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昔書いた記事

軍装マニア氏のHPに関して

2015年01月06日 | 日本刀に関する虚偽を正す 軍刀HP批判

  軍装マニア氏のHPに関して

 ただ残念な事に日本刀の持つ道徳的意義や刀剣鑑賞そのものを拒絶する人々がいるのも事実だ。
 例えば軍装マニア氏である。HPhttp://ohmura-study.net/index.html
 自分が理解できない事には関わらなければ良いのに、彼は日本刀を語るふりをして日本刀を貶める。日本刀の事を何も知らないのに、現実の日本刀ではなく、現実には存在しない想像上の刀を、これが古刀だ、これが真の日本刀だと主張する。しかも現実に刀を作っている刀鍛冶に対して、お前達の作り方は間違っている、これが正しい日本刀の作り方だ、と説教までする。
 古代から現代まで、どれほど多くの刀鍛冶が刀作りに生涯を懸けた事か。その刀鍛冶に対して素人が刀作りを説教するとは・・・。
 それも当の刀鍛冶や研師や研究者の言説を逆手に取ってだ。
 刀鍛冶や研師や研究者は現実に刀と関わっている。物事に真剣に関われば、当然、疑問や矛盾、試行錯誤も出てくる。当事者にとってその苦悩は生涯を左右するほど深刻なものである。それゆえ通説や現状と異なる意見を口にする事もある。その脈絡を無視して、「天田昭次はこう言っている、永山光幹はこう言っている、真鍋純平はこう言っている、水心子正秀はこう言っている、etc、だから古刀の作り方はこうだ、材料はこうだ、新新刀の作り方は間違っている」と、日本刀に命を懸けた者達の言葉を利用して日本刀を否定するのだ。
 怒りを通り越して気持ち悪くなってくる。

 そもそも軍装マニア氏のHPの中身は全て他の研究者の著書や刀鍛冶や研師の言説の切り貼りである。彼は現実の日本刀と向き合っていないし、現実の刀鍛冶や研師と議論もしていない。本を読んであれこれ想像しただけで、現実の日本刀とそれに関わる人々を批判している。武器としての刀の性能についても、彼が実際に軍刀を使った人を取材した形跡はない。藁束切りや学者の実験では駄目だ。武器と言うなら武器としての本来の使われ方がされた時の刀の性能が論じられねばならない。軍装マニア氏が軍刀に興味を持った歳頃なら戦場経験者がまだ数多く生きていたはずだ。私は中国で20人近く斬り殺した人(軍刀以外での殺害を含めると39人)に武器としての刀の性能を尋ねている。その上で刀について発言しているのである。軍装マニア氏はそのように現実の刀と向き合っているのだろうか? 
 もしそういう経験があるなら日本刀や刀作りについて軽軽(けいけい)な発言はできないはずだ。
 他者の言説を引用するのは悪い事ではない。しかし軍装マニア氏のように発言者の意図やテキストの文脈を無視して、自説の正当化に利用してはならない。
 軍装マニア氏に利用された人々の言葉は、本来は日本刀に対する真剣な気持ちと愛情から発せられたものだった。それが日本刀を貶める言葉として利用されているのだ。言葉全体の意味が無視され、一部分だけが切り取られ、軍装マニア氏の主張の正当化に利用されているのである。
 こんなものは引用ではない。剽窃である。それもこれ程までに他者の言葉や実践者の苦悩を蔑ろにした剽窃は見た事がない。


 手前味噌になるが、古刀期に行われていたと思われる焼入れ方法がどういうもので、現代では誰と誰が実践しているか、初めて公にしたのは当ブログである(「残留応力ゼロの刀」参照)。
 勿論そんな事は20年も前から知っている人は知っていた。しかし刀鍛冶本人も語りたがらない焼き入れ方法をネットで暴露したのは私である。
 私は刀の作り方について素人が語るべきでない事は百も承知していたが、軍装マニア氏のHPの内容が多くの刀鍛冶の名誉を貶め、日本刀に対する不当な評価を広め、それに同調する渓流詩人氏のような人も現れたので、黙っていられなくなったのだ。
 日本刀は軍装マニア氏の空想ではない。現実なのだ。昔も今も刀鍛冶は、その現実の中で一振り一振り命を懸けて刀を作っている。私はそれを言いたかったのだ。

 もし軍装マニア氏が裸焼きや刃側に厚く土を置く焼き入れ方法について知っていたら、嬉々として自分の空想に利用しただろう。
 現実の日本刀についての知識も理解も経験もなく、ただ本を読んだだけで日本刀の作り方を説教できる御仁ならやりそうな事だ。
 軍装マニアさん、あなたの言っている事は机上の空論ですよ。そして真剣に刀と向き合っている者への侮辱ですよ。

 刀作りは焼き入れで全てが決まる。材料の選択も鍛錬方法も刀身の作り込みも、どういう焼き入れをするかで全く違ってくる。焼き入れする際の加熱方法も、炭の炎で炙る方法、炭の中に突っ込む方法、炉をトンネル状に覆う方法、等々、様々である。刀の作り方は焼き入れ方法に規定されるのである。
 古刀はこう作っている、新刀はこう作っているというものではない。どの時代でも様々な作り方が行われているし、同じ作者が違う作り方をする事も普通にある。例えば匂出来を狙うか錵出来を狙うかだけで、材料も鍛錬方法も焼き入れ温度も全く違ってくるのである。極端に言えば刀は一振り一振り全て作り方が違うのだ。
 鍛錬については後日論じるが、軍装マニア氏が言うような(注)鋼を折返して層状にする事が鍛錬の目的ではない。沸かしと鍛打。即ち熱力学的エネルギーによる鋼の分子組成の整序。それが鍛錬の目的である(「鋼の錬金術」「残留応力ゼロの刀」参照)。鋼を折り返すのは、その過程で鋼が延伸するから、短くして鍛錬即ち沸かしと鍛打を継続し易くするためである。
 熱力学的に見れば作刀の原理は古刀も新刀も現代刀も同じだ。違うのはただ作者の技量だけである。
 そのような刀作りの現実を知らないド素人が、古刀の作り方はこうだ、材料はこうだ、新新刀の作り方は間違っている、云々語るとは・・・。
 そんな人物が「軍刀は本物の日本刀」と言うなら、間違いなく軍刀は日本刀ではないのだろう。
 
