中国の「債務の罠外交」の危うさ
ノーと言える国になったマレーシア、マハティール首相に学ぶ教訓
マレーシアによる「一帯一路」への関与見直しは、他の国々の教訓になる。
独立以来ずっと政権を担ってきた与党に野党連合が圧勝した総選挙から3か月経った8月のある日。
93歳にしてマレーシアの新首相になったマハティール・モハマド氏は、北京に旅立った。
中国の習近平国家主席に会い、マレーシアはノーと言える国になったと告げるのが目的だった。
マハティール氏の前任者であるナジブ・ラザク氏は中国に接近していた。ナジブ氏が選挙で敗れた理由は何と
言っても、自らが率いた与党・統一マレー人国民組織(UMNO)内部の汚職にある。
しかし、ナジブ氏が中国と親しい関係にあったことも1つの要因だった。2つの問題は互いに絡み合っていたのだ。
ナジブ政権のとき、国営投資会社「1MDB(ワン・マレーシア・デベロップメント・ブルハド)」の財務に大きな
穴が空いた。
米司法省の推計によれば、ナジブ氏本人が会長を務めていたこの投資会社からは、内部の何者かが45億ドルもの
資金を盗んでいったという(ちょうどその頃、ナジブ氏自身の銀行口座に7億ドル近い入金があった)。
1MDBがぐらつくと、中国の国有企業が割って入り、1MDBが保有するベンチャー事業の持ち分を次々に
買っていった。
中国との関係はますます深くなった。
中国の大手ハイテク企業、アリババ集団の馬雲(ジャック・マー)氏は、クアラルンプールの主力空港の近くに
ある土地を「デジタル自由貿易区」に変える権利を獲得した。
こうした国家同士の取引に批判が出ると、マレーシア政府はこれらを封じ込めようとし、中国はそれに謝意を示した。
5月に行われたマレーシアの総選挙では、中国の在マレーシア大使が与党連合を大っぴらに支持しているように見えた。
選挙では、UMNOが自党に有利な選挙区の改変を行っていたにもかかわらずマハティール氏が勝利を収め、
多くの人が驚いた。習近平氏には、唖然とする理由があった。
中国は、支援を授けている相手から、その条件に異を唱えられる事態に慣れていない。
しかし、中国人スタッフが進めるプロジェクトのために中国企業から行った借り入れについて、返済に苦労する
国が増えている。
米ワシントンのシンクタンク、世界開発センターによれば、一帯一路の参加国のうち8か国が
「債務返済が滞る特有のリスク」を抱えており、そこには中国と国境を接するラオス、モンゴル、パキスタンが
含まれている。
中国が資金を貸し出した事業との関係解消に向けてマハティール氏が前進したことが、非常に注目されているのは
そういう背景があるからだ。
北京を訪れたマハティール氏は率直に語り、実に巧みだった。
一帯一路の案件で総工費200億ドルの大規模プロジェクト「東海岸鉄道(ECRL)」を、さらにはサバ州に
石油パイプラインを2本敷設するプロジェクトもキャンセルする、と明言した。
同氏のメッセージは、端的に言えば次のようなものだった。
大変申し訳ない、本当に素晴らしいプロジェクトだが、首相になってから調べたところ、我が国にはこれを
推進する資金的な余裕がないことが分かった――。
また、言葉にこそしなかったが、次のような気持ちも込められていた。
資金を出す余裕はない、なぜなら、コストがいかに水増しされているか、取引条件が中国側に有利になるように
どれほど歪められているか、そして、いかにうさんくさいかが分かったからだ――。
ナジブ政権は、サバ州のパイプラインの工事代金20億ドルの90%近くを支払ったようだが、パイプラインは
15%しかできていなかった。また、この事業のために中国から借りた資金の一部は、1MDBの財務の穴埋めに
使われた模様だ。
マハティール氏は帰国後さらに踏み込み、中国主導で進められているジョホール州の大規模な住宅地開発計画も
