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中国の海洋侵出を抑え込む「4+2」構想 「自由で開かれたインド太平洋戦略」に欧州から強い援軍

2018-06-27 18:54:12 | インド太平洋

中国の海洋侵出を抑え込む「4+2」構想

「自由で開かれたインド太平洋戦略」に欧州から強い援軍

2018.6.25(月) JBPRESS  樋口 譲次

 

英南部のポーツマスで、入港した空母「クイーン・エリザベス」を見物に訪れた人々(2017年8月16日撮影、資料写真)


「一帯一路」で海洋侵出を重視する中国

 6月12日、シンガポールで開催された史上初の「米朝首脳会談」において、ドナルド・トランプ米大統領と

金正恩朝鮮労働党委員長は、「朝鮮半島の完全な非核化」と「北朝鮮体制の安全の保証」を謳った包括的な

共同声明に署名した。


 包括的な共同声明であるがゆえに、「見えないゴール」への困難なスタートを思わせた。


 半面、その後のトランプ大統領や主要閣僚の発言から推測されるのは、すでに朝鮮半島問題は大筋解決済みで、

昨年12月に発表された米国の「国家安全保障戦略」や今年1月の「国防戦略」において「力による現状変更勢力」

「ライバル強国」と名指して非難した主敵・中国へより大きな目を向けるようになったとも見える。


 同上戦略の中で米国は、中国を「軍事力の増強・近代化を追求し、近いうちにインド太平洋地域で覇権を

築くことを目指している」とし、「将来的には地球規模での優位を確立し、米国に取って代わろうとしている」と

指摘している。


 その中国は、米国の指摘どおり、対米「接近阻止・領域拒否(Anti-Access / Area Denial:A2 / AD)」戦略と

「一帯一路」(One Belt One Road:OBOR)構想を絡めて一体的に運用し、世界的な覇権を確立しようと狙っている。


 A2 / AD戦略では、2020~2040年の間に、西太平洋とインド洋における米軍の支配に終止符を打ち、同地域に

中国の地域覇権を確立するのが目標である。


 その成果を踏まえつつ、OBOR構想では、一帯(陸路)と一路(海路)の2ルートから経済圏・勢力圏を

逐次西に拡大して世界的な覇権確立を目指すもので、長期かつ遠大な構想である。


 ところで、中国のOBOR構想における陸路(陸上侵出)と海路(海洋侵出)には、戦略推進上の特性や差異は

ないのであろうか――。


 前述の「A2 / AD」戦略におけるAD(領域拒否)ゾーンに当たる東シナ海と南シナ海(含む周辺地域)は、

インド洋と太平洋の接点で、対米戦略とOBOR構想を推進するうえでの基盤であり起点となる要域である。


 また、中国が企図する、東アジアに地域覇権を確立するという目標を達成するには、絶対に支配しなければならない

要域である。


 つまり、東シナ海と南シナ海は、中国の今後の世界戦略展開の成否のカギを握る地域であることから、

両海を「中国の海」として 内海化あるいは軍事的聖域化するために、海洋侵出の動きを止めることは有り得ない。


 経済的側面から眺めると、中国輸入原油の約80%はマラッカ海峡を経由する海上輸送路(シーレーン)に

依存している。


 また、中国の経済核心地域は、5大経済圏のうち4つ(環渤海経済圏、京津経済圏、長江デルタ経済圏および

珠江デルタ経済圏)までが沿海部に集中しており、中国貿易のほとんどは黄海~東シナ海~南シナ海を経由して

行われている。


 経済効率・輸送効率上、世界の商業製品の90%は海上輸送が中心となっていることからも、中国が陸上輸送よりも

海上輸送を多用することは必然的選択と言えよう。


 他方、南シナ海は豊富な石油・天然ガスの埋蔵が確認され、世界の漁獲量の約10%を占める豊かな漁場でもある。

 

