ディズニー映画ヒットの陰に「ワイガヤ」文化
「モアナ」「カーズ」話題作続くアニメーション

4月8日から約半年間、東京・お台場にある日本科学未来館で、「ディズニー・アート展」が開催されている。はじめてミッ
キーマウスがスクリーンに登場した1928年制作のアニメ-ション『蒸気船ウィリー』から、最新作『モアナと伝説の海』ま
で、約500点の原画がズラリと並ぶ。
およそ90年の間に数多くのディズニーアニメ-ションが作られてきた。現在でも語り継がれる名作が多いが、さらにここ
数年の特徴と言えるのが、ヒットの確率が高まっていることだ。
2014年4月公開の『アナと雪の女王』が国内興行収入255億円という日本歴代3位の数字を記録したことは記憶に新し
い。そしてその後も、年間興行収入ランキングでベスト10に入るような作品が続いている。
モアナは公開1カ月で約300万人を動員
たとえば、2014年12月公開の『ベイマックス』は、91.8億円を記録。2015年7月公開の『インサイド・ヘッド』は40.4億
円に達した。さらに2016年4月公開の『ズートピア』が76.3億円、同年7月公開の『ファインディング・ドリー』も68.3億円
と、年に複数本のヒット作を生み出すことに成功している。
現在公開中の『モアナと伝説の海』も好調だ。ポリネシアに伝わる伝承をモチーフに描かれた作品で、海に選ばれた16
歳の少女モアナが島の危機を救うために、禁止されていた島の外へ踏み出す冒険ファンタジー。子どもだけでなく幅広
い女性客の心をつかみ、公開1カ月で観客動員数は300万人を突破、興行収入も40億円を超えるヒット作となってい
る。
なぜヒット作が増えているのか。口コミなどで評判が広がっていることもあるが、少なくとも観る側に "ハズレがない"安心
感を生み出していることが、興行収入の高位安定につながっているといえるだろう。
背景にはディズニーアニメ-ションの体制にある。転換点は2006年、ピクサー・アニメーション・スタジオがウォルト・ディ
ズニー・スタジオの傘下に入ったことにある。ディズニーのアニメーション部門は、ウォルト・ディズニー・アニメーション・ス
タジオとピクサー・アニメーション・スタジオという、二つの主要なブランドを持つこととなった。
同時に、ピクサーのジョン・ラセター氏がディズニー・アニメーション・スタジオのチーフ・クリエイティブ・オフィサーを兼務、
同じくピクサーのエドウィン・キャットマル氏も両スタジオの社長を兼任し、ピクサー流の製作メソッドがディズニー側にも
浸透していった。
ジョン・ラセター氏。長らくディズニー、ピクサーでチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務める
面白さを求め、とことんまで議論
そのひとつの結果が、クリエーター自らがアイデアを出し合って、ひとつの映画作品をつくりあげていく、現場主導の制作
体制だ。面白いストーリーやキャラクターを考えるために、とことんスタジオ内で議論する"ワイガヤ"な環境が、ヒット作
を生み出す原動力になっている。そこに、ディズニーが伝統的に得意としてきた、「女の子が活躍するファンタジー」「余
韻が残るミュージカル」「動物が主人公の物語」などを上手に組み合わせたことで、女性だけでなく、幅広い層の支持を
得た。
ヒット作を生み出すもうひとつの理由が、充実したスタッフ陣にある。ディズニー・アニメーション・スタジオに参画するス
タッフには、『シュガー・ラッシュ』のリッチ・ムーア氏や、『塔の上のラプンツェル』や『ズートピア』を手掛けたバイロン・ハ
ワード氏、公開中の『モアナと伝説の海』の監督を務めたジョン・マスカー氏、『アナと雪の女王』では脚本と共同監督を
務めたジェニファー・リー氏、プロデューサーのクラーク・スペンサー氏など、大作を手掛けることのできる人材がそろう。
ピクサー側にも、長年ラセター氏の相棒として、数々の作品の監督を手掛けてきたアンドリュー・スタントン氏を筆頭に、
『メリダとおそろしの森 』の監督を務めたマーク・アンドリュース氏や、『トイ・ストーリー3』などの監督を手掛けたリー・ア
ンクリッチ氏、プロデューサーのダーラ・K・アンダーソン氏など多士済々の面々がいる。
