はじめのうちはホントに良いイメージだったのですよ。というよりは、知事と対立している人たちが県会議員(の中でも自民党会派中心)や市町村長に限られていたのですよ。それが段々、県民の中での反田中度がアップしたり、県会議員の中で親田中派だった人が批判する方に回ったり、色々と情勢が変わっているのです。
こちらのブログの作者さんも、田中派から批判側に回ったということだそうで…
田中知事の行った事には良いこともかなりあります。定番となった車座集会では、県民が直接知事と対話できる機会が設けられたり、「開かれた県政」へ向けた積極的な動きによって前知事時代よりも県政が身近でクリアーなものになったのではないかと思います(最近はそうでもなくなってしまいましたが^^;)。南北に長い長野県を縦横無尽に走り回り、県民の意見を汲み取ろうとする姿勢はとても評価できます。特に、前知事時代はほぼないがしろにされていたといっても過言ではない南信地方の人間にとっては、とてもありがたい存在なんじゃないかなぁと思います。
しかし、最近の知事はちょっと独裁カラーが強まっているのですよ。特に独裁カラーを感じさせるのが、最近の
広報ながのけんの内容です。この広報ながのけんは、新聞の一面広告を買い取って月一で掲載するというスタイルをとっているのですが
(←これにより、従来の冊子タイプよりもかなりの経費削減になるのだとか)、この広報の中で知事が県議会を批判する記事を書いているのですよ。2月の予算案が否決された事を批判したり、議会の中での野次を批判したり… 要は、「
知事が広報を県議会批判のための道具にしている」ということです。これを見た時には、さすがにやばいのではないかと思いましたですよ。おそらく、どこの自治体の広報を見たって、広報が議会を批判する記事を書くなんて事はありませんよね^^;
これを県議会は当然黙ってはいないわけで、県議会10会派のうち、7会派の有志が合同で、なぜ予算案を否決したのかを新聞を用いて説明する事にしたそうです(
こちらの記事[田中康夫追撃コラム]参照)。本来なら、広報は双方の意見を盛り込むべきだと思うのですが、なんでこんな事になってしまったのでしょうか。田中知事の目指す「開かれた県政」とは、一体何なのでしょう?