 さらに、ASEAN(東南アジア諸国)は6億人余の人口を擁する巨大市場であり、中国がASEANを支配したい

誘因ともなっており、特に南シナ海周辺地域を中心とした地域覇権を執拗に追求するものと見られる。


 地政戦略上、陸路は中央アジアを自国の「柔らかい脇腹」と考え、また中東で戦略的立場を強化しようしている

ロシアとの対立へ発展する危険性をはらんでいる。一方、海路は米国の海上覇権やインドとの利害衝突の恐れがある。


 アクセスの安全性・安定性からは、陸路は新疆ウイグル自治区の少数民族問題を抱える中国にとって、

イスラム勢力によるテロの危険性があり、海路は「マラッカ・ジレンマ」の克服など、チョークポイントの存在への

対応が大きな課題である。


 以上、一帯(陸路)と一路(海路)の特性や差異を概観した。


中国にとって、いずれも問題があるが、一帯と比較して利点が多く欠点が少ない、一路に戦略推進の重点を置く

可能性が高いと見られる。


 今後、中国の海洋侵出は一段と先鋭化を伴いながら、いよいよ海洋を焦点とした領域(ドメイン)での

対立激化の危険性が強まって行くことになろう。


「自由で開かれたインド太平洋戦略」欧州から強い援軍

 中国の海洋覇権の野望を念頭に、安倍晋三首相が発表した「自由で開かれたインド太平洋戦略」は、そのような

インド太平洋を維持することにより、地域全体の安定と繁栄を促進することを目標とした戦略指針である。


 日本、米国、インドおよびオーストラリアを戦略構築の4本柱(Quadrilateral)として、

中国の東シナ海・南シナ海~インド太平洋への侵出抑止に主眼を置いている。


 今このインド太平洋地域に、欧州から英国とフランスが、この戦略を強化する重要な役割を担う援軍として参加する

蓋然性が高まっている。そこで、本稿ではその辺りの事情を探ってみることにする。


英国 「5カ国防衛取極」(FPDA)の強化を巡りスエズ以東へ復帰

 大英帝国は、「七つの海」で制海権を確保し、その海上覇権を背景に世界各地で獲得した植民地との海洋交易を

通じて富を蓄え、19世紀に絶頂期を迎えた。


 しかし、20世紀に起きた2度の世界大戦で国力を損耗し、植民地経営が重荷となって撤退を余儀なくされた。


 大英帝国は消え、英連邦(コモンウェルス諸国)へと国の形を変えた英国は、第2次中東戦争

(スエズ戦争、1956.10~1957.3)での敗北をきっかけに、1968年にアラビア半島最南端のアデンから

即時撤退し、1971年までにマレーシアおよびシンガポールから撤兵した。


 英国の「スエズ運河以東からの撤兵」である


 その「スエズ以東からの撤兵」後のマレーシアとシンガポールの防衛を目的に、1971年4月、英、豪、

ニュージーランド、マレーシア、シンガポールのコモンウェルス諸国間で締結されたのが「5カ国防衛取極」

(Five Power Defence Arrangements : FPDA)という防衛協力関係である。


 近年、英国はFPDAの強化などを巡って「スエズ運河以東への復帰」の動きを強めている。


 もともと英国は、島国であり、伝統的に海上交易を含む様々な海洋活動を活発に行ってきた。また、英国は、

海外領土も多く、国の領土のおよそ25倍もの排他的経済水域を有している。


 こうしたことから英国は、海外領土を含めた自国周辺海域、ひいては周辺各国の海洋の安全を確保するため、

積極的に軍を派遣している。


 特にインド太平洋地域では、中東のバーレーンとオマーンに軍事基地を維持している。


 また、インド洋のディエゴガルシア島を海外領土として存続させ、そこには米軍基地が建設されて米国の

軍事戦略を支えている。南シナ海方面では、シンガポールとマレーシアから軍事施設の提供を受け、FPDAの実効性を

担保している。


 英国政府は、2014年5月、外務省、内務省、国防省および交通省の4省庁合同による「英国海洋安全保障国家戦略」を

発表した。


 同戦略は、海洋の安全確保は英国の国内外における国益の増進および保護と同義であるとの認識のもと、

安全な国際海上領域の拡大や国際規範の擁護、戦略的に重要な海域に面する国々の海上ガバナンス能力の構築、

重要な貿易やエネルギー輸送ルートの確実な安全確保などを目指している。


 そして、航行の自由の擁護者として地域的取組を強力に推進することを通じた海洋パートナー国との緊密な連携、

パートナー国との情報共有や戦略的に重要な地域に対する能力構築支援などの具体的施策に取り組んでいる。


 またデービッド・キャメロン政権は、2015年11月に「国家安全保障戦略及び戦略防衛・安全保障見直し」

(National Security Strategy and Common Security and Defence Policy:NSS・SDSR2015)を発表した。


