カルデロン・アラン・クルズ一家に在留特別許可を!

本ブログは、カルデロン一家の在留特別許可取得に向けての活動を報告するものです。

カルデロン一家への支援のお願い

2008-12-02 10:11:28 | 弁護士から
私は,この事件を担当してきた代理人として,この事件についての私なりの考え方を述べておきたいと思います。そして,皆様からの心からの支援をいただきたいとお願いをする次第です。(今回のこの取組みに対する消極的なご意見に対してもお答えをしたいと思い書いたものです。)


1 現在の状況


行政及び司法の判断はカルデロン家族に対して退去を命じています。
しかし,私は,この家族の中の特に子どもについて,子どもの権利条約3条の「最善の利益」に照らして,日本での教育の継続こそが必要であると考えてきましたし,その考えは現在も変わりません。
この主張が認められなかったことはそのとおりですし,彼ら家族に対する退去強制令書の効力を争う手段は存在しないことも事実です。

だからこそこの段階でお願いをしているのは,「法務大臣の裁量に基づく在留特別許可の付与」ということになります。


2 「法治主義」という言葉について

日本は「法治主義」国家なんだから帰ってもらうしかない,ということがよく言われます。

ただ,ここに言われる「法治」が,「法律」による支配のみを意味しているとすれば,その主張に対しては,日本における「法治」はあくまで,憲法・条約を含めた「法」によるものであることを私は訴えたいと思っています。だからこの家族のことを考えるときに,子どもの権利条約が定めている子ども権利に対する最大限の考慮が必要であるにもかかわらず,その考慮が充分になされた処分・判断であるのかとの疑問があります。

今回のケースを考えるときに,参考になる前例があります。
 
皆さんもご承知のキンマウンラ家族,ジラン家族,ムスタファ家族です。
 
これら家族にもすべて退去強制令書発付処分が出されていました。ただ,夫がA国の国籍国,妻子がBという国籍国であるため,退去強制の執行によって家族離散という問題が起きてしまうという事例でした。これら家族もすべて裁判では敗訴していました。これら事件が問題となったとき,今回と同じように法務大臣は「日本は法治主義国家だから,お帰り願うしかない」と当初コメントしていました。しかし,家族離散という状況が世論を動かし,多くの人たちの共感のもとに,最終的に法務大臣の在留特別許可の判断がなされました。

これら事例の結末は,入国管理局と裁判所の判断が国民によって支持されなかった端的な例として考えることができるのではないでしょうか。つまり,これらの事例は,もともと,条約に基づいて保護される「家族の統合」と「子ども最善の利益」の観点から保護されて良かった事案だったのです。ある行政判断の誤りがその後是正され,そしてそれが運用の基準となりうる一つの例であると思います。

また,今回と同様の事案について,これまでの入管と裁判所の判断が絶対的なものではないことは,過去の判決にもみられます。例えば平成15年9月19日の東京地裁判決では「(退去強制は)原告長女のこれまで築き上げてきた人格や価値観等を根底から覆すものというべきであり,それは本人の努力や周囲の協力等のみで克服しきれるものではないことが容易に推認される。…イランに帰国した場合には,在学を維持することにすら相当な困難が伴い,就職等に際しても,日本で培われた価値観がマイナスに作用することが十分に考えられる。・・・原告長女に生じる負担は想像を絶するものであり,これらの事態は,人道に反するものとの評価することも十分に可能である」という判断を下し,行政の判断を取消しました。この地裁判決はその後高裁で覆っていますが,裁判所の判断にも,このように「子どもの最善の利益」を考慮して行政の判断を覆している判決が存在するということであって,今の時点のカルデロン家族に対する行政と裁判所の判断が,長い目でみて絶対とはいえないということなのであります。

さらに,別の同様の事案(摘発時に子ども10歳のフィリピン人家族)において,東京高等裁判所は,行政処分が適法であるとしつつ,「日本での生活が継続するにつれて、国籍国であるフィリピンとの関係が希薄になり、フィリピンにおいて生活することが次第に困難になりつつあること、控訴人(子)の周りの関係者は、同人の希望をかなえてやりたいと強く嘆願していることなどが認められる以上の本件各裁決等の後の控訴人らを巡る事情にかんがみると、・・・控訴人(子)をフィリピンに強制送還することにより、同人に日本で教育を受ける機会を失わせ、将来の夢を断念させるのは見るに忍びないものがある。ついては、出入国管理行政の最高責任者である法務大臣におかれては、控訴人らについて当分の間退去強制令書の執行を停止して仮放免措置を継続した上で、再度の考案として在留特別許可の付与の可否についての恩恵的な措置及び児童の最善の利益の観点から検討されること当裁判所として期待したい」(東京高裁2007年9月27日付判決)と判決中で付言をしたことがあります。そして,入国管理局はこの付言を受け止めて,この家族に在留特別許可を付与しました。

