goo blog サービス終了のお知らせ 

A Running Stone Gather no moss

タイトル変えました。iSaonのブログです。

現代のおとぎ話

2006-11-27 22:42:49 | ごあいさつ
横浜FCが日曜日の試合で、J1昇格を決めました。

横浜FCといえば、横浜フリューゲルスが消滅したのをきっかけに発足したサッカーチーム。世界でも珍しい、サポータがオーナーになる「ソシオ制度」を導入したりして、ずいぶんと話題になりましたが、発足から8年でJ1昇格ってやっぱすごい。

横浜FCと前身(?)の横浜フリューゲルスについては、それぞれ、Wikipediaをご覧いただくとして、ひとまず、拍手。パチパチ。

僕は、最後の横浜ダービーとなった、1998年の対横浜マリノス戦を観戦したし、ずっと連載をさせてもらっていた出版社が横浜FCのスポンサーになったりした縁で、ずっと注目してました。

これって、現代のおとぎ噺だと思うのですよ。フリューゲルスを再建するっていっても、名前さえ使わせてもらえない状態で、チームを作り、練習場がないから、公園にスパイクで線をひいて、ゴールをつくり、そこで練習してたりとか、涙ぐましいでしょ。

しかも、昇格を決めたメンバーは、あのカズに、城、小村、それと、なんと言っても、G県が産んだ天才フットボーラ、山口素弘!!!彼は、フリューゲルス生え抜きの選手だけど、合併後は、J1,J2のチームを転々とし、ようやく昨年、横浜FCに戻ってきた苦労人。

こうなったら、三浦敦も、楢崎も、みんな、横浜FCに来い。なんだったら、浦和のエンゲルスコーチ(最後の監督)も、って、やっぱ、それはダメ。

サッカーは、数年前の日本代表選手が、J2やJFLといった下部リーグでプレーしている。給料だって激減するだろうし、そもそも、サッカー選手って選手寿命が少ないんだから、割に合わないよな。

でも、たかだか5年かそこらで、人生の浮き沈みを見ることができるし。絶頂のとき、不遇のときをどう生きていくべきなのか、実にリアルに勉強できる。サッカーは、そこが素晴らしい。

三浦カズを見ていると、人生って捨てたもんじゃない、と思う。W杯という夢を追って、結局、かなえられず、でも、追い続けて。チショー、泣けてきた!。
考えてみれば、W杯なんて、いまでは、日本人にとっても、決して、手の届かない夢じゃないもん。加地とかでも出られるんだもん(加地、ゴメン)。
もちろん、加地は悪い選手じゃないけど、カズがこれまでやってきたことと比べれば、ねー。

人生って不条理。だからこそ、面白い。カズ頑張れ、横浜FC頑張れ。さいスタにきたら、思いっきり、ブーイングしてやるから、覚悟しろ。でも、8年ぶりの横浜ダービーには、FCのユニ着ていくぞ。

あ、それから、崎陽軒のシューマイ弁当も食うぞ。


All Come Together!

2006-11-24 12:58:24 | ごあいさつ
会社の人が、スコットランドまで行って、欧州チャンピオンズリーグを観戦、中村俊輔の歴史的FKを目撃してきました。

あのマンチェスターユナイテットから2試合連続で、FKで得点。しかも、舞台はCLだからね。

この人は、シュンスケの超マニアで、今年もドイツまでW杯見に行ったし、毎年、シュンスケがらみで、海外に行っている。
当然、もの凄くお金がかかるので、普段は、馬車馬のように、働いてくれるので、実に頼りになる人。

お土産に、BOWMOREの17年ものを買ってきてもらったから、あとで、シングルモルト好きの、あ~さんでも誘って、楽しもう。

欧州での成功者といえば、ローマでスクデッドをとった中田ヒデと、UEGAカップで優勝した、小野伸二。

で、昨日は、その小野伸二が所属する、さいたまスタジアム2002に行ってきました。浦和VS甲府。今年は、ライブでいけなかった数回をのぞいて、レッズホームのリーグ戦は、ほとんど生で観ている。
当然、最終節のガンバ戦も、ゲットしてるけど、どうやら、今度の日曜日で優勝が決まってしまいそうな雰囲気だね。

