かんだ

かんだは、なんだの続き。
話を広げたり、掘り下げたり・・・。

こんな所に日本

2018-11-26 16:54:33 | Weblog

 2005年3月28日が誕生日、ぼくは還暦を迎える。その前年、アルパインツアーの現社長、芹澤健一氏から声がかかった。「どこか、一緒に行って誕生日祝いをやりましょう」。そのひと声がきっかけになって、2005年3月24日~4月3日の「アンナプルナ・ダウラギリ展望トレッキング」が企画された。当初はシリーズ化するとは思わなかったので、タイトルなど頭になかったのが、この年の11月にニュージーランド、翌年3月にカナディアンロッキー、9月にアラスカ・ノースフェイスロッジと回が重なったので、シリーズ化を念頭に“地球を遠足”とネーミングしたのだった。2005年3月のネパールを第一回と数えると、先月のコモド3島で95回、もうすぐ100回を迎える。

 少し前から、テレビ番組で気になっていることがある。山がらみ、海外がらみの絵が多いのだ。「山」については別の機会に書く。「海外」について言えば、「世界不思議発見」「こんな所に日本人」「クイズ番組」、などなど。“地球を遠足”のおかげで、あちこちの国をめぐることができた。スイッチをオンにして、テレビ画面に絵が出てくると、あっここ行った、あっここも行った、と訪れた国がけっこう出てくる。

 先日、クイズ番組でコモド島が登場した。A国・B国・インドネシアと三つの国名が出て、コモド島はどこの国か、という問題だった。コモド島となると、誰もが知っているという島ではないようだ。「こんな所に日本人」という番組では、コモド3島で、コモドドラゴンのガイドをやっている男性が紹介されていた。ボリビアにいる日本人を捜し当てると、彼はウユニ塩湖のガイドだった。

 コモドドラゴンのガイドをやっている映像は、実際に“地球を遠足”で行く一週間くらい前のことだったので、世界が狭くなっていることを実感した。ウユニ塩湖というか、ボリビアからは首都ラパス在住の日本語ガイド井上節子さんを取り上げて欲しいとおもっている。

 ラパスの空港は世界最高所にある国際空港であり、ラパスは世界最高所3,632mにある首都である。第90回“地球を遠足”ウユニ塩湖とチチカカ湖を訪ねる遠足で、ラパスに降り立ったぼくはウユニ塩湖で高山病になってしまった。チチカカ湖への移動日、ラパスの空港に残されたぼくを、ホテルに案内してくれたり病院に連れて行ってくれたりと面倒みてくれたのが、ラパス在住の日本語ガイド井上節子さんだった。まさに「こんな所に日本人」であった。この紙面からも改めて、お礼を言わせていただきます。

 ペトラ遺跡濁流の映像にはビックリ、2009年11月、第17回“地球を遠足”でエジプト~ヨルダンを訪れている。継続は力というが、”地球を遠足”ももうすぐ100回、面白さがタテ・ヨコ・ナナメに広がっている。

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アウトドアズ・イン

2018-10-18 11:21:42 | Weblog

 自分も周囲も加齢が進んでいる。10年前くらいだったか、よくご参加下さっていたAさんが突然、「古稀になったから、もう山はやめる」と、おっしゃる。「まだまだ登れますよ、もっと山を楽しみましょうよ」というと、「そうだね」といってご参加が続いていた。75歳になったAさん、「もう後期高齢者になったから、山はやめる」と、おっしゃる。「いま止めちゃあもったいないですよ、もっと山を楽しみ続けましょうよ」というと、「そうだね」といって、年に何回か楽しい時間を一緒に過ごしてきた。

 Aさん、来年には80歳になる。80歳を過ぎた方がトシを理由に山をやめるとおっしゃったら、「まだまだ登れますよ」とは言い難い。山登りを止めるのは仕方ないとして、家に引きこもってしまったら大いなるマイナスだ。自然の中にいることこそ、人の幸せだと確信するからだ。それで発明した言葉が「80歳からはスキー」である。

 スキー板をはいてリフトに乗れば、爽やかな風がほほをなでてくれる。昨今、板も靴も良くなっているからそうそう転びはしない。それでも、転んだら骨折するのではないかと心配で、スキーを始められない方は少なくない。それよりもなによりも、春が来て、雪が消えたらスキーもへったくれもない。