ユニークな制作体制と豊富な人材を背景に、公開案件、いわば"パイプライン"を充実させている。今後2~3年を見て
も、年に複数本の期待作がそろう。
ディズニー・アニメーション・スタジオでは、2018年春の公開をめざして、『シュガー・ラッシュ』の続編の制作に取り組ん
でいる。ラルフとヴァネロペが、今度はインターネットの世界に入り込む話になるという。さらに、2018年秋公開予定で、
「ジャックと豆の木」を題材とした、ミュージカル作品『GIGANTIC』(原題)の制作を進めているという。
「マックィーンの新しい物語を見せる」
一方のピクサー・スタジオでは、7月15日に『カーズ/クロスロード』の公開が控えている。「カーズ」シリーズの続編で、
ベテランレーサーとなった主人公・マックィーンが、新世代のライバルたちとの力量差にがく然とし、人生の岐路に立つ
姿を描く。
『カーズ/クロスロード』は、ラセター氏イチ押しの作品だ。3月下旬に来日した際には、「感動的で心温まる物語。私達
のヒーロー、マックィーンの新しい物語を見せる。レーサーとはなんなのか、そして誰も信じてくれないときに自分を信じ
ることの意味などが込められている」と熱く語った。
さらに12月23日には、メキシコの祝祭「死者の日」をテーマにした作品『リメンバー・ミー』の公開が決定した。リー・アン
クリッチ監督、プロデューサーはダーラ・K・アンダーソン氏と、『トイ・ストーリー3』のスタッフが中心で、こちらも期待が高
い。さらに2018年夏には『Mr.インクレディブル2』、2019年には『トイ・ストーリー4』と、名作の続編の公開が予定されて
いる。
「ディズニー・アニメーションの作品を誇らしく思っている。ウォルト・ディズニーがいるからこそ僕はこの仕事が出来てい
る」とラセター氏。100年近い伝統と、現役クリエーターたちの斬新なアイデアとが重なり、これからも多くのヒット作を作
り出していくだろう。
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ディズニーアニメが続々ヒットを飛ばす理由
「ズートピア」には伝統と変革の融合があった
2016年4月23日に公開となった『ズートピア』。動物たちの楽園・ズートピアでウサギの警官・ジュディの活躍を描く ©2016 Disney. All Rights Reserved.
『アナと雪の女王』『ベイマックス』など、近年メガヒットが続くウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ(以下ディズニー)。なぜヒットを量産できるようになったのか? その背景と制作の哲学を、『塔の上のラプンツェル』のバイロン・ハワードと、『シュガー・ラッシュ』のリッチ・ムーアという、強力コンビが監督を務めた最新作『ズートピア』を例に考えてみたい。
ディズニーのお家芸「話す動物」に一工夫
動物たちの楽園ズートピアで、ウサギとして初めての警察官になったジュディが、行方不明事件の捜査を進めるうちに、
ズートピアを狙う陰謀を知る――というのが『ズートピア』の内容だ。
「もし人間が存在しない世界で、動物たちが自分の暮らすメトロポリスを作りあげたらどうなるだろう」というバイロン監督
のアイデアからこの企画は立ち上がった。余談だが、1927年にウォルト・ディズニーが考案し、ミッキーマウスの原点と
なったキャラクター「オズワルド」はウサギをモデルにしている。さらに、日本のウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパンの
試写室の名前は「オズワルド・シアター」。ウサギという動物がディズニーにとっても特別な存在であったであろうことは想
像に難くない。
ミッキーマウスしかり、バンビしかり、「言葉を話す動物」は、ディズニーにとっても伝統的なモチーフであり、お家芸だ。そ
のモチーフを使い、相棒ものの刑事ドラマを生み出したところが『ズートピア』の特徴である。
ディズニーのお家芸「話す動物」に、現代風のアレンジを採り入れる ©2016 Disney. All Rights Reserved.
