*** june typhoon tokyo ***

脇田もなり『AHEAD!』


 脇田もなり流ポピュラー・ミュージックの醸成への価値ある試行錯誤。

 デビュー・アルバム『I am ONLY』から1年ぶりに届けられたのは、“もっと前へ!”という歌手としての気概と“She Sings Pop-Eyed Soul Music.”なるキャッチフレーズで提示した強烈なスタイルの意匠だった。
 本来なら前面に押すべき顔を粗くぼやかしてでも、常に成長していきたいという意志とブルー・アイド・ソウルになぞらえた“Pop-Eyed Soul”という造語でポップ・シンガーとしての覚悟と成長の実感を伝えたかったのだろうか。それらの思いを憑依させたかのような鮮やかな赤を下地にポップアート風なデザインでフォントを強調させたジャケットをあつらえた脇田もなりの2ndソロ・アルバム『AHEAD!』には、歌手としての貪欲さと自信が満ちていた。

 ここでいう“Pop-Eyed Soul”は、たとえば、ロックやジャズなどに対してのソウルフルなポップではなく、もっと大きな括りでのポップ、いわゆるポピュラー・ミュージックという意味合いでのポップネスを指しているのだろう。言い換えればオーセンティックな流行歌、スタンダードなポピュラー・ミュージックの歌い手として、さまざまなジャンルの音を包含しながら脇田もなり流のポップネスを完成させていくというチャレンジが、このアルバムの興趣たるところだ。



 それに大きく寄与しているのが、冗談伯爵の新井俊也。冒頭の「Callin' You」をはじめ「PEPPERMINT RAINBOW」「愛のデカダンス」「TAKE IT LUCKY!!!!」「遊星からのアイラビュー oh! oh!」「WINGSCAPE」と12曲中半数を占める6曲で曲を提供。『AHEAD!』の世界観を決定づけるプロデュースを行なっている。既に発表された「WINGSCAPE」「TAKE IT LUCKY!!!!」のシングル・タイトル曲やもなり流ニュージャックスウィング「PEPPERMINT RAINBOW」を除くと、やはり新井俊也楽曲の中での注目は「Callin' You」と「遊星からのアイラビュー oh! oh!」だろう。

 イントロなくいきなり脇田もなりの声が届くという仕掛けもニクイ「Callin' You」は、山下達郎(シュガーベイブ)「パレード」を下地に谷村有美「Not For Sale」あたりを掛け合わせたような清々しさと爽快感が広がるダンサブル・ミッド。ゴキゲンという言葉が似合う跳ねたノリに、伸びやかでジョイフルなヴォーカルが映えるさまは、真っ青な夏の空のそれ。それにシャッフルリズムのニュージャックスウィング「PEPPERMINT RAINBOW」へと続く展開は、ライヴでも強烈なセットになりそうだ。
 一方、「遊星からのアイラビュー oh! oh!」はセンチメンタルなラテン・ファンク。翳りと色香を添えたラテンの装飾で覆いながらも内には初期久保田利伸や林田健司あたりが構築していたファンキー・グルーヴが見え隠れ。黄昏から夜のとばりへと繋がるようなアダルトなパッションを仕込んで、脇田もなりの“艶”を引き出そうとしたか。



 新井楽曲以外では、ラブホテルと宇宙の神秘をシンクロさせようとしたMVが話題の「Gozigen Lover-Joi」には、鈴木桃子と佐々木潤という元COSA NOSTRAコンビが参加。ピチカート・ファイヴ「東京モナムール」、ICE「HIGH ON LOVE」、Fantastic Plastic Machine「Electric Lady Land」などで詞を提供した鈴木と、「陽のあたる場所」「BELIEVE」のMISIA曲は言わずもがな、名取香り、charaら女性ヴォーカリストへの提供で名を馳せた佐々木との洒脱さを帯びたソウルフル・ポップスを手掛けるのに不足なしの“盟友”タッグが、シンセ・アタックの強いブラックコンテンポラリーを下敷きにスリリングな哀愁ポップスへと昇華させた作風は、小泉今日子「迷宮のアンドローラ」を渋谷系に落とし込んでみたらという想像も頭をよぎる垂涎曲だ。

 そのほか、脇田のライヴバンド“Up and Coming”のバンドマスター、ラブアンリミテッドしまだんは、AORやフュージョンをファンク・ロック的なアプローチで夏仕様にした「Dear」(ここでは脇田もなり自身が作詞を担当)を、microstar(マイクロスター)の飯泉裕子と佐藤清喜の二人は、エレクトリカルでカラフルな彩りを施した彼らが得意とするミッド・バラード「走る僕」を提供。愛妻ひふみかおりの詞を佐々木の潤いあるメロディに乗せた「CUTi-BiL」は、MISIA「BELIEVE」をチラつかせるスウィートなR&Bに。