 ウーム・・・、そこで閃いたのが、「アウトドアズ・イン」。強引な和製英語だが、ぼくの想いは充分こもっている。加齢に従って、足があがらなくなる。転倒までには至らないが、上げたつもりの足が上がっていなくて、ツマ先が木の根や岩角にひっかかってつんのめる。山はもう止め、となる。山を止めて、家に引きこもってしまったら百害あって一利なしだ。前述の通り、自然の中にいることこそ人の幸せだ。「アウトドアズ・イン」である。

 先日、救心製薬特別協賛で「岩崎元郎の健康登山講座」が、函館の隣、北斗市で開催された。「新日本百名山・恵山を登る会」の主催であった。翌日、恵山に登る予定が雨のため中止。帰りの飛行機が夕方だったので、恵山の麓、ホテル恵風まで遊びにいった。大きくてきれいな温泉があり、海岸線にもお湯が沸いていて、湯舟が作られている。目を上げれば山、目を下げれば海、山に登らなくても退屈することはない。

 北八ヶ岳、ロープウェイを利用して山頂駅まで上がり、坪庭あたりを散策するのもいい。美ヶ原もいい。標高2000mの高原に、歩くことなく運び上げて貰えるなんて、こんなに有り難いことはない。坪庭も美ヶ原も冬でもOKだ。七時雨山もいい。山に登らなくても、山荘のテラスに座って本でも読んだら文句なしの文化人になれる。

 お元気な方からは、「バカ言ってんじゃないよ」なんて言われそうだが、ぼく自身もさることながら、80歳を越えてまだまだ山に登りたいという方々の安心安全を考えると、「アウトドアズ・イン」、声を大にしてアピールしたいと思っている。

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かくてブームは創られる

2018-09-20 13:55:09 | Weblog

「ロゼワイン 人気熟成中?」、8月下旬のある日の夕刊の一面トップ、そんな活字が大きく踊っていた。「じわり 業界に動き」と、サブ見出しも読む人にそう思わせるような言葉で追い打ちをかけている。

 17年度のワイン流通量の割合は、赤66.5%、白30.4%、ロゼ2.5%であったとか。一ヶ月ほど経過した現在、ロゼがブームになっているとは思えないが、ブームはこんな風にマスコミ主導で創りだされることは間違いあるまい。ブーム創出もそうだが、現代(いま)の世の中、すべからくマスコミに操られているように思えて仕方ない。

 サッカーワールドカップのときも然り、テレビでいえば、どのチャンネルにまわしても出て来る画像はサッカーばかり。世の中のニュースはサッカー以外にないとばかりに、だ。テレビ局は数社あるのだから、局間で話し合って取り上げるニュースを分担すればいいのに、と思ったのはぼく一人ではあるまい。

 悪いのはマスコミの側ばかりではない。こちら側、一般庶民の我々一人一人にも問題はあるようだ。日本人は他人の意見に左右されやすい性癖がある。サッカーのワールドカップ報道で日本人の多くはたちまちサッカーファンになった。きのうまでサッカーファンだった多くの人が、きょうはたちまちテニスファンになっている。そうは思わないか?

 ぼく自身は山が大好きだから、サッカーファンにはならなかったけど、大坂ファンにはなってしまった。初めて試合を見たときから、彼女の力強さには惹かれた。インタビューでの受け答えも良かった。彼女の人と成りが素直に伝わってくる、テレビ報道の成功例であろう。

 彼女自身の魅力と存在感があるから、カメラをむけるだけでコトは済むが、彼女ほど魅力や存在感がない対象物にカメラをむけるとなると、押しつけがましくなるというのが実状のような気がする。

 飲み屋さんでは「とりあえずビール」で、次に飲むのは芋焼酎のお湯割りだが、レストランでは赤ワインを頼むこともよくある。健康にいいと聞かされているのが、赤ワインを頼む理由なんでしょうね。いつだったか、カナリア諸島のハイキングを楽しんでいた折、昼食時のテーブルで「この島は白ワインがおいしいんです」と案内されると、じゃ白ワインを飲んでみるか、という気になる。流通量が2.5%のロゼについては、頭に残ってはいなかった。

