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A Running Stone Gather no moss

タイトル変えました。iSaonのブログです。

救いの『大根おろし』

2008-11-21 15:43:34 | 食べ物だもの
今週ずーっと、風邪に悩まされている。

月曜日に発熱し、会社を休み。火曜日、水曜日はなんとかもったものの、水曜日の夜に再度、熱発。それでも木曜日は、根性で乗り切り、本日金曜日、ようやく医者へ行って、薬をもらってきた。

ここ20年来、熱なんて出したことなかったんだけど、9月、ベトナムで風邪をもらって以来、3ヶ月もたたないうちにこのざまだ。

クヤシイィです copyright by ざぶんぐる

もちろん、食欲はない。昼は毎食、盛り蕎麦。朝はバナナ。それでも、夜はなんとか食べねばと思い、無理やり詰め込んでいるんだけど、そんなときに頼りになるのが、『大根おろし』だ。

大根は粗めにおろし、ツユだくな状態で、白いご飯の上に乗せ、醤油をひと回し。

これを、がーっをかっ込むと、どんなに食欲がない状態でも、一膳の白飯をたいらげることができる。まさに救世主。

米の一粒ひとつぶが大根の汁気を吸い、その鮮烈な辛さと冷たさが、ご飯の甘みを際立たせる。食事というより、口中の洗浄といった感じか。

できるだけ、小ぶりの茶碗で、米粒の最後の一粒まで、慈しむように、貪りたい。

いちいち噛まなくても、ジアスターゼのおかげで、ちゃんと消化される。

元気なら、カリカリに焼いた油揚げと花削りに、ミョーガをあしらって、ぬる燗の純米酒でクィーッとお出向かいしたいところなれど、いやいや、大根おろしだけでも十分に戦えるわい。

大根おろしは本来、焼き魚、それも脂の多い、青魚系のお供において、その実力をいかんなく発揮する。

塩鯖しかり、秋の秋刀魚のハラワタしかり。生臭さと過度な脂だけを消し去り、旨みを際立たせる。

とりわけ、切り身の塩鯖の、腹身側の皮と脂肪だけになっている部分。ここをできるだけ、こんがり焼いて、パリパリのカリカリになっているところに、ちょっとだけ大根おろしをつけて頬張る。ジュワっと口中一杯に魚の上品な脂味が広がり、ほどなく大根おろしが追いかけてきて、すべてを洗い流していく。

後味なんて微塵もなく、跡に残るのはシアワセな記憶だけ。ものすごく高級な娼婦に弄ばれるのってこんな感じかも(ちがうか! by ものいい)。

僕が初めて大根おろしを意識したのは(変か?)、中学校二年生のとき、理科の先生(斉藤先生だったと思う)が授業中、唐突に、大根おろしについて熱く語り始めたからだ。

当時は、グルメブームという紀元のはるか前、ある特定のカテゴリに属するもの以外で、食物について熱く語る人はいなかった。

昨今、これだけ議論かまびすしい、ラーメンについても、当時の人々の意識に『うまいラーメン』という問題認識はなく、ラーメンはラーメン、何か?てな感じだったと思う。

そんな時代にあって、授業そっちのけで、食べ物、しかも『大根おろし』について熱くかたる、初老の男性教師の姿は、感銘とは言えないが、意味なく後々まで残る、無駄な記憶として、僕の脳裏に刻まれている。

大根おろしは、焼き魚のような魚介系と、ご飯、お餅、蕎麦のような炭水化物系において、その凄みを発揮する。

最近は、トンカツとか、ハンバーグとかにも多用されているけど、こういうところでは、大根おろしの実力の半分も発揮されていないのではないかと思う。

いくら大根おろしでも、獣系の脂は消せない。味にアクセントはつくかもしれないが、それだけだ。なんか大根おろしの無念が伝わってくる。

くやしいです!