標的にしている。
中国の裕福な投資家への分譲を想定した案件だが、首相は9月初め、外国人にはここに住むためのビザ(査証)を
発行しないと明言し、ほとんどのマレーシア国民は新たに開発されるこの土地に住むゆとりがないと苦言を呈した。
(ジョホール州政府は、この開発に関心があるかもしれない外国人がもう少し安心できるようなコメントを
発信している)
中国には、自分に刃向かってくる国を長く激しく攻撃する傾向がある。
だが、今回のケースでは、中国政府の反応は抑制されたものになっている。
これには、マハティール氏が慎重に言葉を選んでいることも影響しているのかもしれない。
しかし、マレーシアは東南アジアでは影響力のある国であり、東南アジアと言えば、中国が自国の勢力圏に
近づけたがっている地域である。
しかも中国としては、一帯一路の参加国と敵対する事態は避けたいところだ。
一帯一路プロジェクトのポイントの1つは、そうした参加国への影響力を強めることにある。中国との取引の
再交渉を強く必要としている他の国々にとって、これは学ぶに値する教訓だ。
そんな国々の中でも、マレーシアと同じく新首相が誕生して間もないパキスタンは、中国に対する債務が
断トツに多い。
エネルギーやインフラ整備など複数のプロジェクトがセットになった推定600億ドルの規模を誇る
「中国パキスタン経済回廊」は、中国の一帯一路における最大の目玉だ。
そしてパキスタンはまたしても、国際収支危機にも直面しており、債務からの脱出を望んでいる。
イムラン・カーン新首相はマハティール氏と同様な行動を取るべきだ。しかも、置かれている立場はカーン氏の方が
恵まれている。
米国のシンクタンク、ハドソン研究所に籍を置く元パキスタン外交官のフセイン・ハッカニ氏によれば、
中国から見たパキスタンとの関係には戦略的な側面が強く、マレーシアとの関係とはかなり異なっているという。
中国政府の高官にとってパキスタンは、地政戦略的なライバルであるインドに拮抗する存在だ。
イスラム過激派の侵入を水際で食い止める際にもパキスタンの支援は欠かせない。
またこの隣国は、アラビア海に出るための重要な通り道でもある。
マハティール氏とは違い、カーン氏自身は中国から借金をすることの問題点を把握していないようだ。
しかし少なくとも、パキスタン国内で経済回廊を批判している人々は、意見の表明に踏み切り始めている。
債務による溝
中国には、一帯一路の参加国との政治的な結びつき以上に考慮しなければならないことがある。
中国の銀行が、貸出金の回収に不安を抱いているのだ。商業銀行は2015年以降、一帯一路関連の新規融資を
急激に減らしている(いわゆる政策銀行は貸し続けている)。
また、今日では一帯一路という計画自体も、国内で強い批判を浴びるようになっている。
これについては、共産党自身のプロパガンダの犠牲になっている面もある。借り入れた国々が返済の困難な
借金だと考えているものを、国営メディアは寛大な「援助」と形容しているからだ。
援助というのは、きわどい言葉だ。
習近平氏は9月初め、アフリカ諸国の首脳を集めて北京で開いた会議で総額600億ドルの資金協力を約束した。
すると、中国のソーシャルメディアでは「なぜだ」という声が上がった。
国内に急を要する問題があるのに、債務を抱える中国がどうして外国でそんなにたくさんお金を使うのか、
というわけだ。習氏の意思表示を批判する声は、当局の検閲によってすぐに遮断された。
道路や鉄道、その他のインフラをもっと必要としている国々がたくさんあるという中国の主張は正しい。
しかし、これぞ習政権の典型的な政策だと中国が喧伝するスキームが、その輝きを失いつつあることは明らかだ。
マハティール氏の訪中は、貴重な教訓をいくつか授けてくれたのかもしれない。