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江戸しぐさ・EDOSHIGUSA

2009-03-20 | Japan Traditional culture日本の伝統文化
江戸しぐさに「肩引き」があります。人とすれ違う時に、右肩・右腕を後へ引いて、互いにぶつからないようにするしぐさをいいます。現代的視点で考えると、人と人が正面から行き交う時は、お互いに軽く左右に避けようとするので、運悪く顔が鉢合わせになったりするものです。
これを、「込み合う江戸の町で、互いを人間として尊重し思いやる挨拶しぐさでした。この殺伐とした世の中で、人々がお互い気持ちよく暮らすために、この江戸の“粋”な習慣である江戸しぐさを復活させたいものです。」などの言われ方もしています。こうした話は分かりやすく、いいことだと思います。しかし当時の商人道・武家社会を考えると、現実は違うものだったと思います。

当時の江戸の町は人口密度が世界一であったと言われており、日本中から身分・生活習慣や言葉(方言)の異なる人々が大勢集まり暮らしていました。長屋の間には狭い道が縦横に走り、そこが町人の通行路になっていました。前から歩いてくる人は、どこの誰から分からず、しかも狭い道をすれ違おうとするのです。いったい何が起きるか分からない、危険な状況に過ぎません。もしかしたらいきなり刀を抜きつけられたり、懐から短刀を抜き出すかもしれません。侍は左側に帯刀しているのですから、江戸社会の通路は左側通行になるのは当然のことです。もし右側通行であれば、すれ違う者の刀剣が触れ合って、一発触発になります。仮に刀剣を持っていないとしても、心臓のある左半身を守るべく、右半身を強く引いてすれ違うのは、生理的な反応でもあります。
江戸の通路ですれ違うとき、サッと右肩を引きお互いがぶつからないようにするのは、相手を尊重するのでもなんでもなく、元来は単なるリスク管理の必要上のことに過ぎなかったと思います。

同様のことは江戸しぐさの「七三の道」(道のど真ん中を歩くのではなく、自分が歩くのは道の3割にして、残りの7割は他の人のためにあけておく)・「蟹歩き」(もっと狭い道では、完全に横になって顔と顔と合せる格好で通り過ぎること)にも言えます。「しぐさ」は仕草ではなく思草と表記します。江戸しぐさは礼儀作法ではなく、リスク管理の思想だったのでしょう。