いつもハヤカワ文庫と創元推理文庫しかチェックしていなかったので、バリバリSF作家であるグレッグ・ベアの小説がソニーマガジンから出ているのに気がつきませんでした。2002年の12月に出ていた本書をたまたま書店で発見し、今頃になって読んだ次第です。
既刊のSF小説では、全人類をドロドロに溶かして別の何かに変容させたり、ブラックホールで地球をぶっ壊したり、小惑星のトンネルから宇宙の終焉までひとっ飛びしたりと途方もない話が多いベア氏の作品ですが、本書は普通小説の形態を取っていて、とんでもない事は基本的に起きません。時は現代、所は現実のアメリカを舞台に、政治と科学が交錯し、人々の人間ドラマが展開いたします。ただし「遺伝子スリラー」と帯にも記載があるように、そこはSF作家ですから、科学的なトリックを極めて有りそうな形にして取り組んでいるわけです。
主人公は学会の鼻つまみ的存在の人類学者ミッチとウイルス研究を行っていたケイの2人。これに衛生局のもとでウイルスハンターをしているクリストファーが準主役で絡んでいきます。アルプス山中で、ネアンデルタール人のカップルのミイラを発見したミッチ、しかしそのカップルのそばに横たわる新生児のミイラは現生人類のDNAを持っていた。そのころ、グルジアの研究所を訪問中のケイは近年行われたらしい、妊婦の集団殺人と思われる死体の検死を依頼される。
世界各地で、ヒト内在性レトロウイルスによる胎児の奇形と流産が多数発生し、アメリカ公衆衛生局は緊急の対応を迫られていた。ウイルス研究の結果、ケイはこのレトロウイルス感染が病気ではなく、人類を次なる進化へと導く遺伝子の集団的変異である事を知る。この感染を病気として隔離使用とする衛生局と科学者の対立。不安から集団的愚行に走る大衆。これらを背景にしながら、ケイとミッチが出会い、人類の次の世代を垣間見る結末へと流れていく。
最新の科学データと5年にわたる取材により、非常にリアルで納得性の高い内容で、一般小説として十分通用しつつ、SF小説の醍醐味をしっかり持った良い作品になっていました。結末はいかにも続編が作りやすい終わり方になっているので、続きが楽しみです。