 そんな自分でも、「ロゼワイン 人気熟成中?」などという記事が目に飛び込むと、今度はロゼでも飲んでみるか、という気になる。考えてみると、情報源というのはマスコミしかないような気がする。友人から仕入れた情報だって、出所はマスコミに違いない。マスコミにご用心といいながら、マスコミにがんじがらめにされているようだ。

 かくてブームに乗せられる(笑)。

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観戦でなく参戦

2018-08-23 09:55:51 | Weblog

 8月8日付け朝日新聞夕刊トップ記事の見出しは、「スポーツ観戦 これからは街で」とあった。大型商業施設や駅前などでのスポーツイベントの開催が、近年人気となっている。特に若い世代を集客するねらいで、人の集まる場所に特設の競技スペースをつくることが多くなっている、とか。記事では、コートサイズが比較的狭く、様々な場所での開催が可能な3人制バスケットボールを取り上げ、「これからは人のいるところにスポーツ側が出て行く」という考え方を示した。

 ビーチバレー、スケートボード、ボルダリングなども都市型スポーツとして並べ。「これまでのトラディショナルなスポーツだけでは若者のスポーツ離れを食い止められない。スポーツが待ちの姿勢から攻めの姿勢の変化していくことが大事だ」と言う日本アーバンスポーツ支援協議会々長の渡辺守成氏の話しを紹介している。

 ぼくはこの記事を読んで、ちょっと違うんじゃないかと感じたのだ。「人の集まる場所に特設の競技スペースをつくること」は、スポーツ観戦者を増やすことにはなろうが、スポーツする人を増やすことにはならないと思う。むしろスポーツ離れに拍車をかけるだけではあるまいか。

 以前このページに、「サポーターではなくプレイヤーになろう」という趣旨の論評を書いた。人生の主人公は自分自身である。他人様を応援することは、美徳の一つではあるが、応援者あるいは観戦者という在りようは、自分自身のアイデンティティになるはずがない。どんなに熱く応援しようと、勝利という果実を手にするのは彼であって自分ではない。敗北という苦い薬を飲めるのも彼であって自分ではない。応援や観戦は舞台の上ですることではない。人生の主人公になりえるはずがない。プレイヤーあるいは参戦者であることこそ、自身のアイデンティティの拠り所だ。

「自分捜し」という言葉をよく聞くが、これもまやかしである。捜す必要などない。自分はまぎれもなく、そこ、その場にいるではないか。応援や観戦にうつつを抜かしていると、自分を見失ってしまう。プレイヤーになる、参戦者になる、自分の体を動かせば、自分はそこにいることを発見できるだろう。

 困ったことに、「体の動かし方が分からない」という方が少なからずいる。そんな方たちへのアドバイス、「山に登ってみませんか」。はじめの一歩は高尾山、表参道ともいうべき1号路を登ってみよう。山道具を揃える必要はない。Gパンに運動靴でいいが、ハイヒールはダメ。信じられないことに、ハイヒールで登る女性がいるのだ。新宿から京王線で高尾山口まで行く。改札口を出て右へ5分歩けばケーブルカーとリフト乗り場の清滝駅前。右へ緩やかに登っていくアスファルト舗装の車道が1号路だ。山頂まで約2時間、下りはケーブルカーに乗ってもいいことにする。

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夏山登山計画のポイント

2018-07-20 16:57:14 | Weblog

 夏は暑くて当たり前だが、今夏の暑さは異常である。こんな暑さの中、都市近郊の低山を歩いていたのでは熱中症に捕らわれること必定。めざすは中部山岳の高山か、東北、あるいは北海道の山にしたい。

 中部山岳といえば北アルプス、南アルプス、中央アルプス、八ヶ岳。山好きの憧れは槍ヶ岳、白馬岳、穂高岳、剱岳、北岳、甲斐駒ヶ岳、仙丈岳、赤石岳、木曽駒ヶ岳、赤岳、阿弥陀岳。山名が並んだら、その山の特性を考えてみる。ポイントは、技術を必要とする山なのか、体力勝負の山なのか、である。

 槍ヶ岳や剱岳は岩登り技術を要求される山である。山登りに夢中になり始めた多くの山好きは、ネームバリューのある山、技術を要求される山に憧れる。数年前のことになるが、著名な女流登山家が奥穂高岳からジャンダルムを越えて、西穂高岳に縦走した映像が流れると、ジャンダルムがブームになった。ジャンダルムの通過は岩場が連続する、我が国でもトップクラスの難コースだ。めざすとなったら、3級の岩場がリードできるくらいに岩登りのトレーニングを重ねてからにしてほしい。

