プライベートのブログなので仕事のことはあまり書けないのですが、私は大手メーカーで製品開発(製品化よりも基礎技術寄り)を担当しています。基礎技術寄りとっても、製品に必要な技術なら専門分野を問わず何でもやります。尤もこれは産業界に限ったことでなく、学術界でも一流の大学は何でもやっています。例えば、CNRS(フランス)のS. Candel先生の功績を紹介するレビュー論文[1]が発表されたので、興味があればご参照下さい(もちろん、自分はCandel先生の1/10にも至っていません)。
メーカーでは、従来の開発スキームでは限界が見えてきたとき(もしくは将来的に限界が来そうなとき)、開発が行き詰まる前に新しい開発スキームを構築する必要があって、それに先立って必要な基礎研究をします。基礎研究といってもマスコミ報道で印象付けられるようなスマートなものでは無く、実際にはかなり泥臭い活動です。
メーカーが行う研究の重要な点は、既にある学術界の知見(理論や経験的事実)をいかに応用するかにあります。現場を知らない科学哲学者はこのことを簡単に考えますが、実際には頭を色々捻らしたり、試行錯誤したりと大変なものです。そのやり方は人によって異なりますが、私は将棋の勉強とあまり変わらないと思っています。具体的には、①研究対象の「急所」について学術界の先行研究(論文)を読んで知見を得る。②実験装置を作って(可能であれば製品に近い形で)、得られたデータを自分の「読み」と比較する。③「読み」が合わなかった点を整理して、論文を読み直して原因仮説を設定する…の繰り返しです。
山田先生の文章には、「このように、自分で発表した研究とそっくり同じ手順で勝った例は珍しいことであり、私にも始めての経験であった」[2]とあるように、1回目の実験で予想通りに行くことは滅多にありません。100点満点中、30点取れれは良い方です。ところが、それが最近では60~70点取れるようになってきており、逆説的にもそれで悩んでおります。
研究職に従事するうちに先行研究の論文の読解力が上がった、自分で図面作成するようにした(昨年、技能検定2級の資格を取りました(第24-2-052-28-0052号))、日本の古文を読んでその感覚を報告書作成に取り入れるようにした…等の肯定的な要因もあるでしょう(最後の点には説明が必要でしょうが、割愛します)。しかし他方で、選んだ研究テーマが自分には未経験と思い込んでいただけで、実際には既に経験していたことを多少ずらしただけという可能性も捨てきれません。そこで、自戒のために「研究通りにいかない」将棋の四枚落ちを、将棋道場の先生にお願いすることにしました。
将棋道場に伺って指導対局で四枚落ちをお願いしたところ、先生は「田村さんは四枚落ちは卒業ですから、これからは二枚落ちにしましょう」と仰られました。お話を伺うと、約半年前のゲスト棋士の指導対局イベント(2025/1/12ブログ参照)の後に、ゲストから「田村さんの四枚落ちには全然勝てない。どうやって勝つんですか?」というコメントがあったらしい。憶測ではありますが、多分、「指導対局にしては度を越えている」と窘められたのでしょう。
それはさておき、二枚落ちで二歩突っ切りを4回指して、良いところ無く負けました。敢えて少し愚形にして、定跡通りの攻めが出来ないようにするのがいやらしい。そして、5回目の最序盤はこんな感じになりました。

下手が定跡だと言って▲4六歩~▲4五歩と伸ばすと、△6三銀~△5四銀から4五の歩取りを見せ、下手の飛車を4筋に縛って紛れ形にする意図でしょう。しかし、△5四歩を突いていないから、下手は4筋の位を急ぐ必要は無い。そこで私は上図で▲3六歩と指して、以下、3筋で飛車先を切った後に4筋の位を取り、それを▲3七桂で支えることで定跡通りの駒組みが出来上がりました。こんな風にあからさまな局面を演出することで、下手に考えさせる意図なのでしょう。ちなみに本局で初めて二枚落ちで勝ちました。
こんな感じで将棋道場では指導対局もボチボチ指そうと思います。ただし、前にも指摘したように、通常の意味での「指導対局」ではありませんが。
【参考文献】
[1] Christophe Bailly et al., "A dedicated paper for Pr Sébastien Candel EM2C laboratory, CentraleSupélec", Combustion and Flame, Vol. 279, 114301, (2025)
[2] 山田道美将棋著作集、第一巻、大修館書店、pp. 224、1980年