平和ボケ者の独り言

勝手な妄想と独り言

両税委譲

2007年12月14日 | 独り言
石原都知事は福田首相と会談し、東京都の法人事業税のうち年間約3000億円を地方に移転させる政府・与党案について、消費税を含む税制の抜本改革までの暫定措置とすることなどを条件に容認したと言うニュース。

このニュースを聞いてすぐに頭に浮かんだのが両税委譲と言う税制改革が論争。



どんなに技術が進歩して裕福な生活を営めるようになったとしても戦後たった60年で日本人はもとより世界の人の心もそう変わるものでないような気がします。


グローバル化、格差社会、大都市と地方のでの貧富の差、また東亜、中東、中国アメリカロシアによる常任理事国同士の利権争いの牽制合戦など、現代はまさに大正デモクラシー時代と同じような現象が今の日本でもそして世界でも、全ての階級の人の心に起こっているような気がしてなりません。


近代の世界戦争は大きな技術革新を世界が乗り越えようとするときに起こっているような気がします。

第一次世界大戦は鉄道と言うグローバル化が蓄積されてもたらした戦争だったとするなら、第二次世界大戦は急速に発達した飛行技術と言うグローバル化がもたらした戦争でした。少し強引かも知れませんが鉄道、飛行機、そして現代のグローバル化と言えばインターネットです。


先人が鉄道に夢をかけた時代。人が飛行機で夢を得た時代、そして今はインターネットによって世界の人々はそれ以上に予想もしなかった未来の夢を、万人が掴み始めてきています。


ただ鉄道、飛行機のようにインターネットと言うグローバルを安全に効率よく使っていくためにはまた、何か乗り越なければならならない大きな障壁があるのではないかと私は考えています。



今回の石原、福田会談は両税委譲は一概に今回の税制改革と比較できるものではありませんが、何かこの対戦前夜の時代から読み取れる世の中の空気を現代に生かし、新たなインターネットグローバル秩序を早急に打ち立てなければまた、もし現代人が人として何も進化していなければ、人類は過去と同じ様にインターネットを赤い血で染めてから乗り越えていくことになるのでしょう。


戻るも時代、進むも時代。

流れることも時代なら、逆らうこともまた時代。

開戦記念日に思うこと

2007年12月08日 | 独り言
今日は開戦記念日。 66年前の今日、『前の世の中』が『今の世の中』に変わる大きな分岐点となった日でもあります。

そして多くの人は戦中、そして戦後のことに関して自分なりの知識をお持ちと思います。

それは写真、映画、テレビ、体験者からの口伝えなどその知識の源は色々かとも思います。

しかし、その大抵は先の大戦の話までで昭和16年12月8日の開戦を伝えるラジオアナウンスの話から少し前の時の流れからではないでしょうか?




大戦が終わり敗戦国となった日本は7年間と言う一見短そうで長い時間をかけ日本人の心ははGHQによって大きく変えられ、そして今の世の中ができあがりました。

そして今の私たちは戦中と、日本が米国の占領下にあったこの空白の7年間を除いた、世の中だけでしか今の日本と自分達を評価してきてないような気がします。

当たり前のことですが明治、大正という時代があったからこそ今の私達の存在があるのです。



子が親を殺す。親が子を手にかける。心の荒廃した現代において今、

私たちに求められているのは学校の教科書であまり取り上げられていない戦前、『前の世の中』を詳しく調べてみることではないかと思います。

何が正しくて何が荒廃かも分からない、正しいと思って行動していることさえも大きな時の流れの綾、なのかもしれません。



戦前のカラー映像を載せてみました。


■1934年(昭和9年) 京都

■1935年(昭和10年)東京

■1940年(昭和15年) 東京 カラー映像

■昭和12年 出征の様子1(尼崎 新潟 山形)

■1935年(昭和10年) 豪華客船「浅間丸」 横浜

開戦の詔勅<現代語訳文>

2007年12月08日 | 独り言
神々のご加護を保有し、万世一系の皇位を継ぐ大日本帝国天皇は、忠実で勇敢な汝ら臣民にはっきりと示す。

私はここに、米国及び英国に対して宣戦を布告する。私の陸海軍将兵は、全力を奮って交戦に従事し、

私のすべての政府関係者はつとめに励んで職務に身をささげ、私の国民はおのおのその本分をつくし、

一億の心をひとつにして国家の総力を挙げこの戦争の目的を達成するために手ちがいのないようにせよ。

そもそも、東アジアの安定を確保して、世界の平和に寄与する事は、大いなる明治天皇と、

その偉大さを受け継がれた大正天皇が構想されたことで、遠大なはかりごととして、

私が常に心がけている事である。そして、各国との交流を篤くし、万国の共栄の喜びをともにすることは、

帝国の外交の要としているところである。今や、不幸にして、米英両国と争いを開始するにいたった

まことにやむをえない事態となった。このような事態は、私の本意ではない。 中華民国政府は、

以前より我が帝国の真意を理解せず、みだりに闘争を起こし、東アジアの平和を乱し、ついに帝国に

武器をとらせる事態
にいたらしめ、もう四年以上経過している。

さいわいに国民政府は南京政府に新たに変わった。帝国はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、

ともに提携するようになったが、重慶に残存する蒋介石の政権は、米英の庇護を当てにし、兄弟である

南京政府と、いまだに相互のせめぎあう姿勢を改めない。米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、

東アジアの混乱を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。

あまつさえ、くみする国々を誘い、帝国の周辺において、軍備を増強し、わが国に挑戦し、更に帝国の

平和的通商にあらゆる妨害を与へ、ついには意図的に経済断行をして、帝国の生存に重大なる脅威を

加えている。

私は政府に事態を平和の裡(うち)に解決させようとさせようとし、長い間、忍耐してきたが、

米英は、少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、その間にもますます、

経済上・軍事上の脅威を増大し続け
、それによって我が国を屈服させようとしている。

このような事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国がはらってきた積年の努力は、

ことごとく水の泡となり、帝国の存立も、まさに危機に瀕することになる。ことここに至っては、

我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない。

 皇祖皇宗の神霊をいただき、私は、汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し広め、

すみやかに禍根をとり除き、東アジアに永遠の平和を確立し、それによって帝国の光栄の保全を期すものである