なぜ目の敵に?習近平の民営企業虐待がエスカレート
中国浙江省杭州市にあるアントグループの本社ビル
中国で最も成功した実業家として世界中で知られている有名人、馬雲(ジャック・マー)と中国共産党
政権の関係がいよいよ微妙になってきた。
すでに報じられているように、アリババと、アリババ傘下のフィンテック企業アントグループが
独禁法違反の疑いで国家市場監督管理総局による面談という形の取り調べを11月から複数回受けており、
12月24日に正式に立件され立ち入り調査を受けた。それによって同日、アリババの香港市場株が一気に
9%ほど急落したので、世間はざわついた。12月24日付けの人民日報は、「独占禁止管理の強化は
さらなる発展のためだ」という見出しで、アリババなど巨大インターネット企業、フィンテック企業に
対する調査の正当性を訴えている。
人民日報や新華社の報道によると、市場監督管理総局は、アリババの「二選一」が市場独占行為に
あたるとみて立件調査に入ったという。「二選一」とは“二者択一”を意味し、アリババへの出店者に
対して競合ECプラットフォームへの出店禁止を迫るやり方を指す。「これ(立件調査)はインターネット
領域における市場独占禁止法の監督管理強化の重要措置であり、産業秩序に利するものであり、プラット
フォーム経済の長期的健康的発展のためである」と人民日報は主張する。
同時に人民日報は、中央政治局会議、中央経済工作会議などで独占禁止の強化と資本の無秩序な
拡張を防止する方針を明確化したことも明らかにした。つまり今回の独禁強化方針は党中央最高指導部、
習近平政権としての決定だといえる。
こうした独禁法強化の流れは国際社会全体の潮流であり、「この4年の間に、グーグル、アップル、
フェイスブック、アマゾンなどの巨大ハイテク企業が全世界で独禁法調査を受けており、2017年から
2019年までの3年間で、EUはグーグルに対して独禁法違反として累計90億ドルの罰金を科した」という。
それはその通りであり、アリババの「二選一」などのやり方は、アリババ傘下のネットショッピング
モール「天猫」(テンマオ)がEC市場の50%以上のシェアを占め市場の支配的地位にある中で、独禁法
第19条に抵触する帝国の傲慢と言える行為であることは否定できない。だが、果たして今回の立ち入り
調査が本当に独禁法違反だけが理由か、という点については多くの人が疑念を抱いている。
「二選一」が独禁法違反にあたることが問題だというのならば、法にのっとって売上の1~10%という
処罰が実施されるだけだろう。しかし先月から投資家の間では、アリババの国有化問題がまことしやかに
囁かれ始めている。
アントの“献上”を提案した馬雲
アントグループが11月初旬に予定していた上海、香港市場での同時上場に、上場2日前に突然ダメ出しを
食らい、無期延期になった。この事件で、習近平政権とアリババの間にきな臭い空気が流れていることは
世界中が察知していた。アントの上場の急な取りやめについては当コラムの
「相次ぐ受難、習近平の標的にされる中国の起業家たち」(11月19日)でも触れているので参照いただき
たい。習近平が直接指示した措置だったという。
これに続いて、今回の独禁法違反での立件調査だ。今、馬雲は出国制限も受けている、らしい。
アリババのCEOの座は引退しているのだから、馬雲はもう関係ないだろうに、「馬雲出国制限」が
中国のメッセンジャーアプリ・微信(ウィーチャット)でNGワードになっている。
折しも米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(12月22日付)が、馬雲は中国当局をなだめるために
アントグループの国有化を提案したことがある、と報じたものだから、アリババやアントの国有化話は
あながちデマではない、と思う人が増えている。
ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、馬雲は11月初め、中国政府との関係を修復しようと、
「アントが国家に必要であれば全部もっていてください」と、提案したことがあったという。アントの
上場について、11月2日に中国証券監督管理委員会、銀行保険監督管理委員会らと面談したときに出た
話だとのことだ。
結局、馬雲の提案は保留とされ、アントの上場は無期延期となった。アントの上場中止の理由に
ついては、10月24日に上海で行われた金融フォーラムの場で、馬雲が講演中、習近平政権の金融政策
について皮肉を交えて批判しており、これが習近平の怒りを買ったといわれているが、その後、監督
管理当局との面談の中で、政府としてはアントのビジネスモデルのあり方に懸念を抱いていると