立ち食いそば屋を赦す

2008-10-24 22:14:33 | 食べ物だもの
立ち食いそば屋には、二つのタイプがある。

立地条件に恵まれていながら、意欲にかける店と、立地条件は不利でありながら、意欲にあふれる店である。

前者の代表が駅中、もしくは駅前の立ち食いそば屋で、後者の代表が『小諸そば』や『富士そば』といった、チェーン系の店だ。

また、立ち食いそば屋がターゲットとする客層も二つに分かれる。お金はあるけど、時間がない人か、時間はあるけど、お金がない人で、比較的、前者が好立地・意欲なし系を支え、後者が悪立地・意欲まんまん系を支えているようだ。

お金もあるし、時間もある、という人は、そもそも立ち食いそばの客層にはなりえない。そのため、好立地で意欲満々という店は、少ない。

しかし、不思議なもので、悪立地・意欲皆無系という立ち食いそば屋は、意外に多い。しかし、こういう店の主たる客層は、決してお金も時間もない人ではなく、お金と意欲のない人たちだ。時間はある、しかし、気力がない。将来的な展望もきっとない。志ん朝風に言えば『世の中ついでに生きている人たち』と言っていいだろう。

先日、僕が立ち寄った店は、比較的好立地で、あきらかに意欲がない店だった。

そのとき僕は、とりあえず、ランチを食うくらいの金はあるが、とにかく時間がない人だったのだ。

やる気のない立ち食いそば屋は、一目でわかる。まず、店に名前がない。あっても、目立つところに書いていない。立ち食いそば屋というのは、一目瞭然、それ以上にどんな説明が必要か。

メニューだって、すごいぞ。券売機には『一品のせ』、『二品のせ』、『三品のせ』の三種類の選択しかない。これは、上に乗せる天ぷらの数のことで、客は食券を店員に渡すさい、そばか、うどんか、天ぷらは何にするのかを叫ぶ。

シンプルと言えばシンプルだが、この場合、そぎ落とされたのは客、特に一見客の利便性であることは明らかだ。知らないやつは来なくていい、という姿勢を明確に示しているわけである。

とまどいながらも僕は『そばで、掻き揚げ』と叫び、ことなきを得た。要するに『掻き揚げそば』なのだが、そんなありきたりな注文は許されないような緊張感がそこにはあった。

しかし、注文時の緊張感に比べると、運ばれてきたそばには、ひとかけらの緊張感もなかった。

そばは、あくまでも柔らかく、短く。ねぎは、時間の経過を物語るように古いねぎ独特の形容しがたい臭みに満ちあふれていた。

汁は、もちろん醤油の味しかしなくて、ぬるい。しかし、掻き揚げだけは揚げたてらしく、表面が熱く、そして、ずっしりと重い。

『時そば』で、客が出汁をほめる際に:

「おい、カツブシ奢ったな!」

というのがあるが、この店は、天ぷらの小麦粉を奢っているらしい。とことこん、ここの店主とは意見があわない。

しかし、食べ進むにつれて、小麦粉主体の掻き揚げはもろもろと崩れ、あろうことかあるまいことか、そば本体も負けず劣らず、もろもろになってきて、油分のきつい離乳食のような状態になったあたりから、このそばは、うまくなってきた。

正確には、どうでもよくなったのかもしれないが、立ち食いそばは、このどうでもよくなったあたりが、食事の頂点だ。

醤油と、麺と、小麦と油があれば、たいていのものは食べ進められる。舌で味わっているのではなく、日本人としてのDNAが、このバチ当たりな食い物と、無反省な店主を赦しているのだ。

それに考えてみれば、俺は今、忙しいのだ。食べ物を味わっている余裕なんかないんだ、つゆなんかぬるくていい、うんにゃ、熱けりゃ飲めない。そばだって、噛む手間が省ける、離乳食ばっちこい、の事態なのだ。