 軍装マニア氏の考え方は、現実の女性と付き合った事のない男が空想で「現代の女は本物じゃない。本物の女とはこういうものだ。昔の女が本物だ」と言って自分を慰めているに等しい。
 まあその程度なら個人の自由と言える。
 しかし彼のHPには、変質者が自分の思い通りになる女性を求めて現実の女性数人を拉致し、彼女らの身体から自分が気に入った部位を切断して妄想のままに繋ぎ合わせる、そんなグロテスクな意思
 軍装マニア氏のHPに現象しているのは日本刀文化に対する陵辱以外の何物でもないのである。


注 「折り返し鍛錬の目的は鋼を層状にして強くする事である」と言っているのは軍装マニア氏だけである。刀作りの現場でそんな話は聞いた事がない。そのような話が本当に鍛刀界に流布しているなら、なぜ軍装マニア氏はその典拠を示さないのだろうか。あれほど刀鍛冶や研師や研究者の言説を利用して「折り返し鍛錬で鋼が強くなる事はない」と主張している軍装マニア氏が、当の「折り返し鍛錬の目的は鋼を層状にして強くする事である」とされる典拠を提示していないのはなぜか? 
 それは「折り返し鍛錬の目的は鋼を層状にして強くする事である」なんて、専門家は誰も言っていないからだ。
 鍛錬に関する軍装マニア氏の主張の大前提そのものが、日本刀を貶めるためのでっち上げという事である。
 





日本刀であるための条件 軍刀をどう見るか3

2015年01月04日 | 日本刀に関する虚偽を正す 軍刀HP批判

 古い刀を軍装拵に入れた物のように、軍刀でも実質的には日本刀である物もある。一方、満鉄刀(興亜一心刀)のように日本刀とは呼べない刃物もある。ここで、ある刃物が日本刀であるための条件を挙げてみよう。難しい理念や制作方法は抜きにして、何をもって日本刀と呼ばれるかの基準は外見である。

 日本刀とは、片刃の刃物で、反りがあり、刀身にマルテンサイトによる働きを有する刃物である。一般的には鎬造りであり、無反りや平造りの形態も日本刀の条件を満たす刃物の副え物である限りにおいて日本刀に含まれる。平造りの脇差や短刀がそうだ。
 古代の剣や直刀は、いくら見事に作られ刀身にマルテンサイトの働きを有していても、日本刀には分類されない。槍や薙刀も日本刀ではない。現代刀匠が剣や直刀や槍を作っても日本刀とは呼ばない。
 一方、昭和刀や満鉄刀は、いくら反りがあり鎬があり切先があり日本刀の外見を模していても、刀身にマルテンサイトの働きがないので日本刀には分類されない。

 よく業者が「有名な鑑定家が満鉄刀を近江大掾忠広と見誤った」と言うが、初心者時代の私でさえ満鉄刀と近江大掾を間違える事はなかった。読者諸兄も満鉄刀に関するかかる逸話を聞いたらすかさず「有名な鑑定家って誰ですか?」と問い質してみると良い。絶対に答えてくれないだろう。典型的な都市伝説なのである。私はこの都市伝説の出所が知りたくなり、無数の文献を漁ってみた。すると、骨董品や刀剣の買い方のハウツー物に「満鉄刀に肥前刀の銘を入れた粗悪な偽物があるので注意しましょう」とか、日刀保の機関紙に「初心の頃、満鉄刀を近江大掾忠広と間違えた事がありました。恥ずかしい思い出です」といった会員の投稿や座談会記事が散見された。いずれも満鉄刀が近江大掾忠広と見紛う外観をしているという話ではなかった。
 業者が商売に都合良く話を盛り、それが一人歩きしているのである。

 もっとも世の中、軍装マニア氏のように戦前の南満州鉄道株式会社の宣伝を真に受けて満鉄刀を礼賛している人もいる。業者だけを責めても詮無いかもしれない。客が賢くならねばならない。
 満鉄刀も鋼だから焼入れによってマルテンサイトの組織が生じ、その模様を見て取る事はできる。しかしその模様はステンレス製のカスタムナイフに見られるものと同じで、単なるマルテンサイトの組織でしかない。日本刀の景色とは違うのである。従って満鉄刀は日本刀ではない。ニンジャ刀とかコールドスチールといった海外の大型ナイフと同じ類である。
 とは言え近年の刀剣不況にも関わらず、満鉄刀は値上がりしているようである。軍装マニア氏のお陰か。彼も儲けたのだろうか。
 今の刀価なら満鉄刀は保存状態の良い物で7~8万円が妥当だと思われる。満鉄刀は外国製の日本刀を模した刃物よりは高品質なので、その値段なら文句はない。保存状態によっては2~3万円。その場合は研ぎの練習用に良いだろう。満鉄刀なら素人が研いでも私は反対しない。

 次回は日本刀の条件たる外見について、当ブログらしくもっとハードに論じたい。