かんだ

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「台湾紀行」を読んで

2017-04-18 17:14:47 | Weblog

 司馬遼太郎の『街道をゆく』が大好きだ。どの巻も面白いというか、勉強になるが、何回となく繰り返し読んでいる一冊に『台湾紀行』がある。

 毎月1回、カイジマへ散髪に行く。以前は大塚と笹塚に2軒あったのだが、ビルの取り壊しかなにかで大塚の店は畳まれてしまった。奥さんは山好きで、遠足倶楽部の元会員さんでもあるので縁は切りたくない。以降笹塚に散髪に行くようになった。きょうが散髪の日、我が家を出るとき手にした一冊が、『台湾紀行』だった。

 パラパラめくっていると、「当時、台湾にくる日本人観光客のお行儀のわるさについてふれている」という一行が目に飛び込んできた。何回も読み返しているのに、この一行は記憶にのこっていなかった。日本人も「そう思われていた」ということに、思わず笑ってしまった。我々は現在、中国人あるいは韓国人の集団の騒々しさをやり玉に上げては大笑いし、溜飲を下げている風がある。ちょっとヤバイんじゃあない、と思った次第。

「私の書架に、台湾の謝新発という人の書いた本が三冊ある」と司馬さんが書かれている。その一冊に、そのことが書かれている。別の一冊に、土木技師八田與一の生涯を書いた『忘れられない人』がある。

 韓国と台湾は近くて良き国なので、何回か訪ねている。韓国の仲間も台湾の仲間も、政治的な問題はお互い認識した上で、仲良く友だち付き合いをしている。が、国全体としては大使館前に設置された慰安婦像に象徴されるように、韓国の対日感情は良くはない。他方、台湾の対日感情は悪くはない。二十数年前、仲間うちで登った雪山の帰路、山間にある山地人のお家に招待されて、宴会になった。彼らは皮肉でも何でもなく、日本名で自己紹介し、宴たけなわになると軍歌を歌い始めた。ぼくらのガイドさんはその部屋の中にいるたった一人の外省人だったので、皆さんからいじめられていた。

 台湾の対日感情の良さは、第四代総督の児玉源太郎と後藤新平が台湾行政の基礎をつくった賜であり、嘉南平野と呼ばれる不毛の大地を、ダムを造り、ダム湖の水を嘉南大圳と呼ばれる水利構造をつくって不毛の大地を美田に変えた八田與一の功績があった、ということを『台湾紀行』で知ることができた。韓国の対日感情の悪さは、おって知るべしであろう。

「老台北は、日本時代には賄賂とか収賄ということばが、日常語としては存在しなかったという」と、司馬さんは述べられている。続けて「その日本も変わった。金丸信というふしぎな人が政界に棲息して、政治の要衝にありながら、やがて権力を集金装置に変えたそうである」。

 笹塚にむかう電車のなかで、拾い読みしながら、森友疑惑に腹をたて、豊洲移転問題に首をかしげたりした。いまの日本の政治は、金丸さんの延長線上にあるようだ。

岩崎登山新聞 http://www.iwasaki-motoo.com/home.html
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