米調査研究機関「ハドソン研究所」 ケネス・ワインスタイン前所長の寄稿から抜粋
力強い変革につながる戦略的な構想を持つという意味で、ロナルド・レーガンに匹敵する私が直接知る人物は安倍晋三氏だけだ。
この2人の偉大な指導者が持っていたのは、構想だけでなく、それを実現する政治的な能力だ。このような政治手腕を持つ人はまれであり、米国人のレーガンへの評価が在任中の支持者を超えて死後に高まったように、日本人の安倍氏への評価も高まるだろう。
何よりも、彼の戦略的な洞察力が優れていたことを示すのは、早い時期から中国の台頭がもたらす挑戦を認識していたことだ。当時は米国政府内でも多くの人が、中国が国際的に「責任ある利害関係者」になると期待した。
が、安倍氏は甘い期待を抱かず、結果的に正しかったと証明された。彼は中国の挑戦に対応する一番の方法は、競争の土台を再定義することと見ていた。
2007年に首相として行ったインド国会での演説は先見の明があった。
日本の伝統的な政策だった太平洋重視をより広くインド太平洋に広げた。民主主義国で海洋勢力である日本とインドが米国やオーストラリアと協力し、自由と繁栄を推進するというものだ。
第1次安倍政権は07年に突然終わったが、戦略的な先見の明は、12年に首相に返り咲いて以降に明らかとなった。中国が強制的で収奪的な「一帯一路」で影響力を拡大するにつれ、安倍氏はインド洋と太平洋を合流させて自由を推進する構想を再び訴えた。16年8月の歴史的な演説で、「自由で開かれたインド太平洋」の構想を打ち出した。
アジアとアフリカを結ぶシーレーンを強調し、安倍氏は二つの自由で開かれた大洋と大陸を通じ、安定と繁栄だけでなく、偉大な躍動が生まれると訴えた。中国と暗に比較し、インド太平洋地域を力や威圧とは無縁で、自由と法の支配、市場経済が重視される地域にする手助けを日本ができると訴えた。
この構想で、安倍氏は地政学上の中心、自由な国際秩序を推進する努力の中心に日本を位置づけた。米国のトランプ、バイデン両政権でこの構想は大きな戦略の核になった。自由で開かれたインド太平洋を推進するという安倍氏の遺産を前進させなければならない。彼の追憶だけでなく、人類の利益のために。
優れた戦略家であり、伝達者であった人物の喪失が惜しまれる。彼の優しい心とともに。