 必要なトレーニングをせず、憧れだけで一歩踏み出してしまう結果、剱岳のカニのタテバイで最初の一歩が立ちこめなくて逡巡している方、現場は大渋滞。カニのヨコバイでもしかり、現場は大渋滞、大迷惑である。

 ツアー登山、ガイド登山が当たり前になっている昨今、剱岳をめざすガイド登山に申し込んで、登ったつもりになっている方、ご用心。登るのはご自身の足と手と頭であることはお忘れなく。ご自身の足と手と頭がそれなりでないと、怖い思いをするのはご自身である。

 ネームバリューある山への憧れを捨て、今夏の山は体力勝負の山をお勧めしたい。南アルプスの雄、赤石岳は登り甲斐がある。1日目、椹島まで入って泊。2日目千枚小屋、3日目荒川小屋、4日目赤石岳を越えて赤石小屋、5日目椹島に下って帰京。充実の夏山登山になること請け合いだ。

 長期休暇が取れる夏、北海道の山を計画するチャンスでもある。北海道には日本百名山が9座ある。ぼくが初めて計画した山は、日高山脈最高峰の幌尻岳だった。登頂の成否を左右するのは、額平川の水量だ。ベースとなる幌尻山荘まで十数回の徒渉を強いられる。ぼくらがめざしたその日、額平川は前日の雨で増水、登山を断念、翌年出直して幌尻岳の頂きを足下にした。そこであきらめない方がいる。せっかく北海道まで来たのだからと無理矢理突っ込む。徒渉に失敗して流されて遭難、そんな事故が時として発生している。計画のポイントの一つに、「断念」を入れておきたい。

 話しがとりとめもなくなったが、年に一回の夏山登山チャンス。タテ・ヨコ・ナナメ、じっくり考えて、計画を練り上げて頂きたい。

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五頭山と遭難事

2018-06-20 13:23:26 | Weblog

 ゴールデンウィーク明け、「新潟県の五頭連山で遭難」の報にびっくりさせられた。「五頭山」と聞かされて、その山がどこにあって、どんな山なのか即答できる山好きは、地元の方たちを除けば決して多くはないと思う。かなりマイナーな山だ。30年くらい前、『新ハイキング』誌で、「五頭山~松平山」のガイド記事に出会った。面白そうな山だなと感じるものがあって、「山の遠足」企画に取り上げ、参加者を募集し、早速歩いてみた。5月下旬のことだったと記憶する。残雪にご用心というガイド記事のアドバイスに従って、参加者には軽アイゼンを用意してもらい、自分は念のため40mのメインロープを携行した。

 五頭山の麓には、五頭温泉郷と呼ばれる村杉、今板、出湯と温泉があるのも魅力、ぼくのご贔屓は出湯温泉だ。入口には「五頭登山口」と彫られた石柱があった。今も健在なのだろうか。案内に従ってやまびこ通りに出、その道を辿ると砂郷沢橋。ここから沢沿いの林道に入ると、どん詰まりから山道が始まる。気分よく登っていくと烏帽子岩を過ぎ、急登を頑張ると五ノ峰に立つ。その先に四ノ峰、三ノ峰、二ノ峰、一ノ峰と続く。一ノ峰は五頭龍神が祀られていて眺望もよく、気分のいい頂き。五頭山三角点はこの先、主稜線上にある。

 三角点から松平山にむかう。尾根の背を通っているときは問題ないが、コースが山腹をまくようになって沢の源頭をトラバースするとになると、そこに雪渓が残っていた。傾斜がけっこう急で、スリップしたら谷底まで滑落する。ぼくは安全を期し、ロープをフィックスした。スリップしてもフィックスロープにぶらさがるだけ、恐怖はない。恐怖がないとへっぴり腰にならず、斜面にしっかり立って足を運べるからスリップの心配がない。参加者全員余裕でトラバース。松平山を超え、出湯温泉に下山。