指摘された、という。その後、中国政府はアリババだけでなく、巨大ハイテクプラットフォーム企業に
対する指導強化の方針を打ち出した。
金融管理当局者によれば、政府としては馬雲の提案を受け入れるかどうかはまだ決定していない、
という。しかし、アントグループに対し、さらに資本とレバレッジに対する厳格な監督管理を行う
方法を今検討しているところだという。具体的には、国有銀行やその他の国有投資機関がアントグループ
の株主として参入し、監督管理規定をさらに厳しくしたのちに出現するであろう資本不足を補う助けを
するという。
習近平政権はアリババ丸ごとの国有化を求めており、馬雲のアントグループだけの譲渡にはあえて
乗らなかった、という見方がある。
振り返れば、馬雲率いるアリババが「アリペイ」をもって、国家管理の牙城である金融市場に切り
込もうとした2003年当時、馬雲は逮捕されるのではないか、という噂も流れた。
ニューヨーク・タイムズ(12月28日)のコラムには、その時、馬雲が「アリペイのせいで投獄される
なら、投獄されましょう」と挑発的なことを言ったというエピソードが紹介されている。
アリペイの使用者はすでに世界に10億人(アクティブユーザー7.1億人)、2019年6月から2020年
6月までにアリペイを通じて行われた決済額は118兆元。金融の規模だけでなく、アリペイを通じて
集まる10億人分のビッグデータも見過ごすことができないだろう。こういう企業が共産党に従順でない、
あるいは面従腹背であるとしたら、習近平も心穏やかではあるまい。
習近平はなぜ民営企業を嫌うのか
一方で、こうした動きはアリババやアントといった特定の企業をターゲットにしたものではなく、
習近平政権として、大きくなりすぎた民営企業を大整理する決心をしたことの表れだとも言われている。
最初にアリババやアントをターゲットにしたのは、中国式の「鶏を殺して猿を脅す」という、見せしめ
効果、萎縮効果を狙ったものだ、という。もっともアリババは鶏どころか、猿以上の大企業ではあるが。
今回の独禁法違反の調査対象には、アリババやアントだけでなく、ウィーチャットを開発した
テンセント(騰訊)や、中国最大のオンライン・ツー・オフライン(口コミサイト)プラットフォームを
運営する美団なども入っているようだ。
またすでに、不動産王・王健林が率いる万達集団は共産党の指導を受けて資産の大方を強制売却
させられ、業務縮小と銀行への債務返済が命じられた。さらに、安邦保険は政府に接収され、CEOの
呉小暉は2018年に出資詐欺容疑などで懲役18年の実刑を受け服役中。海南航空集団も事実上接収され、
明天系と呼ばれるトゥモロー・ホールディング参加の金融企業のいくつかも接収されている。
私はこうした現象を習近平の「民営企業いじめ」と見て、これまでもいろいろなところで報じてきた。
習近平はなぜ、民営企業をここまで嫌うのか。
毛沢東思想の信望者である習近平としては、民営企業が中国経済の命運を左右することや、あるいは
国家を超えるような影響力をもつことを、絶対許さない、と考えている。そして政権の求心力を高めて
権力基盤を強化するためにあえて“敵”をつくるとしたら、毛沢東が地主を階級の敵として、農民、
労働者らの憎しみと嫉妬心を煽ったように、成功した大民営企業家がちょうどいいのかもしれない。
また、米国の混乱は、ビッグテックと呼ばれる巨大IT企業のGAFA(グーグル、アマゾン、フェイス
ブック、アップル)や、ウォール・ストリートの金融大手企業など“民営企業”が政権よりも影響力を
持ち、政権を動かす力さえ持つことも関係があるとみられている。
金融と情報、この2つの力が結びつけば、世論を思うままに誘導し、混乱を生じさせ、選挙結果すら
動かせるかもしれない。習近平は米国の状況を見ながら、インターネット巨頭企業やそれが金融と
結びついたときの怖さを改めて思い知ったのかもしれない。
あるいは、共産党による経済・金融の指導を本気で徹底することが、今、中国経済が直面している
問題を解決できる唯一の方法である、と考えているのかもしれない。
中国は11月に、巨大インターネット企業が消費者データなど敏感な情報を共有し、小規模の競争相手を
締め出す談合を行うなどの寡占状態を阻止するための規則草案を発表している。また12月には習近平が
主催する中央政局会議で、2021年の市場独占禁止工作を強化し、「資本の無秩序拡防止」を強化する
ことを承認している。これは、政府による巨大インターネット企業の整頓強化の予兆ではないか、
とみられている。
こういう状況の中でのアリババへの独禁法違反調査と国有化の噂は、少なくとも中国の鄧小平時代が
切り開いた中国民営企業のバラ色の時代の終結を告げるシグナルだといえるだろう。