 その中で、海上哨戒能力強化のため、P-8哨戒機を9機導入することとした。また、クイーンエリザベス級空母2隻を

建造中であり、2017年6月には1隻目が試験航海を行い、2018年より順次就役予定とされている。


 2020年代には新型空母をインド太平洋地域で展開させる予定である。

 

 インド太平洋地域については、英国にとって重要な経済的機会を提供し、かつルールに基づく国際秩序の将来に

おける一体性・信頼性に大きな影響を与える地域であるとの認識を示し、日本をはじめとする安全保障上の

パートナーとの協力を重視する姿勢を示している。


 特に、日本については、アジアにおける最も緊密な安全保障パートナーと位置づけている。


 こうした考えのもと、同地域においてはフィリピンへの災害支援である「オペレーション・パトウィン」の

実施や多国間共同訓練「リムパック」に参加しているほか、2016年10月から11月にかけて、タイフーン戦闘機が

来日し、日英共同訓練を実施した。


 また、日本と英国との間では、平成25(2013)年7月、日英防衛装備品・技術移転協定を締結し、米国以外の

国とは初めてとなる化学・生物防護技術にかかる共同研究を開始した。


 それ以来、「共同による新たな空対空ミサイルの実現可能性にかかる日英共同研究」、「個人装備品の研究開発に

関わる人員脆弱性評価に係る共同研究」に着手している。


 さらに、将来戦闘機の開発に関する今後の協同事業の可能性について意見交換するなど、防衛装備・技術協力の

分野でも関係構築・深化を図っている。


フランス 海洋権益保護へ「インド太平洋地域のリバランス」を開始

 英国が海軍国であることに比し、フランスはヨーロッパ最強の陸軍を持っていた歴史があり、一般的に

大陸国家であるとの認識が強い。


 しかし、フランスは、植民地時代以来、多数の海外領土を保有していることから、世界第2位とされる

排他的経済水域(EEZ)を保有しており、特にその約62%が太平洋地域に、約24%がインド洋にある。


 太平洋地域(大洋州)では、メラネシアに位置するニューカレドニアおよびワリス・エ・フトゥナ諸島をはじめ、

ポリネシアのマルキーズ諸島、ソシエテ諸島、タヒチ島、トゥブアイ諸島、トゥアモトゥ諸島そしてガンビア諸島が

フランス領土である。


 他方、インド洋では、マダガスカルの北西部のマヨット島、南東部のレユニオン島、さらに遥かインド洋南方の

サン・ポール島、アムステルダム島、ケルゲレン諸島がそれぞれフランス領土である。


 フランスは、2013年4月に5年ぶりに「国防白書」を発表した。

 

その中で、インド太平洋地域は世界的成長の主要なアクターであるが、同時に緊張度が高く紛争の多い地域であるとの

認識を示している。


 そして、自らを「インド洋・太平洋における主権国家で安全保障アクター」と位置づけ、インド太平洋地域における

海洋戦略を重視している。


 フランス軍は、太平洋(大洋州)地域で、ポリネシアに「フランス領ポリネシア駐屯フランス軍」(FAPF)、

そしてニューカレドニアに「ニューカレドニア駐屯フランス軍」(FANC)を常駐させ、フリゲートや

戦車揚陸艦などを配備している。


 インド洋では、マヨット島とレユニオン島に「南インド洋管区フランス軍」(FAZSOI)を常駐させている。


 そうした体制のもと、2015年10月には同地域でのプレゼンスを示すためにフロレアル級フリゲート

「ヴァンデミエール」が日本に寄港し、海上自衛隊と親善訓練を行った。


 また、フランスは多国間演習「南十字星」や「赤道」などを積極的に主催するとともに、2013年11月、

2015年3月、2016年2月の台風・サイクロン被害を受けたフィリピン、バヌアツ、フィジーでの活動などの

人道支援活動を通して同地域に積極的に関与している。


 2016年6月に国防省が発表した「フランスとアジア太平洋地域の安全保障」においては、国際テロ、北朝鮮による

弾道ミサイルの発射、南シナ海における現状変更の試みなどを脅威とし、仏は「インド太平洋地域へのリバランス」を

開始したとしている。


 また、引き続き、防衛協力などを通してアジア太平洋諸国との強固なパートナーシップ関係を構築していくとの

方針が示されている。


 日本とフランスとの間では、平成26(2014)年1月、防衛装備品協力及び輸出管理措置に関する委員会を

それぞれ設置し、同27(2015)年3月には、日仏防衛装備品・技術移転協定に署名した。


 また、同29(2017)年1月の第3回日仏外務・防衛閣僚会合においては、機雷対処用水中無人航走体に関する

協力の早期具体化への期待を確認した。

 

