カイロからマドリードまで夢がゆく

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卒業後は日本で働いています

「未来をつくる起業家」ケイシー・ウォール著

2017年06月18日 | 書籍紹介
新装版 未来をつくる起業家 ~日本発スタートアップの失敗と成功 20ストーリー~
クリエーター情報なし
クロスメディア・パブリッシング(インプレス)


この本は、著者からプレゼントとしていただき、出会うことができた本だ。
この本では、東京の20人の起業家へのインタビューを通じて、現在の東京のスタートアップ市場像を浮かび上がらせることに成功している。視点、手法、題材ともにユニークで有益な書籍だといえる。

著者は東京のスタートアップシーンを間近で見てきた、米国人ヘッドハンターである。彼は東京で自身のヘッドハンティング会社を経営している。現在経営する会社の前に、東京でテクノロジー企業を創業して失敗した経験もあるようだ。その経験の中で、シリコンバレーと東京のスタートアップシーンの違いを強く意識したようで、本書の起業家へのインタビュー内でもその点をよく聞きだしている。この点がこの本をあまり類書のないものにしている。
途上国開発に携わっていると、ひとつの市場、産業を見るときの視点で、マクロ、メゾ、ミクロと階層分類して考察することがあるが、この本はミクロレベル(個別スタートアップ経営者)を通じてメゾレベル(個社を取り巻くベンチャーキャピタルや買収サイドの様子)を示しているといえる。

20人もの起業家へインタビューを行っているというのは、社会にとって、日本人にとってとても有意義な偉業である。2015年11月に初版が発行されているので、読者はこの本を読むだけで、最新の東京のスタートアップシーンの空気感を感じることができる
ただ、2015年の前の数年間で東京のスタートアップシーンは大きく変化しているようであることが、この本を読むとわかる。この流れが続けば、この本の内容も、現時点ではまだまだフレッシュであるが、徐々に古くなってしまうかもしれない。少しでも本書が気になる人がいれば、今すぐに購入して読まれることをお勧めする。

この本を手に取った読者の多くは、一定の「起業家」像に迫ることを期待するかもしれない。しかし、私の読解力では、この本で提示される20人のインタビューを読んで、「起業家とはこういう人だ」というイメージ、十分条件をつかむのは難しい。しかし、その難しさが、「起業家」というものを職種としてとらえるべきではない、画一的なものではないということを良く表していると思う。彼らはとても個性的でユニークな人物である。アーティストのイメージに近いかもしれないと感じる。
一方で、この本から起業家になるための必要条件は多く読み取ることができる。それは、3年後、5年後、10年後に社会はこうなる、というイメージを(意識するしないにかかわらず)もち、そのために自分のアイデアが生きると信じ、実際に行動できる人が起業家であるということだ。そして、この本のインタビューを読む限りは彼らが無理をして起業家になったわけではなく、彼らの中で極めて自然に起業するに至ったのだとわかる。そういう意味で、何か自分に制限を設けて自分の行動範囲を縛ってしまうことのない人々である、という点は共通していると感じた。

この本の最大の魅力は、20人の起業家と、読者たる自分が、まるでお茶でもしながら話を聞けている感覚になりながら読み進められる点だと思う。
過去の失敗も含め、飾ることなく話ができるというのが成功した起業家の共通した特徴なのかもしれないが、それとともに、著者のケイシー・ウォール氏が起業家たちから得ている信頼が、それを可能にしていると思う。ケイシー・ウォール氏の東京のスタートアップ市場への鋭くも温かい眼差しに出会えたという点が、この本を読んで私が得た最大の収穫であると感じる。