最近入手した日本刀関係の古書に参考になる記事があった。と言ってもごく基本的な知識である。だがネットには軍装マニア氏のHPを始め日本刀に関する嘘や偏った情報が氾濫している。これでは日本刀文化が際限なく退廃してしまう。嘘や偏見に騙されず日本刀を正しく理解するためには基本的な知識を押さえておかねばならない。紹介するのは記事のごく一部なので、興味のある方は是非出典に当たって頂きたい。
『刀剣美術』1995年10月号 靖国刀匠座談会より引用 鈴木嘉定氏の発言(青字)
鈴木嘉定 鉄というものは、一口で言ってしまえば「鉄」の一言で終わってしまうものですが、これほど怖い素材はないわけですね。鍛錬が施されていない無鍛錬の鉄は全く何の変化も生じませんが、鍛錬の仕方によって様々の変化を生じて来ます。そういう意味では鉄は生き物であると言えるかもしれません。鍛錬によって色々な生かし方ができるわけですし、色々な素質がそこに出てくるわけです。それを様々な呼称によって表していますが、鍛錬に伴って、同時に仕上げていく段階である研磨、これもそのことを熟知していなければ、いくら刀鍛冶が苦労して立派なものを作刀しても、研磨によってそれを生かし得ない、長所を引き出せないということが、ままあるわけですね。ですから鍛錬と研磨は表裏一体であると私は信じております。
鉄のことを大まかに述べますと、「和鉄」と「洋鉄」という言葉が刀剣界において広く使用されています。そして、刀剣界でいう洋鉄について詳細に見てみますと、ご存知のように鉄鉱石は百パーセント輸入でありますが、その鉄鉱石を使って溶鉱炉で最後の圧延までやってのける一つの製鉄所、これを「溶鉱炉メーカー」を略して「高炉メーカー」と言うわけですね。そこで生産されるものは、いわゆる溶鉱炉から銑を出し、そして高炉に移し、ビレットを作り、それを加熱してアングルとか丸棒とかH鋼だとか、そういったものを圧延していく一貫工程であり、その生産工程から「銑鉄一貫メーカー」とも呼ばれています。
次に「平炉メーカー」というものがあります。平炉メーカーの素材は何かと言いますとこれはスクラップであります。市中から集めたスクラップ、それを溶解して、いきなりビレットという四角断面の長方形の素材を作り、それを加熱して丸棒なりアングルなりを作っていくのです。これが平炉メーカーであります。同じような工程で作っているものに「電気炉メーカー」というものがあります。この場合は、燃料が電気であるという点が異なります。
その他に「単純圧延メーカー」、俗に「単圧メーカー」と言っているものがあります。これは平炉メーカーが生産したビレットを購入してきて、丸棒なりアングルなりを作るものです。そして最も単純なものが「伸鉄メーカー」でありまして、これはスクラップの中から肉厚のものを選んで、それを素材として加熱し、丸棒、例えば九ミリ丸棒だとか十三ミリ丸棒だとかの細物鉄筋バーを作っていくんですね。こういったような段階で製鉄の分野でも分かれています。
これらの各メーカーで生産されているものは一括して「洋鉄」と呼ばれているものですね。それに対して「和鉄」というものは、ご存知の日刀保たたら、かつての靖国たたらから生産された玉鋼を材料として作刀してゆく、これらを呼称するものであります。このような製鉄法の分類があるということと洋鉄・和鉄の相違点を刀剣人も理解しておくことは必要だと思います。