そういう『忙しい自分』、『求められている自分』に酔っている人がいる限り、そばに、揚げ物と、七味唐辛子がある限り、この国から、好立地・無意欲の店はなくならない。

近頃のカルビに一言いいたい

2008-10-03 19:42:49 | 食べ物だもの
今日、久しぶりに、昼飯にカルビを食べた。

昼飯に本格焼肉を食べるのも久しぶりだけど、実はカルビそのものにご無沙汰していた。最近のカルビって、あんまり美味しいと感じないからね。

日本で牛肉を頼むと、値段が高ければ高いほど、細かい脂が満遍なく肉に散らばっている。いわゆる『サシが入っている』という状態。見た目は派手なんだけど、こういう肉って、脂身の味しかしないのよ。

たしかに、一口目は、うっとりするほど旨い。でも、二口目にはアレ?という感じで、三口目には、明らかにうんざりしちゃう。

食事って、一口目も大事だけど、食べ終わった後の気分も大事だよね。おなかはいっぱいなんだけど、もう少し食べたいな、という状態で食事を終えたい。

もー、しばらく肉はいいや、ってゆー状態では、せっかく高い金を払った意味がなくなる。

昔のカルビって、赤身と脂身がきれいに分かれていて、濃厚な脂に混じって、明らかに赤身の味と歯ごたえがあった。

牛肉の旨みとは、赤身の旨みのちょっと鉄臭くて、酸味のある味と、脂身の甘くて濃厚なコク味のバランスのはずだ。

テレビで、牛肉料理を紹介するときは、ほとんどのレポータは、

『あまーい』と『やわらかーい』

しか言わない。これはどっちも脂身に対する感想だろう。甘くて、柔らかい肉が食いたければ、背脂でもかじっていればいい。

本来、上質な牛肉は、適度な噛み応えがあって、脂ではなく、筋肉に蓄えられた肉汁が豊富で、その味が濃厚かつ、切れ味がよくなければならない。

肉を噛み締めるシアワセ、肉汁を飲み込むシアワセ、口中に広がる脂身の甘み、そして、最後に肉を飲み下すシアワセ。

口としては、もう少し噛んでいたいんだけど、食道と胃袋がせっつくから、仕方なしに飲み下す、という状態が望ましい。

『口に入れたとたんに溶けちゃった』

なんて肉は、胃袋は許しても、奥歯が黙っていないだろう。

あー、どこかに、赤身、三分の二、脂身、三分の一の割合で、赤身はどこまでも赤く、その上に怪しく濡れそぼった白身が真冬の掛け布団のように重なるような、正真正銘のカルビはないものだろうか。


ケンタッキーのオリジナルチキン

2008-09-12 12:10:12 | 食べ物だもの
世の中で、長いこと『うまく回っている』会社には、二つのタイプがあると思う。

一つは、コンスタントにヒット商品を送り出している会社で、もう一つは、実はヒットしたのは、ある一つの商品だけなんだけど、これが、いつまでも売れ続けていて、他の新商品の失敗を補ってあまりある状態の会社だ。

たとえば、マクドナルドは、前者のパターン。ハンバーガー、チーズバーガー、ビックマック、ポテトなど、枚挙のいとまがないほど、定番商品の宝庫だ。

これに対して、後者にあたるのが、『ケンタッキーフライドチキン』。オリジナルチキン以外は、ほとんど泣かず飛ばずなのだけど、このオリジナルチキンが滅多やたらと売れている、エバーグリーンの超ヒット商品。

これまで、いろいろな国にいったけど、どこに行っても、ケンタッキーだけはある。インドにもあったもん。

ネームバリューでは、マックだと思うけど、牛肉は食の禁忌がある国では苦しい。その点、鶏肉は、ほとんどすべての国でOKなので、進出しやすいのかもしれない。

つまり、ケンタッキーは『オリジナルチキン』一本で、世界をのしているわけで、これは結構すごいことだと思う。

もちろん、ケンタも新商品は開発している。しかし、チキンに限って言えば、彼らが世に送り出すのは、皮がサクサクしているクリスピータイプか、辛さを強調したスパイシータイプか、もしくはその両方の3パターンしかない。