バイロン監督は「ディズニーには歴史があるわけだから、その伝統は大切にしなければいけない」と語る一方、現代的な
要素を取り入れて進化させる必要性を力説する。「描かれているものは動物の世界の物語ではあるけれども、現代の観
客が、自己投影できるような物語でなければならない。例えば『塔の上のラプンツェル』なんかは数百年前の時代設定
で、ある意味時代劇だが、現代的な要素は取り入れられていたからね」と、一手間かけた作品作りが、観客の心をつか
むことに成功したと言える。
ピクサー流の「ワイガヤ」で成果
ディズニーは2006年にCGアニメーションスタジオのピクサー・アニメーション・スタジオを買収。その結果、『トイ・ストー
リー』『カーズ』などの監督で知られるジョン・ラセターが、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオのチーフクリエイ
ティブ・オフィサーに就任した。
『ズートピア』では製作総指揮を務めるラセターはふたりの監督に「誰も観たことのない動物映画を作る必要がある」と告
げたという。同作品のプロデューサーであるクラーク・スペンサーは「ジョンが来て変わったことが2つある。『ディズニー
のアニメーターであることに自信を持て』と意識改革をしたこと。そして、スタジオの中にあった壁を崩したということ。そ
れまでは、自分の関わっている作品だけ考えていたクリエーターたちが、仲間の作品にも気を配るようになり、皆で意見
交換をするようになった」と振り返る。
それぞれのクリエーターたちが意見を戦わせながら、試行錯誤を繰り返すことで、より良いストーリーに練り上げていくと
いうジョン・ラセターの流儀は、クリエーターの間で深く浸透しており、素晴らしい成果をあげているのは周知の通りであ
る。
「もちろん人間なので、自分が気に入っているアイデアが否定されることもある。でもその過程が試行錯誤であり、失敗を
恐れないことに繋がる。クリエーター集団が家族のように手を取り、分かち合いながら話をしていくと、やはり最善のアイ
デアが勝つ。それは必ずしも自分のアイデアでなくてもいい」とバイロンは語る。つまり、チーム・ディズニーとして最高に
面白い作品が誕生すればいいという考え方だ。
ムーア監督も「そこにエゴはない」とキッパリと言い切る。「そこでエゴが勝るようになったら、その時点で間違っていると
いうか、まずいと思う。監督は毎日、何百、何千という課題と向き合っているが、すべて正しい答えを持っているなんてこ
とはあり得ない」。
来日して『ズートピア』の見所を語るバイロン・ハワード監督(左)と、リッチー・ムーア監督(右)
ディズニーの面白さというのは、一つのスタジオの中に、ピクサーとディズニーが共存しているところだと言える。そんな
両スタジオのすみ分けはどうなっているのか、というところは気になるところだ。それについてムーア監督は「ディズニー
はバーバンク(カルフォルニア州)にあって、ピクサーはサンフランシスコにあるのが違いかな」と冗談で返すが、「ピク
サーはこういう作風、ディズニーはこういう作風と決めているわけではないし、ライバル視しているわけでもない。一つの
傘の下で最高の作品を作ろうとしている。姉妹スタジオであると考えてもらえればいい」と、協力しながら制作している体
制を協調する。
現場主導だから次々にアイデアが生まれる
ジョン・ラセターとエド・キャットマルというピクサーの立役者がディズニーのトップに来たことで「フィルムメーカー主導のス
タジオ」になったと、ムーア監督は変化を実感する。「制作陣や首脳陣から押しつけられるのではなく、クリエーター自ら
がアイデアを出していることが大きい。プリンセスを主人公にしたミュージカルをやってみたいと言えば、どちらのスタジ
オだろうが関係なくやろう、という機運がある。フィルムメーカーが主導型のスタジオなので、積極的にクリエーターのア
イデアを取り入れる雰囲気がある。同じことの繰り返しでは、お客さんも飽きる。100年近い歴史を誇るスタジオでありな
がら、フレッシュな体制を保てるのがキーだと思う」と分析する。
伝統を守るために革新を積み重ねていく。ディズニー躍進の秘密はそうしたところにあるようだ。