昨日も、どうすれば、最終節で優勝が決まるのか、あれやこれや星計算をしながら、観にいったのだけど、スタジアムに着くと、もう、勝利しか考えられない。本当は、引き分けくらいでちょうど良かったんだけど、まあ、いいや、とにかく、さっさと優勝しちゃいましょ。

一昨年、レッズが後期リーグ優勝を果たしたときは、太田のわんずほーむでライブ中だったから、テレビでも、生で観れたら、まあ、よしとしましょう。

しかし、昨日は、ピッチでシンジのお姿を見ることはできませんでした。ポンテは、ともかく、山田ノブヒサが、あそこまで絶好調なら、さすがのシンジでも、出番はなくなるのか。

せめて、来週のガンバ戦が消化試合になったら、シンジ、先発で観たいなぁ、怪我してるから駄目かなぁ。

来年は、アジアチャンピオンズリーグだ!組み合わせ次第なら、行っちゃうよ、俺も、マジで。



『僕の歩く道』は、よいよ

2006-11-20 18:14:53 | ごあいさつ
草なぎ剛主演、『僕の』三部作の完結編といわれる、『僕の歩く道』(フジ系、火曜日午後10:00)は、『のだめカンタービレ』と並んで、我が家のお気に入りドラマです(前の二つはみてないけど)。

最初は、なんとなくパッとしないな、と思っていたのですが、だんだん、ぐいぐいと盛り上がってきて、毎週、家族全員で号泣しながら見てます。ハイ。

精神障害者を演じる、草なぎ君もハマっているし、香里奈ちゃんも可愛い。でも、先週は、小日向文世さんの演技にやられました。

毎週、誰かの心の暗闇にスポットをあてて、それが障害者である主人公の大竹輝明によって、間接的に、癒されていく様を描く、という王道的展開。

ミスチルの『Hero』の歌詞で:

駄目な映画を盛り上げるため、簡単に命が捨てられていく、
違う、僕らが見ていたいのは、希望に満ちた光だ

という一節があるけど、そうだよな、人なんか殺さなくたって、良い作品は作れるんだ。

昔、長女のクラスには、精神障害の男の子がいて、他の子と、同じ教室で勉強していました。
何度か、授業参観に行ったけど、その子は授業中もフラフラ出歩いたり、唄を歌ったり、と好き勝手しほうだい。
でも、それを先生も生徒も特に気にする風でもなく、かといって無視するわけでもなく、とてもスムーズに授業は運営されていました。

休み時間も、生徒がかわるがわる、彼の面倒を見てあげているらしく、なんか、いいなぁ、と思っていました。

でも、やはり、親御さんの中には、障害児が同じクラスにいることで、授業に支障が出るのではないか、と危惧する人たちもいて、結局、その子は、4年生から、養護学校へ転校していってしまいました。

授業に支障っていっても、小学生だし、それに、実際、授業が遅れているわけでもないのに、そういうことを言う人っているんだよな。
そもそも、受験とか考えている子は塾とか行ってるし、いろいろなタイプの人間と一緒にすごすことができてこそ、学校に行く価値があると思うんだけど。

たぶん、そういう親御さんたちを、おかしい、と思うのは、うちだけではなかったろうと思うけど、組織というのは、えてして、こういう異論に弱い。
それは学校に限ったことではなくて、常識的でありたい、と願う人は、揉め事を嫌うから、常識的な集団ほど、非常識な意見に振り回されやすい。かく言う自分も、何の行動や意見を示したわけでもない。おかしいな、と思いながらも、黙って見過ごすだけ。不甲斐ないのー。

こういうドラマを出張に持っていって、一人の部屋で号泣しながら見ると、ストレスが解消される。



アメリカの給湯室

2006-10-27 13:01:49 | ごあいさつ
本当は、『Red Bull』という飲み物の怪しい話を書こうかと思ったのですが、こっちに詳しい話があるので、撤収!

