40代オヤヂの憂憤

現在の世の中に対する義憤や憂国の気持ちを率直に現してみる。ある種暇な40代オヤヂの床屋政談。

私のファッションの原点

2007-10-05 06:53:11 | Weblog
私が高校3年生の時に同級生が画像のMadeinUSAを学校に持ってきた事が私のファッションへの興味の始まりでした。

その時までVANはありましたが、このMadeinUSAはそれとは全く違った意味で新鮮なものに思えました。
そこには今までVANが取り上げていなかった泥臭いけど当時の私を捉えて離さないUSAの魅力が満載でした。

一例を挙げるとトニーラマ、ジャスティンのカウボーイブーツ。レッドウィングのワークブーツ。LLビーンのハンティングシューズなどなど数え上げればきりが無いほど当時の私を揺さぶった商品の数々でした。

どちらかと言えばVANは全盛期を過ぎていたようで商品もあまり魅力を感じなくなっていました。
VANは小奇麗なIVYファッションでアメリカ東部のお坊ちゃん学校のイメージがありました。

そんな中、表紙を見てもわかるように結構使い古されたジーンズ(もちろんリーバイス501)を使い、これまたMadeinUSA2では汚いワークブーツを表紙に使っていたのです。カルチャーショックもいいとこでしたね。

で早速当時アメリカに留学していた従兄弟に頼み込んで買った商品が、ノースフェイスのダウンベスト、レッドウィングのワークブーツ、オシュコシュのダンガリーシャツ、古着のリーバイス501(これは安かったですね10ドルくらい)トータルで500ドルくらいでしたかね。今と違って円高じゃない当時のレートは1ドル220円くらいだったと思います。

当時地元放送局でバイトしていたお陰で金回りはいいほうでした。いい月で8万円くらいになっていましたからね。30年ほど前ですよ。またボーナスもあるんですよ。ボーナス月でトータル14,5万円にはなっていましたね。くどいですけど30年前ですよ(笑)

商品が到着したら早速全部着込んで繁華街へ繰り出したわけですが、評判は散々でした。今でこそダウンベストは認知されていますが、当時その形状から海難救助に使うライフベストに間違われていました。でライフベストよりショックだったのは、街を行くオバちゃんに「あんた今から何処の工事現場に行くとかいた?」(熊本弁)と聞かれたときでした。

確かに知らないオバちゃんにとっては私の格好は汚い中古のジーンズにアメリカでは工事労働者が着るシャツですよ。その上ダウンベストがまた工事労働者に見えるし、ワークブーツ自体が作業靴なんですね。

でもその時の私は流行の最先端を走るシティボーイ(古っ)気取りで街を歩いていたんですよね。そうそうとどめはレイバンのサングラスを掛けていたんですね。

今思うとなんともニヤケタニイチャンだったと思います。恥ずかしい青春の1ページです。

でも今は歳もそれなりに重ねてきていますし、十分着こなせると思います。ただ腹が出てるのを除いてですが。

私と同世代の人たちには懐かしい響きではないでしょうか。

MadeinUSA

記事が長くなりましたのでPOPEYEは次の機会に譲ります。