 また、フランスは、「シャングリラ会合」(IISSアジア安全保障会議)やインド洋海軍シンポジウム、

南太平洋防衛相会談などに積極的に参加してきた。


 さらに、例えば、インドとは戦略的パートナーシップを構築しており、陸海空それぞれにおける共同演習の

実施や装備協力などを行っている。


 また、マレーシアとは緊密な政治対話やマレーシア軍潜水艦部隊の能力構築支援などの協力を進めている。


「4+2」構想で中国の海洋侵出を抑え込む

 以上述べたように、日米などと基本的価値観を共有する英国とフランスは、インド太平洋地域に強い戦略的な

利害関係を持っている。


 また、英国はインド太平洋地域を「ルールに基づく国際秩序の将来における一体性・信頼性に大きな影響を

与える地域」であると認識している。


 フランスは、自らを「インド洋・太平洋における主権国家で安全保障アクター」と位置づけ、「緊張度が高く

紛争の多い地域である」との認識を示している。


 このように、英仏両国は、中国の海洋侵出の先鋭化に対する脅威認識を共有しており、当該地域の海洋安全保障に

重大な関心を有するのは明らかである。


 さらに両国は、本地域で軍事的にコミットする意思と能力を持っており、日米印豪による「自由で開かれた

インド太平洋戦略」の重要なパートナーとして相応しい条件を備えている。


 フランスのル・ドリアン国防相(当時)は、2016年6月のシャングリラ会合において、「アジアの海洋において、

できる限り恒常的かつ目に見える形でプレゼンスを確保すべく、欧州の海軍を連携させることができると考えており、

近く私はこの提案を欧州のカウンターパートに説明するつもりである」と発言し、インド太平洋地域への更なる

関与の姿勢を示した。


 このように、中国による脅威の深刻化に対する日米印豪の共同努力に、欧州から英仏による強力な援軍が

期待できるのは、大きな希望であり、安心である。


 加えて、両国との協力は、インド太平洋地域と欧州(NATO)との戦略的連携を図るうえにおいても、

極めて有意義である。


 これまでの「自由で開かれたインド太平洋戦略」に関する議論では、日米印豪を4本柱として、基本的価値や

戦略的目標・利害を共有する努めて多くの国・地域を有機的に連結した多国間主義による安全保障ネットワークを

構築することが考えられてきた。


 その「4本柱」を、さらに英仏が提供する「2本の支柱」によって補強できれば、安全保障のアーキテクチャーが

一段と強化されるのは請け合いである。


 そして、日米印豪と英米によって構築される「4+2」の安全保障協力体制を基盤とし、台湾やフィリピン、

マレーシア、ベトナム、シンガポールなどの力を結集すれば、中国の海洋侵出の野望を抑え込む、国際的な

多国間枠組みを一段と強化・発展させることができる。


 つまり「4+2」構想は、インド太平洋地域における対中安全保障戦略に強靭性と優越性を与え、その目的達成に

大きく寄与するのは間違いないのである。


樋口 譲次

Johji Higuchi 元・陸上自衛隊幹部学校長、陸将昭和22(1947)年1月17日生まれ、長崎県(大村高校)出身。防衛大学校第13期生・機械工学専攻卒業、陸上自衛隊幹部学校・第24期指揮幕僚課程修了。米陸軍指揮幕僚大学留学(1985~1986年)、統合幕僚学校・第9期特別課程修了。自衛隊における主要職歴:第2高射特科団長第7師団副師団長兼東千歳駐屯地司令第6師団長陸上自衛隊幹部学校長現在:郷友総合研究所・上級研究員、日本安全保障戦略研究所・理事、日本戦略フォーラム 政策提言委員などを務める。



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