当ブログ筆者が補足すると、踏鞴(たたら)とは足踏み式の送風機であり、踏鞴を使った製鉄方法が踏鞴製鉄である。踏鞴製鉄によって生産されるのは鋼だけでなく銑鉄や海綿鉄もある。それらを総称して「和鉄」と呼ぶ。踏鞴製鉄によって作られた鋼が和鋼(わはがね)、銑鉄が和銑(わずく)である。和鋼の別称が玉鋼なのである。また踏鞴製鉄によってできる海綿鉄は刀剣の素材として非常に優秀で、古来刀鍛冶に珍重されている。また刀作りの方法に銑卸しというものがあるが、これは和銑を破砕して火床(ほど 鍛冶用の簡単な炉)で溶かし、炭素量を減らして鋼にする工程である。刀鍛冶が玉鋼以外の鉄を使っていると言う場合、海綿鉄や和銑の炭素量を調整して使っているという意味であり、洋鉄を使っているという意味ではない。自家製鉄を行っている刀鍛冶も殆どが踏鞴製鉄である。従って自家製鉄と言っても作刀に使用しているのは玉鋼であり和鉄である。
因みに上掲記事の定義に従えば、満鉄刀は高炉メーカー乃至平炉メーカー式洋鉄刀、昭和刀は伸鉄メーカー式洋鉄刀という事になる。
ところが自家製鉄でも、小林康宏氏は踏鞴を使わず登り窯による自然通風で製鉄していたようだ(軍装マニアHP・斬鉄剣孤高の刀匠小林康宏http://ohmura-study.net/011.html)。
軍装マニアHPの文章は軍装マニア氏自身によるものか他の文献からの引用なのか不明である。記事からは小林氏が登り窯による自然通風だけで製鉄していたのかどうかも判然としない。また登り窯で自家製鉄していたとしても、その鉄のみを使って作刀していたのか、他の材料も使っていたのではないか、スエーデン鋼や電解鉄といった既成鋼や日刀保玉鋼も使っていたのではないか、等々、様々な疑問が生じてくる。
軍装マニア氏は小林康宏氏に取材したのだろうか? 取材していれば当ブログの杉田善昭刀匠に関する記事のように様々な疑問や批判的な見方が出てくるものである。その上で初めて、正しい部分は正しい、良い所は良いと判断できるのだ。
ところが軍装マニア氏は小林康宏氏の主張を頭から100%正しい事として信じ込み、賞賛している。軍装マニアHPの記事は雑誌か何かのパクリかもしれないが、それにしても気持ち悪い賞賛ぶりである。ここまで来ると新興宗教と言わざるを得ない。
私は小林康宏氏の作品を見た事がないので詳細には判らないが、軍装マニア氏のHPに写真が載っている(無言の問いかけ・康宏刀作品http://ohmura-study.net/013.html)。
掲載されている写真を見る限り、あまり上手ではない。否、はっきり言って下手である。先ず全ての作品の姿が共通して悪い。お世辞にもプロの仕事とは言えない。短刀・脇差は間延びしているし、刀は不恰好である。「こんな物、日本刀じゃない」と言いたくなる。地鉄は大肌が出ていたり、逆に無地風になっていたりと、鍛錬の甘さが見て取れる。刃紋は下手としか言いようがない。
これらの写真を見れば小林康宏氏が鍛刀界で低く評価されていたのは刀鍛冶としての技量が低かったからと言える。材料云々以前の問題なのである。だから斬れ味を強調して商品価値を高めようとしたのだろうが、落ち目の女性タレントがアダルトビデオに出ているのを見るようで痛々しい。
もっとも小林康宏氏本人にはそんなつもりはなかったかもしれず、軍装マニア氏が一方的に持ち上げているだけかもしれないが、特定の作者と作刀方法を結び付けて、「これこそ日本刀」「玉鋼を使って折り返し鍛錬するのは間違っている」「心鉄を入れるのも間違っている」と断定するのは間違っている。日本刀の世界では古来様々な作刀方法が行われて来たし、今日でも行われているからである。
ただ明確に言える事が一つある。小林康宏氏の作品は下手だという事である。日本刀ではなく居合刀のレベルである。そんな物を持ち上げて日本刀を語る軍装マニア氏の言説は極めて如何わしい。