深夜、それも3時前後からの“映像放送・1ch”が愉しい。ハズレの時もありますが。
ここのところの「美しき山々」シリーズが愉しい。日本から、世界へ展開したようで、
2日の3時ころは「スイスのアイガー」をやっていました。
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左からアイガー、メンヒ、ユングフラウと並ぶ。いわゆるユングフラウ三山です。
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アイガーの東山稜・ミッテルレギ稜です。(ピントがきていません。ご勘弁を)
1921年、のちに日本山岳会会長をつとめる登山家、槙有恒氏がミッテルレギ陵の初登攀に成功しました。
この偉業を記念し、1924年、ミッテルレギ稜に山小屋「ミッテルレギ・ヒュッテ」が建てられました。
建築費用の半分以上は槙氏の寄付によるもので、作業は大変困難なものだったと伝えられています。
槙有恒さん(まき ゆうこう、「ありつね」とも)とは、この方です。
(1894年・明治27年-1989年、95歳没)
ここで日本人と出会うとは、まったく思っていませんでした。
90年ほど昔のスイスでの偉業です。
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「ミッテルレギ・ヒュッテ」(3355m)とはこの山小屋です。
2001年夏、大きなものに建て替えられました。しかし、アルピニズムの歴史を語る貴重なものである
旧山小屋を保存しようということになり、2001年5月末に、ヘリコプターでアイガーグレッチャー駅
上の丘に移築されました。
ここで、もうひとつ。
アイガーの山中にはトンネルがあり、登山鉄道が走っていることです。
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2000㍍、3000㍍級の高度レベルに電車が走っている。それもトンネルだという。
驚くべき !! ですね。
「1912年開通」にも驚きます。
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ユングフラウヨッホ駅がこの電車の終点です。
3454mでヨーロッパの最高所の駅なんだそう。
電車を降りて、少々昇ると、絶景が拡がるわけです。
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その絶景には、緑の放牧地とお洒落なロッジなどが拡がっています。
あの“アイガーの北壁 ”がロッジから望めるのです。
日本の山容とはだいぶ異なりますね。