飢えるベネズエラ、壊れた豊かな国(前編)
インフレ率720%、食料輸入は70%減り栄養失調がまん延する
2017 年 5 月 9 日 12:54 JST THE WALL STREET JOURNAL
【ヤーレ(ベネズエラ)】ジャン・ピエール・プランチャールちゃんは1歳。しかしその顔は老人のようにやつれて、すすり泣
くような泣き声しか出ない。肋骨が浮き出た体はたった11ポンド(約5キロ)の軽さだ。
母親のマリア・プランチャールさんはごみの中からやっと見つけた食べ物――鶏肉やジャガイモのかけら――で子ども
に栄養を摂らせようとした。プランチャールさんは今、カラカスの病院で、コメと牛乳のスープが息子の命をつないでくれ
るようにと祈っている。
「息子は眠り続け、どんどん弱っていった。体重は減り続けた」とプランチャールさん(34)は言う。「ベネズエラがこんな
ふうになるなんて考えたこともなかった」
ベネズエラはかつてラテンアメリカで最も豊かな国のひとつで、食料も輸出していた。だが今では民間農場の国有化と
価格統制、通貨統制で身動きが取れなくなり、国民を養うための成長率も確保できない。
ベネズエラのインフレ率は世界で最も高く、国際通貨基金(IMF)の推計では今年、720%に達するとみられている。これ
では家庭が収入の範囲で生活することはほぼ不可能だ。投資銀行トリノ・キャピタルによると、2013年以降、同国経済
は27%縮小し、食料輸入は70%減った。
子連れを含む多くの人々がごみをあさっている。1年前にはほとんど見られなかった光景だ。地方に住む人たちは夜
になると、木になっている果物から地面で育っているかぼちゃまで農場にあるものはなんでも盗み出し、種や肥料の不
足に苦しむ農家に追い打ちをかけている。食料品店は略奪の被害に遭い、家庭では冷蔵庫に南京錠をかけている。
社会科学者が毎年実施している生活水準に関する全国調査によると、昨年、体重が減ったと回答した国民は4人に3
人。平均減少幅は19ポンド(約8.6キロ)に上る。人々は怒りとユーモアを込めてこれを「マドゥロ式ダイエット」と呼んで
いる。同国のニコラス・マドゥロ大統領にちなんで命名されたものだ。
ベネズエラ国民は1カ月以上前から、専制主義を強めるマドゥロ政権に対する抗議デモを続けている。報道によると、
今月5日までに35人を超える市民が混乱によって死亡した。食糧省や大統領府、通信省、外務省に電話や電子メール
で本稿のためのコメントを要請したが、回答はなかった。
医師で子どもの栄養失調の専門家リビア・マチャド氏は「政府にとって、ベネズエラに栄養失調の子どもは存在しない」
と話す。「現実には栄養失調がまん延している。誰もがこの状況に注目すべきだ」
カラカスのドミンゴ・ルチアニ病院に運ばれてくるやせ衰えた子どもは劇的に増加している。マチャド氏ら医師チームは
その目撃者だ。
政府の左翼運動が長らく人気を集めていたヤーレなどカラカスの南に位置する町でも、事態は変わらない。11歳のセ
ルジオ・ヘスス・ソルハスくんは「食べるためにときどき肉屋に行って、『もらえる骨はありますか』と言うんだ」と話す。
セルジオくんは教区の司祭から栄養ミルクやベネズエラ伝統のトウモロコシパンを受け取っている。肉は何カ月も口に
しておらず、「何も食べないときもある」と語った。
カトリックの慈善団体カリタスとスサナ・ラファリ氏率いるグループはベネズエラの状況を注視している。ラファリ氏は中
米のグアテマラやアフリカなど飢餓に苦しむ地域で働いてきた食糧緊急事態の専門家だ。カリタスがヤーレなど4つのコ
ミュニティーで5歳未満の子ども800人を対象に行った最新の調査によると、死に至る可能性のある重症の急性栄養失
調に苦しむ子どもは今年2月の時点で全体の11%近くに上り、10月の8.7%から急増した。またおよそ5人に1人の子
どもが成長の阻害を引き起こす慢性的な栄養失調状態にあるという。
「深刻なのはわれわれが危機の入り口にいることではなく、急速に今のような状態に至ったことだ」(ラファリ氏)
世界保健機関(WHO)の基準では、カリタスの調査で判明したベネズエラの現状は政府による緊急援助の手配が必
要な危機に相当する。しかし当局は外国からの食料や支援の申し出を受け入れようとしない。
悪化の一途をたどる栄養失調に拍車をかけているのは、医療の崩壊と蚊が媒介する病気のまん延、それにベネズエ
ラ薬学連盟によると、深刻な医療品不足だ。
必需品すら手に入らない
昨夏、ベルキス・ディアスさんの目の前で、生まれたばかりのわが子、ダニー・ナバちゃんは弱っていった。食料不足の
せいだった。祖母のアルベルティーナ・エルナンデスさんによると、粉ミルクもなく、ディアスさんは母乳が出なかった。
「食べ物もミルクも手に入らなかった。(ダニーちゃんは)どんどんやせていった」(エルナンデスさん)
病院に着いたときには、ダニーちゃんはひどいせきをしていて、その後間もなく亡くなった。「とても小さかった」とエルナ
ンデスさんは言う。
これまでカラカス南部の農場はニワトリから大豆までありとあらゆる食料をフル稼働で生産していた。
アルベルト・トロイアーニさん(48)は、イタリアから移民した父親が1970年代に始めた養豚場を今も経営している。価
格統制や必需品不足、犯罪集団によって事業は破壊された。
飼育するメス豚――1頭当たり12頭前後の子豚を生む――は200頭から50頭に減った。今のトロイアーニさんにはこ
れまで使っていた高タンパクの飼料や薬を買うだけの余裕はない。成長した豚の重さはかつて240ポンドあったが、今
では175ポンドしかない。
それだけではない、豚がときどき互いのしっぽや耳を食いちぎっているのを見かけることさえある。半分空になったおり
の横を歩きながらトロイアーニさんが言った。
「昔は1カ月に120頭から150頭を食肉処理に出していたが、今では50頭から60頭。冗談みたいだ」。トロイアーニさ
んが手にするのは豚肉1キロ当たり93セントだが、もうけを出すには1.17ドル必要だ。業界関係者によると2012年以
降、ベネズエラの養豚業者の82%が廃業し、生産は71%減った。
トロイアーニさんはベネズエラを出ることを母親のヨランダ・ファクシオリーニさんと話し合った。69歳のファクシオリーニ
さんも1960年代にイタリアからやって来た。農場の買い手は見つからないだろうとトロイアーニさんは言う。周りはみん
な農場を投げ出している。銅線やトラクター、除草剤など残されたものは泥棒が持っていくそうだ。
経済学者や農業団体によると、政府が接収した農業法人――牛乳工場や肥料や飼料の販売業者も含まれている
――は閉鎖されるかほとんど操業していない。
養豚業者の全国団体のトップを務めるアルベルト・クデマス氏は「われわれが勝てない仕組みになっている」と話す。
「政府は生産者や生産ではなく、共産主義こそが生き残る道だと考えている。それが間違いだ」
飢えるベネズエラ、壊れた豊かな国(後編) 食べ物を求めてごみをあさる人々も