ということで、今回は、米国オフィスの飲み物事情について、書いてみることにします。前にも一度書いたような気がしないでもないけど、ま、いいや。

アメリカのオフィスには大抵、リフレッシュルームというものがあり、日本の給湯室に近いのですが、そのスケールがずいぶんと違います。

コンビニにあるような大きな冷蔵庫があって、そこにコーラやら、ジュースやらがいつも満杯にあって、従業員は勝手にそこから好きなものを取り出して飲みます。もちろん、無料。

そのほか、コーヒーは常に、カフェイン、ノンカフェインの両方がポットに常備されていて、それ以外に、専用のエスプレッソマシンが置かれています。

さらに、紅茶はティーバックで20種類以上が用意されていて、まさに、飲み物天国。そんじょそこらの喫茶店を遥かにしのぐ、ラインアップです。

さらに、平日の午後3:00には、ドーナッツ。金曜日には、ビールやら、クラッカーやらが、無造作に置かれていて、事実上、金曜日は半ドンみたいな雰囲気。そりゃ太るって。

ただ、不思議なのは、これだけ飲み物がそろっていながら、ミネラルウォータがない。
僕の場合、仕事中に甘い飲み物は飲みたくないし、コーヒーも飲みすぎると胃をやらえるから、結局は、水のペットボトルをホテルから持参したりして、意味ないじゃん。

このほか、必ず置いてあるのが、お菓子の自動販売機。スニッ○ーズやら、ポッチやらが買えるわけ。
ジュースもビールもドーナッツもタダだけど、スナックは、お金を払え、という価値観も、なんだか、よくわからない。

あと大抵、このリフレッシュルームには、卓球台や、サッカーゲームが置いてあり、場所によっては、ドラムセットやピアノ、ウッドベースまで常備されているところもある。

ただ、最近、リフレッシュルームは、インド系の人たちに占領されることが多いので、こういうレクレーション施設は、専用の部屋が用意されることが多いみたい。

みんな、特に昼休みとか、夕方とか関係なく、適当な時間に卓球したり、演奏したりしているけど、案外利用者は少ない。そりゃそうだよね、まがりなりにも仕事に来ているのだから。

最初に行ったときは、カルチャーショックだったけど、よく考えてみれば、日本でも大きな工場には、テニスコートがあったり、ビルの屋上でバレーボールしてたりするわけで、ただ単に、僕がそういう大きな会社で働いた経験がないだけなのかもしれない。


不本意とチャンス

2006-10-20 15:00:56 | ごあいさつ
東京になんか、行きたくなかった。

20代半の僕は、学校を辞めて、ぱっとした仕事にも就けず、ジリ貧の毎日を送っていたのだけれど、だからといって、東京にいって一旗上げるとか、考えてもみませんでした。

そもそも、地方でさえ負けっぱなしの人間が、競争の激しい東京にいってもものになるわけがないと思っていたし、東京自体にも、まったくと言っていいほど、憧れはなかった。

だから、会社から、転勤を言い渡されたときは、ショックだったし、とても不本意に思いました。
とは言うものの、他になにができるわけでもないので、しぶしぶ転勤(最初は浦和だけど)に応じたのですが。

それがかれこれ、20年も前のこと。気がつけば、もう少しで、G県よりも、こっちの生活のほうが長くなる。

こっちで家族をもって、マンションも買って、それなりの自信と誇りの持てる仕事に就いていて。まあ、悪くない。他人と比べるとわからないけど、少なくとも当時の僕よりは、数段マシだと思います。

それもこれも、転機は、地元を離れたときにあった。仮に、あのまま残っていたらと思うと、正直ぞっとする。
僕は、汎用的な人間ではないし、僕に向いている、もしくは人様に比べて多少なりとも要領よくこなせる仕事は、当時の(たぶん今も)G県にはなかったから。

僕に転勤を命じたのは、当時働いていた業界紙の社長なんだけど、これが、ワンマンでエキセントリックで典型的な中小企業の社長タイプ。ごく控えめに言って、軽蔑してました。
でも、彼の気まぐれで不条理な、転勤命令がなければ、今の僕はありえない。つまり、僕の恩人は、当時、僕が最も軽蔑していた人間ということになる。

だからといって、僕の中で彼の評価が変わるわけでは、もちろん、ない。「本当は、僕のことを考えていてくれたんだ」とか、「影で悪口言って、ごめんなさい」とか、全然考えてない。

ただ、人生において、最良の選択は、最悪の人間によってもたらされたりする。えてしてね。

本意か、不本意か、ラッキーか、アンラッキーか、それは、出来事のほんの一面であって、本質ではない。その出来事が持つ意味は、その後の出来事によって決まるんだな、と、思う今日このごろです。