 山の雰囲気に魅せられて、五頭山にせっせと通うようになったが、いつしか足が遠くなり、忘れかけていたところに「遭難」の報。ぼくの頭に瞬時に浮かんだのは、主稜線上の沢の源頭に残る雪渓のトラバース。マスコミ報道にみる限り、軽アイゼンやロープを携行しているとは思えない。スリップしてコースからはずれれば、大事に至ることは必定だ。残念ながら、行方不明になっていた親子のご遺体は5月29日、松平山山頂から南西約1.7㎞、標高約580mのコクラ沢の斜面で発見された。

「低い山にも潜む危険」とは、山をよく知る人が必ず指摘すること。目の前の山がマッターホルンみたいだったら、山慣れない人がめざすようなことはない。しかし、我が国の近郊の低山は、緑豊かでたおやかで、初心者でも容易に登れそうな山容をしている。多くの登山初心者がスニーカーやGパンなど身軽な恰好で入り込むが、豊かな緑に隠されて急な雪渓があり、岩場があり、脆いガレ場があったりする。麓からは見えない危険を認識して、登山して頂きたい。


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古稀を過ぎたら山歩き

2018-05-16 12:39:16 | Weblog

「百歳まで生きる時代」が来たということを、マスコミが大々的に報道している。いや報道というより、喧伝といった方が正確だろう。

 5月10日~13日の4日間、韓国の月出山(ウルチュルサン)に登ってきた。アルパインツアーで企画実施している“地球を遠足”、92回目になる世界の山旅である。成田から釜山へ飛ぶ。実際の飛行時間は1時間40分、時差もない近くて良い国である。釜山で出迎えてくれたのは、キム・ジンソク氏、韓国の山では毎回お世話になっている日本語ペラペラのガイドさんだ。

 1日目は月出山の登山口に近い光州のホテルにチェックイン。2日目、めざす月出山にむかう。百済から日本に渡来し、千字文と儒教を伝えたとされる王仁(ワニ)博士の碑を見学。登山口で準備体操を済ませ、10時に歩きはじめる。めざす山は標高813m、日本の山の感覚では大した山ではないが、岩っぽく、急なアップダウンがあり、変化に富んだ魅力的なコースだが、けっこうハードなコースではある。

 参加者は14人、平均年齢は70歳、最高齢は80歳。下山口の開新里(ケイシンリ)まで7時間と案内されていたが、体調不良の人が出たりして最後尾の下山時間は19時になった。途中からヘッドランプの心配をしたりしたが、陽の長い季節だったので日没前に下山することができた。8年前、2010年10月、第24回“地球を遠足”で同コースを歩いているが、秋にも関わらず日没の心配が胸をよぎることもなく下山した。平均年齢は60歳代前半だったと思う。

 加齢に従って体力が減少することを、如実に証明している実例だが、ぼくが注目にしたいのは時間がかかることではない。時間がかかっても、皆さんちゃんと歩いている、ということだ。この4日間の間、お二人が誕生日。10日が誕生日のSさん、12日が誕生日のYさん、お二人共その日で70歳、古稀を迎えられた。お二人はもちろん、今回のご参加者は皆さん、心身ともにお元気である。そして、若い。前々から思っていたことだが、今回改めて感じたことは、山に登っている方々は、「元気で若い」ということ。

 百歳まで生きる時代が来た。だからと言って、寝たきりで生かされていたって意味がない、とはだれもが思っていること。百歳まで元気で生きていきたいと思ったら、「山に登ること」だとは、数々の実証例と出会ってきたぼくの確信である。若い頃、お金貰ったって山なんか行きたくないと思っていた方々も、そんな思いはさらりと捨てて、山に登ったらいいですよ。そんな方々を山に誘い出すキャッチフレーズを考えた。

「古稀を過ぎたら山歩き」。歩幅を小さくゆっくり歩けばいい。ガイドブックに案内されている歩行時間の1.5倍でプランニングする。日帰りコースは2日で、2日コースは3日で計画。時間はたくさんあるのだから・・・。

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山の天気と天気予報

2018-04-23 18:02:41 | Weblog

 2月1日~3日、蔵王温泉に泊まりスキーを楽しんだ。この季節、蔵王で好天が続くというのは珍しいと、土地の人たちは言っている。天気が悪く降雪が続くからこそ、あの素晴らしい樹氷が発達する、冬の蔵王は天気が悪くて当たり前なのだ。

