いぬくそ看板ものがたり(最終回)
今、ぼくはフィアットプントに乗っている。乗って狭さを感じないし、荷物はそこそこ入るし、その割に小回りもきく。運転しやすいエンジン特性やワイドなギア比も自分にあっている気がする。
このクルマは母親の形見だと思っている。
母親はぼくが東京方面に移住して3年後に死んだ。胃がんを克服した後、別の場所にがんができていたのだ。亡くなる半年前まで、その事は知らなかった。母親の事を何も考えていなかった。
母が健在だった頃は、母親がいる事が普通だったので何も考えていなかったけど、いなくなってから印象が強くなる。特に印象的だった2つのエピソードがある。
ひとつは、明るい色のクルマが好きだったこと。我が家の自家用車は代々ホワイトだった。母が明るい色が好きだったからだ。一方で父親はシルバー系が好きだったため、父が母の意見をあまり聞き入れずにガンメタを選んでしまった時は少し残念そうであった。その印象が強かったため、母の死後に今のプントと出会った時に購入をすぐ決意した。明るいクルマなら母親を忘れないと思ったからだ。
もうひとつは、いぬくそ看板を最初に認めてくれたことだ。母は生前、趣味でブログを書いていた。そこで、この写真を紹介してくれたのだ。普段はぼくの愚行(街角観察)について「もっと将来の役に立つことをやりなさい」といった意見しかくれなかったが、いぬくそ看板については地元の看板の写真を撮るなど、理解をしてくれていた。
クルマも、いぬくそ看板も、母親との繋がりを感じずにはいられない。いぬくそ看板とその背景を追い続けることは、ぼくにとって母親の供養なのである。
(おわり)