 
3 カルデロン一家の在留を現時点で求める理由

なんといっても第一にのり子ちゃんの「最善の利益」です。

言語能力には,対人コミュニケーションのような比較的具体的な言語活動にかかわる「基本的対人伝達能力」(BICSという)という側面と,抽象思考が要求される認知活動と関連のある「認知・学習言語能力」(CALPという)という側面があり,この言語能力の2つの側面は,同時に発達するわけではなく,基本的対人伝達能力の方が認知・学習言語能力に先行するものといわれています。
 そしてここで重要なことは,二つの言語の習得開始が異なる場合,はじめに一つの言語の習得が先行しているため,二つの言語の基本的対人伝達能力間,また認知・学習言語能力間の時差・発達差は大きいものと推測されています。つまり,後から習得される言語での基本的対人伝達能力については,ごく短期間にその言語のモノリンガルの人と同じレベルに達するが,認知・学習言語能力については相当期間が必要であると考えられているのです。つまり,のり子ちゃんがタガログ語の環境のなかに放り込まれた場合,多くの困難を伴うことが言語学的にも予想されます。

早稲田大学大学院 日本語教育研究科の川上郁雄教授も,直接のり子ちゃんからの事情を聴取した上で以下のように述べています。

『人間としての成長過程にある子どもたちの言語発達、認知発達および学力発達を考えたとき、現在の言語学習環境が変化することが子どもの成長に多大な影響を及ぼすと言わざるを得ません。これまで順調に成長している以上、この環境の維持こそ求められるところです。・・・
人間としてこの地に生を受けたなら、どのような理由があるにせよ、持っている能力を発揮できるような環境に育つことは人間の権利であると考えられます。それは、国籍の有無に関わらず、何人にも保障され、尊重されるべき人間の権利であります』。

小学校高学年にもなれば様々な人格形成上重要な時期にさしかかっていく,そして言語能力も構築されていきます。のり子ちゃんは,まさにその時期にいます。この子どもを現在の教育環境,社会環境から切り離して,全く異なる言語的環境・社会的環境におくのは,この子どもにあまりにも大きな負担を強いることになります。実際に,タガログ語のできないのり子ちゃんがフィリピンに帰国すれば,小学校1年生に編入されることになり,一年生と机を並べて勉強をいちからやり直しということになります。このような状況に追い込むことはしたくありません。


4 親の不法入国の問題

のり子ちゃんの両親は確かに不法入国をしました。

しかし,その後15年以上の長きに渡り日本の社会の中で懸命に生き,そして子どもを育ててきました。父親であるアランさんは会社で信頼される人間であり,仲間に支えられ,そして職長として日本人の人たちに仕事を教えることのできる立場にある人です。

確かに,ご両親の入国時の行為は正しくなかった,これはそのとおりです。しかし,入国時の過ちのみによって,現在のこの局面で彼らを退去に追い込まなければならないほどのものでしょうか。日本社会の中で定住してきた彼らを日本社会から引き剥がすことは日本の社会にとって必要なこととは思えません。

非正規滞在者の資格を正規化するという方法はいろいろとあります。個別事案ごとに判断する手法を日本はとっていますが,諸外国には一定の基準を満たせば,在留資格の正規化を認めるというシステムを用意することもあります。例えば,「7年以上滞在している家族で子どものいる家族に在留資格を与える」というような基準を決めている国もあります。このように多くの場合に見られるのは,やはり子どもを抱えている家庭の保護です。そこに子どもの利益という観点があることはもちろんですが,それだけではなく,非正規滞在者の置かれている労働環境や社会環境の健全化ということが意識されています。長期に非正規滞在者が不健全な環境におかれていることを国が回避しようとする考えです。この考えには非正規滞在者であっても一人の人間であって,その人たちも人権の享有主体であるという考えが通っています。

このような考えを日本も取り入れていく時期に来ていると思うのです。


もちろん以上の考え方の前提には,家族全員の保護を求める考えがあります。のり子ちゃんだけを日本に残し,両親には帰国してもらうということも選択としてはありえます。イラン人家族について短大進学の決まった子どもだけに在留を認め,両親と他の子どもには退去を命じたということあったのは記憶に新しいところです。しかし,その判断の当否は別として,短大進学する年齢と中学1年ののり子ちゃんとでは事情が異なります。のり子ちゃんを日本で育ってもらうという決断をするのであれば,その両親の在留を認めるのは帰結といえるでしょう。


5 お願い

さまざまなメッセージをいただいています。署名は8000筆程に到達しています。この支援の輪をもっと広げたいと思います。その輪の広がりがのり子ちゃんとこの家族の保護につながります。

子どもたちは,学校や地域,自分をとりまく社会が自分を守ってくれる社会であると信じて暮らしています。のり子ちゃんもそうでしょう。そして,のり子ちゃんの友人・仲間も自分たちをとりまく大人たちの判断を見守っています。自分たちにとってかけがえのない友人のり子を自分たちの目の前から引き離そうとするのかどうなのか。のり子ちゃんや彼女をとりまく子どもたちの,地域・学校そして日本社会に対する信頼をそのまま維持したい,心からそう思います。そして願わくば,彼らの夢を日本という国が押し潰してしまうような結果にはしたくない,そう思っています。


皆様からの支援をよろしくお願いします。



弁護士 渡 邉 彰 悟

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