 1日、山形駅で神室山岳塾々長、菅藤満昭氏の出迎えを受け、車で“蔵王温泉みはらしの宿「故郷」”に入る。ちょうど昼時、腹ごしらえを済ましてからゲレンデにむかう。雲一つない快晴ではないが、そこそこ青空も広がる晴天である。風もなく絶好のスキー日和だ。「きのうまでは吹雪いていたんですよ。こんなに天気がいいのは、珍しいことです」とは、バックアップに来てくれた、神室山岳塾メンバーの言。毎山行、天気に恵まれていて、ぼくは自他共に「晴れ男」を任じていた。

 この原稿を書いているきょうは4月15日、日曜日である。どんよりした曇り空、夜半に降ったのか路面は濡れているが、雨は上がっているようだ。きょうはただの曇天3ヶ月前から現地集合・解散のぼくの登山教室を企画していて、AさんBさんの2人が参加することになっていた。4日日前の水曜日、Aさんから電話が入った。「木、金、土と晴れですが、日曜日は雨、風も強いという天気予報ですが、実施ですか」というもの。ぼくも気にしていてその天気予報は承知していたのだが、予報は直前にコロッと変わったりするので、「土曜日まで待って下さい」と言って電話を切った。

 Aさんから電話が入った水曜日、榛名山麓に在住の佐田氏から丸沼高原スキー場に誘われていた。前日の予報の悪さに計画は中止したが、当日は曇天、青空も垣間見える。よくある話しではある。これがあったから予報の悪さにも関わらず、中止の判断は土曜日夕方の天気予報を待ってから考えようと思っていた。金曜日の昼、Bさんから問い合わせが入ったので、あしたの天気予報で結論を出すからあしたまで待ってほしいとお願いした。

 10年くらい前までは、雨が降ろうと、槍が降ろうと、行くと決めたら事前に中止することなく、現地までは必ず行っていた。槍が降ったらもちろん中止するが、多少の雨なら予定通り行動した。「雨が降っても楽しい」なんて言って、雨の山歩きもさして気にならなかった。しかし、古稀を過ぎた現在、雨の中、雨具来て山歩くのは嫌だな、というのが正直な気持ちである。ご一緒する皆さんもぼくと同世代か先輩である。雨に濡れた山道はリスクが大きい。

 金曜日、夕方の予報はさらに悪くなって、「春の嵐」という。土曜日まで待たず、この時点で中止を決めて、お二人に連絡した。日曜日の朝が来た。土砂降りの雨を期待していたのに、ただの曇天。山行は中止したのだから、「晴れ男」の名に傷つくことはないが、予報がどんなに悪かろうと、現地までは行っておくべきかなと、反省しきりであった。


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情熱は磁石だ

2018-03-27 13:03:15 | Weblog

 今年に入って毎月一冊、本を頂いている。一冊目は1月下旬、展示会の会場で直接手渡し頂いた『ザ・ロングトレイル』、登山用具業界のドンにしてマジックマウンテン社長、国井治氏が自費出版された著作だ。2月は『情熱は磁石だ』(旬報社刊)、平昌パラリンピック、ノルディックスキー日本代表監督、荒井秀樹さんの著作。

3月は『決断のとき』(集英社刊)「トモダチ作戦と涙の基金」とサブタイトルのついた小泉純一郎元総理大臣の本。

 3月18日付け朝刊一面に新田金が大きく報じられていた。ノルディックスキー距離男子10キロクラシカル立位で、新田佳浩選手は金メダルに輝いたのだ。紙面の右横に、「新田、監督と歩んだ20年 38面」と記事のアピールがあった。監督名はなかったが荒井秀樹さんだとすぐに分かった。早速38面を開くと「監督と道ひらいた20年」という見出しがあって、今大会に至るまで20年の歩みを紹介していたが、荒井監督の著作『情熱は磁石だ』の紹介はなかった。

 当時ぼくは、江東区深川スポーツセンターで企画開催されていた中高年のための登山入門講座の講師を担当していた。97年4月、荒井さんが新しい所長として赴任されてきたのだ。荒井さんと知り合うことで、ぼくはパラリンピックを知ったといっても過言ではない。パラリンピックという言葉だけは知っていたが、その意味も意義も知らなかったし、知ろうともしなかった。それはぼくだけの問題ではなく、当時の日本社会がパラリンピックへの関心が非常に低かったことの証左である。

