人ともミュージシャンになれて良かったね」と昔を振り返る場面も。

 バンドメンバーが促すように音を奏で始めると、YURIがヴォーカルを執るセルジオ・メンデスの代表曲「マシュ・ケ・ナダ」から幕を開け、やおら満を持してこの日の主役がやや早歩き気味に登場。1991年の『Parallel World Ⅰ KUBOJAH』に続く『Parallel World』シリーズ第2弾で、2013年にリリースされた『Parallel World II KUBOSSA』に収録されたアストラッド・ジルベルトで知られる「いそしぎ」のカヴァー「The Shadow of Your Smile」へ。ブラジリアンな世界をすんなりと創り上げていく。

 「いつもは“ウーッ”とか“ファンキーピーポー!”とかのやり取りがあったりしますが、今回はそういう感じではなく、リラクシンなゆる~い感じで、ボサ・ノヴァやらレゲエのグルーヴを楽しんでもらえたら」と語って進んでいった“Bossa & Lovers Rock Night”。そういう意味では、R&Bやファンクといった久保田の代名詞的サウンドとは異なる、久保田の音楽へのこだわりに特化した企画“パラレルワールド”シリーズのライヴ版と捉えていいか。それでも久保田の代表曲「LA・LA・LA LOVE SONG」を当企画仕様にアレンジしたり、コロナ禍で制作したという「空の詩」といったオリジナル曲も挟み込んで、パラレル(並行)といいながらも、久保田の歌声とバックバンドが奏でる安定とフレキシブルが一体となった絶妙なグルーヴとともに、どのようなアレンジにおいても、どこかに久保田っぽさがチラつく“オンリーワン”な音楽性をシームレスに繋いでいく。

 ただ単にボッサやレゲエにアレンジしたショウとしないのが、やはりエンターテイナーたるゆえんで、飲食にもその色が。ブラジルの国旗の黄色と薄緑を表現したカクテル「copacabana breeze」や、久保田が最初にジャマイカ・キングストンに訪れた時にも食したというジャマイカの郷土料理“ジャークチキン”を久保田のリクエストで山椒を使ったオリジナルアレンジに仕立てた「山椒ジャークチキン」と、耳だけでなく味覚や視覚など五感でラスタやボッサを愉しませる演出を。「本来ならライヴ開始後の飲食はダメなのですが、そこはお願いして“copacabana breeze”はライヴ中に注文してもいいことになったので、是非、すぐに、お試しください」「“山椒ジャークチキン”の山椒はボクのアイディアなんですよ。作ったのはお店の方ですけど。ただ、この前、前方の席の人に〈美味しいでしょ〉って聞いたら、普通は〈美味しいです〉っていうんですけど、その人は〈ちょっとね…私は好きじゃない〉って答えて。でも、そういった空気を読まない、それぞれがそれぞれに自由な楽しみ方をするのが、この時代、またいいんじゃないかと思います」とダイバーシティを意識しながら(笑)トークを展開して和ませるのも、幅広い音楽や人、文化に触れてきた久保田らしい。ふと気づくと、ラヴァーズロック・アレンジによるアフタービートを効かせた楽曲の際には、照明も黄色や緑を強調したジャマイカの国旗よろしくなライティングを施したりと、世界観を構築するためのこだわりが随所に窺えた。

 そして、久保田が指示を出すとドラムの天倉を始め、一瞬にしてさまざまなリズム・アレンジを変貌させてしまうバックバンドの柔軟性たるや。即興で指示する久保田も楽しそうで「もう自由自在だよ!」やらメンバー紹介にも「〇〇においては日本一、いや世界一だよ」と思わず問いかけるなど、気心が知れた以上の信頼関係で作り上げる音の訴求力は、見事の一言だ。
 

 個人的に白眉に思えたのが、後半のグローヴァー・ワシントン・ジュニアの名曲「ジャスト・ザ・トゥ・オブ・アス」(邦題「クリスタルの恋人たち」)のカヴァー。元来久保田がソウル・II・ソウルのキャロン・ウィーラーを迎えて発表していたが、ここでは絶大な信頼を寄せているYURIとのデュエットで披露。YURIのアダルトで情感溢れるヴォーカルに触発されたのか、ここではしこたまソウルフルなヴォーカルワークで、セクシーなグルーヴをもたらしていく。「今日はファンキーなのをやらないって言ったんですが、気が付けば普通にウーッとかやっちゃってました」と照れ笑い。それもこの日のグルーヴに任せたナチュラルな展開だからこそで、違和感は皆無。「やっぱりいい音楽、いいグルーヴだとノっちゃう」ということを、極上の音の雫とともに体感したことに、ライヴの素晴らしさを痛感していた。

 終盤は、久保田の楽曲としては以前ミュージック・ソウルチャイルドとのデュエットで発表した、日本が誇る坂本九の名曲「上を向いて歩こう」のカヴァーを、森のヴォーカルを添えて披露し、眼前に星空が浮かぶような、麗しい音世界を描出。本編ラストは『Parallel World II KUBOSSA』にも収められた、トム・ジョビンの「Corcovado(Quiet Nights of Quiet Stars)」でしっとりとエンディング。アンコールは、久保田のオリジナルから「Cymbals」を。この楽曲の詞世界と当ライヴのテーマとの整合性はないとは思うが、歌詞にある“新しい呼吸が始まる前に / 好きな好きな懐かしい歌を / 静かにゆっくり歌ってごらん”というフレーズには、コロナ禍において心や気持ちが荒むことも少なくないなかで、自分の好きな歌を歌うことで、ファンへの感謝や安らぎを与えられたら、という想いが込められているのかもと感じたりもした。

 ツアーとは異なるステージではあったが、歌と音に酔いしれる異次元な世界、まさに音楽のパラレルワールドの波に漂った80分。最高では安直過ぎる、いわば至極の久保田流“音のバザール”を享受した一夜となった。


◇◇◇

<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 Mas Que Nada(Original by Jorge Ben Jor / well Known as Sergio Mendes' song)
02 The Shadow of Your Smile(Original by “Love Theme from The Sandpiper”)(*KBS)
03 LA・LA・LA LOVE SONG
04 Lean on Me(Original by Bill Withers)(include phrase of “One Love” by Bob Marley & The Wailers)
05 Between The Sheets(Original by The Isley Brothers)(*KBS)
06 空の詩
07 Hello Like Before(Original by Bill Withers)
08 Just the Two of Us(Original by Grover Washington Jr.)
09 SUKIYAKI ~Ue wo muite arukou~(Original by Kyu Sakamoto)
10 Corcovado(Quiet Nights of Quiet Stars)(Original by Antonio Carlos Jobim)(*KBS)
≪ENCORE≫
11 Cymbals

※(*KBS): song from album『Parallel World II KUBOSSA』


<MEMBER>
久保田利伸(vo)/ Toshinobu Kubota

川口大輔(p,key)/ Daisuke Kawaguchi
森大輔(key,vo)/ Daisuke Mori
YURI(vo)
小池龍平(g) / Ryuhei Koike
SOKUSAI(b)
中島オバヲ(perc)/ Obawo Nakajima
天倉正敬(ds)/ Masanori Amakura


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