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Shattered

2024-10-23 22:11:29 | 

氷山の心臓に居るような凍てつきと遮断を感じていた、外気温は決してそんなに低くはなかったが…おそらくは俺の問題なのだろう、完全にシャッタードされていた、それはある意味で俺が望んだことだったのかもしれないが、俺の望んだ形とはまるで違っていた、すべてが望み通りにはいかない、そんなことはわかってはいたけれどそれでも怒りを感じずにはいられなかった、だが俺の感情にはいつも同じ落度があった、喜怒哀楽、あるいはそれらの複合的な様々な感情には、どこか一歩引いたようなところがあり、それが本当に自分の感情なのかわからないという落度だった、落度という表現が正しいのかどうかはわからない、ただこう表現するよりしかたがないというものであることは理解して欲しい、ともかく俺は氷河期を迎えていた、凍てついて、遮断されて、面白くなかった、孤独でもあったが、俺はそれを悪いものだと感じたことはなかった、書きたいときに書きたいものを書くことが出来るし、集中も容易い、持って生まれた業のようなものだ、孤独であるということはむしろ喜びでもある、一切の余計なものが入る余地がない、それは遮断ではない、それは遮断の内には入らない、それはステイタスというものだ、見慣れた部屋に居ながら、クソ高い氷の壁と天井を見上げていた、太陽の光なのか、氷の胎内で反射して巨大なスパンコールみたいな光を散りばめていた、氷の中で本当に光がそんな風に見えるのかどうかはよくわからなかった、いったい、そんな経験のあるやつなんて居るのかね?経験したとしたら、その時点で死んでいるような気がしてならないんだけど―まあ、こいつは流そう、結論が出ないとわかっていることをいつまでも考えていてもしかたない、それにこれは、例えるなら氷、氷山というようなものだ、概念的な氷山だ、本質的な氷山と違っていてもなんの問題もないだろう、つまるところ、これは―俺の為に設えられた、オーダーメイドの氷山ということになるだろう、誰のオーダーだというのだ?…俺でしかありえなかった、だけど不思議なことに俺にはそんなものを発注した覚えはないんだな、これが…そもそもどこに発注すればいいのかすら知らないしね、こんな風に考えると知らないことばかりだな、本当に、俺には知らないことが多過ぎるんだ、まあ、知っていると思っている連中よりは幸せなのかもしれないな、時刻は確か二十二時頃だった、つまり、この派手な光も太陽の光ではないということになる、俺は時計を見ていたんだ、たまたまね、だから、そのことにも気づくことが出来た、まぁ、時間がわかったところでなにかの役に立つわけでもないんだけどね…スマートフォンはポケットに入っていなかった、入れてあったところで、それが通用する場所のなのかどうかわからなかった、まともなことじゃない、氷山の心臓ってなんだ?そこには確かに鼓動があったのだ、キツツキが定期的に遠慮がちに突いているような鼓動が―さて、目下のところ、俺に出来ることは二つだった、じっとして、なにかが起こるのを待つ、とにかく頭の中で、なんでもいいから闇雲に思考することだった、体力勝負に出る気は最初からなかった、概念上の世界ではそんなものなんの役にも立たない、全盛期のスタン・ハンセンだって、氷山を内側から突き破るなんてことは出来ないはずさ、俺は両方いっぺんに実行することにした、なんでもいいのだ、思いつくままに考えることにした、最初は、どうして自分がこんなところに閉じ込められたのかという点について―といって答えは考えるまでもなかった、まるで心当たりなど無いのだ、良いことも悪いこともそれほどする人間ではないし、氷に恨みを買うような真似をしたこともない、だいたい、どんなことをすれば氷に恨まれるのか想像もつかない、飲物を冷やして飲むことが罪なら、ファミレス帰りの人間たちは全員ここに閉じ込められるだろう、まるで心当たりがない、という簡潔な結論を俺は手に入れた、当然ながらなんの役にも立たない、しかたがないので、自分がこれまでにした良いことと悪いことの数を数えることにした、もちろん、記憶にある限りでだけど―これは、思っていたより非常にハードな作業だった、半分ほどの自分の人生を後悔しなければならなかった、しばらくの間なにも考えられずぼんやりと座っていた、後悔したほとんどの出来事が、当時は悪いとすら思っていないことばかりだった、だけど、もうどうしようもない、考えを切り替えて自分がこれまでに書いてきたさまざまな文章のことを考えた、書いたときの勢いだけで自己評価を高くしているものがたくさんあった、こうして久しぶりに振り返ってみると結構恥ずかしいものもいくつかあった、なにかしらの文体にかぶれていた時代というのも当然あったから、だけどここ数年のものはまずまずだった、贔屓目抜きに良く出来ていると思えるものがたくさんあった、ああ、と俺は思った、悪くない、満更じゃない気分だった、ふう、と息を吐くと少しリラックスした、その瞬間、俺の目の前に床屋で髭を剃るようなカミソリと、手のひらくらいの俺にそっくりな人形が現れた、それをどうすればいいのかは直感的に理解出来た、俺は迷わずカミソリと人形を手に取り、首を狩った、どういう素材なのかわからなかったが、首は簡単に撥ね飛ばされ、どこかへと転がって見えなくなった、その瞬間、俺は自分の部屋に戻っていた、時刻は二十二時を数分過ぎたくらいだった、引っかかれたあとのように首が痒かった、奇妙なほど疲れていたので眠ることにした、今日はなにも詩を書いていないのにとても長い詩を書き終えたあとのような気がしていた。


