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慢性痛の第3類型:痛覚変調性疼痛

2021-11-04 18:50:27 | 健康・病と医療

1979年に国際疼痛学会(IASP)により定められ、定説とされてきた痛みの定義が、2020年7月16日、41年ぶりに改定されることになりました。

→ https://www.iasp-pain.org/PublicationsNews/NewsDetail.aspx?ItemNumber=10475

1979年の旧定義では、「実質的または潜在的な組織損傷に結びつく、あるいはこのような損傷を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験」(An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage.)だったのが、

2020年の新定義では、「実質的または潜在的な組織損傷に結びつく、あるいはそれに似た不快な感覚・情動体験」(An unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage.)となり、

痛みは組織損傷がなくとも起こりうることが明確にされました。 

 

痛みはそもそも、急性痛(そして亜急性痛)と慢性痛(3か月以上持続または再発する痛み)に分けることができますが、慢性痛はさらに、

①末梢の非神経の身体組織に実際の損傷または損傷のおそれがある時に生じる「侵害受容性疼痛」(nociceptive pain)、

②侵害刺激はないのに末梢神経ないし痛覚伝導路ニューロンの興奮を引き金として生じる「神経障害性疼痛」(neurogenic pain)に加えて、

③2017年にすでに国際疼痛学会は、このどちらでもない、非器質性で、痛む部位に原因となるような異常も見つからず、痛みを伝える脳内の神経回路の可塑的な変化により生じる「nociplastic pain」を提起していました。「noci」は侵害つまり痛みの信号とそれに対する神経の反応、「plastic」は可塑的、つまり神経細胞の興奮や神経細胞間のネットワークが変わりうる性質を意味します。

 

この「nociplastic pain」は、わが国では、これまで便宜的に「侵害可塑性疼痛」(chronic primary pain)等と訳されながら、ずっと定訳が定まらないままでしたが、国際疼痛学会(IASP)の定義変更に伴ない、2020年12月、痛みを伴う疾患の病態や治療に関する研究を行う8学会(日本疼痛学会,日本ペインクリニック学会,日本慢性疼痛学会,日本腰痛学会,日本運動器疼痛学会,日本口腔顔面痛学会,日本ペインリハビリテーション学会,日本頭痛学会)が連合して「日本痛み関連学会連合」を発足し、つい先日の10月2日に開催されたシンポジウムの場で、当学会連合の最初の成果として、「nociplastic pain」の日本語訳を「痛覚変調性疼痛」に決定したことが発表されたのでした。

→ https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2021/3443_04

「痛覚変調性疼痛」は、「機能障害性疼痛」(dysfunctional pain)ともいわれ[Woolf 2010]、ICD-11によって公認された「1次性慢性痛」(chronic primary pain:組織損傷や炎症の存在がない痛み)[Nicholas et al.2019]にも相当し、痛みへの恐怖、不安、怒りやストレスといった心理社会的な要因が大きく関係し、国際疼痛学会(IASP)も1994年頃には「侵害受容性疼痛」「神経障害性疼痛」に対して「心因性疼痛」と呼んでいた時期もあったほどですが[Merskey&Bogduk 1994]、それらの心理社会的な影響で神経回路が変化し、痛みを長引かせ、悪化させるとみられているものです。今や国際疼痛学会(IASP)が、「"心理社会的"疼痛という概念は、慢性疼痛のメカニズムを説明するものとして、今後、使用すべきものではない」と提唱するのも[Nicholas et al.2019]、その痛みの心理社会性を物語って余りあるものです。弱い刺激でも強い痛みが生じる「中枢性感作」や、身体の広い範囲が痛む「広汎性痛覚過敏」「異所性痛覚過敏」としても現われます。<からだ・こころ・社会>の三重の視点で疾病も捉えるべき最も代表的なケースの1つとは言えるでしょう。

<文献>

Merskey, H. & Bogduk, N., 1994  Classification of Chronic Pain. Descriptions of chronic pain syndromes and definitions of pain terms. 2nd edition, Seattle: IASP Press. http://www.iasp-pain.org/Education/content.aspx?ItemNumber=1698

Nicholas, M., Vlaeyen, J.W.S., Rief, W., Barke, A., Aziz, Q., Benoliel, R., Cohen, M., Evers, S., Giamberardino, M.A., Goebel, A., Korwisi, B., Perrot, S., Svensson, P., Wang, S.-J., Treede, R.-D., The IASP Taskforce for the Classification of Chronic Pain, 2019  The IASP classification of chronic pain for ICD-11 : chronic primary pain, in Pain, vol.160, no.1, pp.28-37.

Woolf, C. J.,2010  What is this thing called pain?, in Journal of Clinical Investigation, vol.120, no.11, pp.3742-4.

 


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