いまだかつて、大当たりしたためしがない(たぶん)のに、同じような商品を定期的にリリースするのは、なぜなんだろう。

どうせ、オリジナルチキンがあるから、新商品にはさほど期待していないのだろうかもしれないが、商品開発に関しては、ケンタは、決して優秀な会社ではないと思う。

それでも、これだけ長くにわたって、繁盛しているのだから、いかにオリジナルチキンという商品が素晴らしいか、ということの証だ。

僕は、以前にも書いたように、ビールに一番あう食べ物は、オリジナルチキンだと思っている。しかし、ケンタの店に、ビールは置いていない(小さい缶ビールがあるところもある)。

ケンタが居酒屋やカフェ、ビヤガーデンを経営したら、あたると思うけどな。冷えた大ジョッキに、揚げたてのオリジナルチキンとポテト、箸安めにコールスローがあれば、もう、なにも言えねー。

オリジナルチキンには、いくつかの部位があって、それぞれ結構味が異なる。

僕が一番好きなのは、大ぶりの、胸肉の部分。しかも、その皮の部分のさらに端の、ちょっと硬くなっているところがたまらない。

通常、皮の部分には、表面にだけ粉がついているが、この端っこの部分は、表裏両面に、満遍なく粉とスパイスがまぶせてあり、歯ざわりカリリで、ちょっと強めの塩っけと、スパイシーな香りが、鶏皮独特の脂っぽさと相まって、もー、ふんとに、ビールが進む。

ケンタも、ホットだ、クリスピーだと、ハンパな新商品ばっか作ってないで、『胸肉の皮の端っこだけパック』を出すべきだと思う。




ホーチミンは、ウマかった

2008-09-02 17:35:30 | 食べ物だもの
土曜日に、帰って来ました。帰っていきなり、高熱が出たので、心配したけど、お医者さんに診てもらったところ、ただの風邪だとのことで、ひとまずは安心。

今日は、ホーチミンの食い物について語ります。結論を言えば、何を喰ってもウマかったっす。基本的に、夜は、接待、昼は、ガイドさんお奨めのローカルな店を回りました。

ベトナム料理といえば『生春巻き』と思う人も多いとおもうけど、実は、一回しか出てこなかった。もともと、僕は生春巻きというものがさほど好きではないので、それはそれでよかったんだけど、代わりに『揚げ春巻き』は、毎回のように出てきたね。

生と違って、挽肉系の具なんだけど、店によって少しずつ違っていて、それぞれにおいしい。ただ、これ、前菜の一部として登場することが多いので、調子づいてバクバク食べると、後で苦しい思いをする。

正式には、レタスや、香菜、ハーブなんかを巻いて食べるらしいけど、僕的には、そのまま、甘酸っぱいタレをつけて、口に放り込むのが一番だった。

ハーブは、ベトナム料理の最大の特徴で、毎回、相当な種類と量のハーブが出てくる。ハーブと言うと聞こえがいいけど、要するに草です、草。その辺に生えている野草を摘み取ってきている感じ。

現に、ミントや香菜と一緒に『どくだみ』の葉っぱが出てた。そう、あの便所の脇に群生しているヤツですよ。これはいただけなかった。

香菜も、日本のものに比べると、エグミがきつくて、他の草とあまり区別がつかなかった。地元の人はボリボリ喰ってたね。

スープは、基本的に上湯系で、トマトや、アサリ、蓮の実、牛の骨髄などが入っている。狂牛病だったら、文句なしにアウトだ。でも、スープはどれも美味。

後は、鶏肉の蒸し物や、魚の蒸し物、海老のチリソース煮みたいなやつ(これがウマい)が出てきて、最後に空心菜のニンニク炒めが出てきてエンド。

この空心菜ってやつは、中国系のほとんどの国で出てくる定番料理なんだけど、どこでも食べても例外なくウマい。

パサパサのご飯にガッツリ載せて、ワシワシとかっ込むと、至福のひとときに包まれる。これまでの豪華絢爛たる、料理はいったいなんだったんだ?というくらい、ガンガン喰える。