 98年に長野県で開催されることになった、パラリンピックのクロスカントリースキーのコーチを引き受けることになったのは、95年の秋。

「ところが話を聞くと、障がい者のクロスカントリースキーの競技団体もなく、『いまは代表選手がいなくて、これから手を挙げてくれる人たちのなかから選ばなければいけない』、『誰を選べばいいのかが厚生省やスポーツ協会の人には分からないので、荒井さんに選んでもらいたい』、さらに『選んだ人たちを指導して、長野パラリンピックで頑張ってメダルが取れるまでに訓練してほしい』と、課題が山積みでした」(『情熱は磁石だ』本文より)「当時のメディアは、長野オリンピックには非常に注目していましたが、パラリンピックのほうはお寒い限りの状況でした。パラリンピックの聖火リレーのランナーやボランティアを募集してもなかなか集まりませんでした。強化費も出ず、スポンサーもなく、本当に“ないない尽くし”の状況でした」(同前)

 平昌パラリンピックは、オリンピックに勝るとも劣らぬくらい熱の入ったマスコミ報道があった。長野パラリンピックからの20年、選手一人一人のがんばりもさることながら、荒井さんの地道な尽力があればこそ、だと思う。『情熱は磁石だ』、ご一読頂きたい。

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憧れのウユニ塩湖

2018-03-01 17:10:38 | Weblog

 2005年3月、アルパインツアーの現社長、芹澤健一氏に誘われて、“地球を遠足”第一回がネパール、アンナプルナ・ダウラギリ展望トレッキングとして、実施された。

 それから回を重ねて13年、2018年2月9日出発の「ウユニ塩湖」は、90回目になる“地球を遠足”だ。

 ウユニ塩湖は、南米大陸のほぼ中央に位置する内陸国ボリビアが有する、世界中の人が憧れる不思議な絶景である。

 9日9時、成田空港集合、11:30発のAA176便は、30分ほど遅れて離陸、日付変更線を越え、約11時間要してダラスに到着。4時間ほど待って12:55発でマイアミに飛ぶ。着16:40、さらに6時間の時間待ちで、22:40発のAA922便は、めざすボリビアの首都ラパスに10日の朝、7時前に着陸した。標高4085m、世界最高所にある国際空港だとか。風邪が抜け切らないまま出てきてしまったので、高山病っぽい。後頭部がドーンと重くて、足元がふらつく。

 ラパスはすり鉢状に凹んだ、不思議な地形の街。上の方は空気が薄いので、貧困層が生活する。底の方は標高3300m、空気が濃くなるので富裕層が生活する。一流ホテルも下の方に建てられている。我々が2連泊する5つ星ホテル、カミノ・レアル・スイーツもそこにあった。

 3日目は世界遺産ティワナク遺跡見学。4日目、国内線でウユニに飛び、四駆のジープで世界最大のウユニ塩湖をめざす。

 ウユニの街には、製塩工場があり、お土産屋さんがずらりと並ぶ。工場といっても家内工業のちいさなものだが、コーナーにならんでいるウユニ塩湖の塩を購入。

 今宵の宿、壁や床などが塩で作られた塩のホテルで長靴を借り、ジープはウユニ塩湖に突入する。けっこう水があるじゃんと思ったが、実際はくるぶしくらいの水深だった。ウユニ塩湖は乾期には水が干上がって鏡にはならない。12月〜4月の雨季、水が貼って鏡となる。

 ジープ4台、ウユニ塩湖のど真ん中で駐車、長靴を履いて湖に入ると、くるぶしくらいの水深であることが判明した。底は一面硬い塩の岩盤で、そこに鏡の秘密があるのかも知れない。

 塩湖のど真ん中にテーブルを出し、椅子を並べて昼食会場の出来上がり。なにはともあれ、憧れのウユニ塩湖体験が始まった。翌日もウユニ塩湖の散策。散策といっても、ポイントまでジープで走る。昨日に比し、湖面は泡立ちが少なく、本当に鏡のよう。感動というか、不思議な気分。乾期には塩の大地、雨季には塩の湖、こんな大自然をだれが作り出したのか。自然の偉大さと、世界の大きさを見せつけてくれたウユニ塩湖であった。

 この十年、海外で日本の若者を見るのが珍しかったのに、ウユニでは大勢いた。テレビの影響力に違いない。びっくり・・・。


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