Prog-ING日記

現在進行形Progressive Rockを中心に音楽や本の話題、日頃の楽しい出来事を掲載

ひとりっ子

2007-01-28 22:38:26 | SF本

現代ハードSF界をリードする、オーストラリアの俊英グレッグ・イーガンの第三短編集である。タイトルが軟弱だし、表紙がまたもやロリ調なので、めめしいストーリーかと思ってしまうかもしれないが、なかなかにして重い問題作揃いである。

グレッグ・イーガンがハードSF最先端なのは採用している科学技術によるものではない。グレッグ・イーガンはあまり宇宙を舞台にしない。あまり、過去の歴史を題材にしない。現代より少し未来のなじみのある(地球上の)世界を舞台に、数学理論を使った独特の仕掛けを施しているのが特徴的だ。また、主人公の心理の内側を掘り下げて、アイデンテイテイの追求をするパターンも多い。

この本には7つの短編が収録されている。そのうち4つはアイデンテイテイ追求テーマで、自己の意志の本質や脳の改変・インプラントによる自己の改造などを扱ったストーリー。残りの2つが、共通のキャラクターが登場するタイトルストーリーとその続編で、多世界理論とそれに抵抗するシングルトン(一人っ子)をテーマにしている。

多世界理論というのは、偶然の決断をしたか、しなかったかで世界は分岐を起こし、決断をした未来としなかった未来に分かれて継続するという考え方。無数のきっかけで無限大の可能性世界が平行に存在するが、一度分岐した世界は相互に行き来も検知も出来ないため、一見各個人は自分が自分の意志と決断で未来を決定しているように見えると言う物。一人っ子の主人公は、他の世界の自分が過ちを犯し、この自分がその犠牲の上に幸福を得ているという観念にとりつかれ、偶然の分岐を起こさない「どの世界でも同じ決断をする」子供を育てる事を決意する。彼は、偶然の要素から隔離された超小型の量子コンピュータ「クアスプ」を開発し、そこに自分と妻の遺伝子から発生させたシュミレーション胎児をダウンロードする。そして人工人体にAIを搭載した「ADAI」と呼ばれる人工人類の1人としてその子を育てる事を決意する。

続編の短編ではこの時生まれた「分裂しない」子ヘレンが時間を過去にさかのぼって歴史の過ちを修正するために活躍する。イーガン唯一の過去の歴史を扱った小説だそうだ。

そして、残る1つは「ルミナス」である。この話はいかにもイーガンらしい、彼の真骨頂とでもいうべき作品だ。ブルーノとアリソンは数学の大系に「不備」が存在することを発見してしまった。とある命題は通常の照明では「真」となるが、別のアプローチをたどると証明手順の誤りなしに「偽」の結果となるのだ。「真」となる、こちら側の領域に対して、「偽」の結果を生じる数学大系をモツ世界「ファーサイド」が存在するのだ。このファーサイド数学の浸透からこちら側の世界を守ろうと、アリソンとブルーノは中国の保有する世界でただ1つの光で出来たスーパーコンピュータ「ルミナス」を使って「ファーサイド数学」を封じ込めようとするが・・・という、およそとんでもない話である。

とんでもないのに、人物や設定のリアリテイがあり、短いが巧みなストーリー展開で内容の濃密さと相まって長編を読破したような読み応えのある作品だ。

この人はすごい。