見れば、ベトナム人たちも、同じようにワシワシ喰ってる。『米食民族バンザイ』。

結局、三回の接待夕食でそれぞれ違う店の、それぞれ違う地方の料理をたべたのらしいけど、僕らにしてみれば、どれも、おいしいベトナム料理。違いがわからなかったね。

でも、僕がコーフンしたのは、昼メシ。一日目で、旅行客用の高級店につれていかれたけど、次の日からは、僕ら(俺だけ?)の要望を聞いてくれて、ジモティ御用達のお店に行きました。

まずは、フォー。三階建てのエレベータがない店の三階に上がり、クーラーがないところで、熱いフォーを食べました。

飲み物はコーラを注文。以前から、ベトナムは水が悪いので、信用できる場所以外で氷は口にしちゃいけない、といわれていたけど、コーラが届くやいなや、ガイドのクォさんが、僕の氷入りのコップにドボドボと注いでしまう。

この時点で、僕のガードは極端に低くなった。コーラは、氷入りのほうがウマいもん。

氷といえば、ベトナムでは、ビールにも氷を入れる。基本的にレストランでもビールは冷えておらず、氷を入れるのが当たり前。もともと、地のビールは薄めの軽めなので、氷を入れると、よけい微妙な味になる。

ごくごく上質な、牛のションベンみたいな味がする。

二日目でこれを経験した我々は、その後、どの店にいっても、ビールは冷えているか、確認するようになった。

基本的にフォーは、二種類。トリ(ガー)と牛肉(ボー)なのだが、このほかに。牛のモツが入った『スペシャルフォー』なるものがある。モツ好きの僕は当然、これ。

胃袋のほか、スジ、レバーなどが入っていて、楽しい。特に、よーく煮込まれたアキレス腱は、ビロビロのユルユルになっていて、これが絶品。ただ、全てのアキレス腱がしっかり煮込まれているわけではないので、硬いのにあたると、もう、飲み込むしかない。

ベトナム料理は決して辛くない。でも、辛くしようと思えば、地の果てまでも辛くできる。お好み次第だ。僕は、青唐辛子の辛さが大好きなんだけど、こっちのそれは、ハンパなくカライ。一口で、ゲリラ豪雨に打たれたような汗がでる。午後の予定を考えると、ちょっと引く。家で喰いたい。

ベトナムのフォーはウマい。でも、日本で食べるフォーもそれほどまずくはないと思う。こっちでしか食べられないものが喰いたい。

そこで教えてもらったのが『バイン・ミー』というサンドウィッチ。ベトナム版のサブウェイと思えばいい。

小ぶりのフランスパンに、レバーペーストやハムや、ハーブや野菜をこれでもか、と挟んで、最後にヌックマムを回しがけ。具は、好みで選べるらしいが、わからないので、ガイドさんに一任。

とにかく秀逸なのが、このパン。皮がサックリとしていて、中はフワフワ。パンというよりも、麩に近いのかもしれない。

しかし、皆さんご存知のように、フランスパンの旨味は、皮の旨味。これがサクサクで香ばしければ、パンだけで、ワイン一本空けられる。

フワフワだから、最初のひと噛みで、サンドイッチの厚さは、7分の1くらいに圧縮されてしまう。それでも、皮のサクサク感はそのまま。ヌックマム以外の調味料が入っていないのが信じられないくらい、濃厚で、パンチの効いた味だ。

ただ惜しいかな、初めてバイン・ミーを食べたのが、最終日の昼。初めから知っていれば、毎日食べたのに。

食べた店は、大きな市場のすぐ横にあり、ジモティであふれかえっている。テーブルなんてもんはないので、車に戻って、かぶりつく。あー、ビールが飲みてー、氷が入ってない、キンキンに冷えたビールが飲みテー、とのた打ち回る、ホーチミンの昼下がりなんである。