 異色となったのは、ヒップホップやビートミュージック・シーンで活躍するThe Anticipation Illicit Tsuboi(illicit tsuboi)とバクバクドキンのYUIが制作したジャジィなボッサ風「LEMON」と、ラストを飾るShunské G & The Peasによるブルース寄りのソウル・ポップ「青の夢」。どちらも脇田もなりの未知なる可能性や魅力を引き出すのには面白いセレクトだが、「LEMON」はややヴォーカルワークとしては中途半端な気も。ウィスパーヴォイスでアンニュイに吐露していくモノローグ風というのはリスナーを驚かせるには十分だが、もっとドップリとダークに沈むか、テンポをさらに遅めにして気怠さを満ち溢れさせるなどしてハッキリとした異曲度や世界観の濃度を高めた方が、この楽曲で意図するヴォーカルワークにさらに没頭出来たのではないかとも感じた。カヒミ・カリィか、クレモンティーヌか、それともQuelqu'un(ケルカン)の木村恵子か……タイプはさまざまあるが、どういった囁きスタイルであれ、表現するための土台を強固にしておいた方が、歌唱と楽曲との浸透性や、それによる訴求力が高まることは確か。その意味で、やや楽曲にムードに寄りかかり過ぎ、歌唱の密度が足りなかったところは惜しかった。

 「青の夢」もまだ発展途上。時折、唸るまではいかないもソウルなアティテュードのフェイクなど披露しようとするのだが、そちらに振り切るでもなく、他の曲で見せる快活な歌唱とブルース調の楽曲とのマッチングの妙を聴かせるということでもなかったのが、やや引っかかりを覚えたところか。悪いという訳では決してないのだけれど、ほんの僅かにスッキリとした聴後感を迎えなかったのは、“前へ!”というアルバム・タイトルゆえ、ラストは「青の夢」でなく推進力あるグルーヴが走る「WINGSCAPE」のまま突っ切ってしまった方がタイトルに沿う“らしい”終わり方だったのでは、という気持ちが影響していたのもある。



 ラテン、ニュージャックスウィング、R&B、スウィート・ポップ、ジャズ・ボッサ、シティポップ、ブルース、ファンク、ソウル……さまざまな要素が詰め込められながらも、あくまでもポピュラー・ミュージックとしてあつらえた12曲。散見されるのは、たとえば土臭いフォークがニューミュージックに代わり、庶民的な歌謡曲がスタイリッシュなJ-POPへと移った時のような、楽曲の良質なエッセンスはそのままに、時流に適応する瑞々しさとちょっとした洗練性かつ実験性だ。
 奇しくも「Gozigen Lover-Joi」に際して小泉今日子「迷宮のアンドローラ」の名を挙げたが、その曲を手掛けたのは大衆性を持たせながらも洋楽の要素を取り込んで歌謡ポップスやR&B歌謡を生み出し、70~90年代を席巻した筒美京平。「ヤマトナデシコ七変化」「魔女」「なんてったってアイドル」「夜明けのMEW」「水のルージュ」(この曲以降アーティスティックへ傾倒した)なども筒美提供曲だが、アイドルの中でも異彩を放っていた小泉今日子に楽曲においてもさまざまなチャレンジをさせ、結果彼女自身のアーティスト性を後押しした。アプローチは違えど、そのような実験性を試みながら(特に多くを手掛けた新井などは)、脇田もなりを他者とは異なるスタンダード・ポピュラー歌手に、もっと言えば“2020年代へ向けた小泉版”にという思いもあるのだろうか。平成が幕を下ろそうとしている時に、楽曲性という意味であれ“平成のkyon2”というのは無論気が引けるが……。そんな妄想すら頭を巡ってしまったのは、やはりヴァラエティに富む楽曲群をいち早く吸収しようと試行錯誤する、脇田もなりの歌い手としての決意と経験による矜持が歌唱から伝わってきたからなのだと思う。

 歌唱にまだ多くの魅惑の引き出しを持っているだろう脇田もなりだが、この『AHEAD!』で殆どを成功させたとまでは言えない。だが、幅広いジャンルを網羅しながら柔軟性の高いポピュラー・ミュージックを作り上げていく可能性は、『AHEAD!』全編に横溢している。彼女から放たれる“Pop-Eyed Soul”は、未来のポップ・スタンダードへの過程を無意識のうちに見据えているのかもしれない。


◇◇◇


脇田もなり『AHEAD!』(2018/7/25)

01 Callin' You
02 PEPPERMINT RAINBOW
03 Gozigen Lover-Joi
04 Dear
05 愛のデカダンス
06 走る僕
07 TAKE IT LUCKY!!!!
08 CUTi-BiL
09 LEMON
10 遊星からのアイラビュー oh! oh!
11 WINGSCAPE
12 青の夢


◇◇◇






















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