喪失というものにかたちがあるとしたら

2024-10-21 22:36:43 | 

それでも血は流れ続けた、ひっそりと咲いたアカシアの上にも、俺は俺を見放しそうな意識をどうにかして繋ぎ止めようと不透明な頭の中で画策していた、頭上にはすんでのところで雨を押さえているかのような黒雲がカーペットの様に敷き詰められ、数十羽のカラスが俺が熟すのを待っていた、ふざけんな、と俺は口の中の血を吐く、それまでの記憶はまるでなかった、いや、おそらくは上手く辿れなくなっているだけなのだ、でももうたぶん、そんなことはどうでもいいことだった、俺のことだからきっと、なにかをしくじったんだろう、思えばそんなことばかりだった、少しは上手くなってきたと思っていたのにこのざまだ、笑い話にもならない、いや、俺以外の、俺を知っている誰かにとってはこの上なく面白い話かもしれないが、俺は若いうちにすべての縁を切って、ゴーストタウンででも暮らすべきだった、乗せられるのも落とされるのももうごめんだ、初めからどこにも居なければよかった、でも今頃そんなこと言ったってどうにもならない、自分がいまどんな体制で居るのかすらわからない、立っているのだろうか、さっきまでは立っていたはずだ、目を開けてみる、待てよ、いつの間に閉じていたんだ、視界が低い、身体が重い、おそらくは尺取虫みたいにへたり込んでいる、カフカの小説よりタチが悪い、ザムザより死期も早そうだし、ははっ、笑うと喉の奥から半固形の血液の塊が堕胎された胎児のように零れ出た、それは海辺の洞窟のような臭いがした、カサカサ、カサカサとフナムシたちが俺の周りをうろつくのが聞こえた、いや、これは幻聴だ、ここは陸地だ、海なんかずっと遠くにあったはずだよ、カラスの羽音と鳴声が随分近くなっている、待ちきれなくなっている連中がもう少し近くで確かめようとしているんだろう、身体が冷えてきているのがわかった、もうそれは生を渇望するような状態ではなかった、これが死というやつか、と俺は感じ、もはやそれを受け入れるしかないことはわかっていた、俺の身体でこのカラスどもの腹が膨れるのなら、満更無駄な人生でもなかったのだろう、俺は目を閉じた、背後で爆竹が鳴るような音が聞こえ、俺は死への階段を半ばウキウキしながら登り始めた、いや、そのはずだった、目を覚ますと見知らぬベッドの上に居た、死んでいなかった、と思った、どこのかはわからないけれど、そこが病院であることはひと目でわかった、それも、多分に前時代的な、70年代といっても差し支えないようなセットであることは間違いなかった、ドラマのようだ、と俺は考えた、このあとどうなる?ドラマならいかにもな医者が看護師を従えて現れる、俺は少し待ってみた、いま起きたかのように唸り声を出したりもした、でも誰もやってこなかった、身体を動かそうとしたが動かなかった、縛られているのだろうか?目玉だけを動かして身体を眺めてみたが、そういうわけではなさそうだった、集中して、右腕や、左腕、右脚や左脚、首や腰、なんかが動くかどうか試してみたが、まるでびくともしなかった、なんてこった、と俺は思った、死んだと思ったのに生きていた、生きていたのに動けなかった、壁に時計がかかっていた、オフィスの壁なんかに飾ってある、味気ないデザインのアナログ時計だ、身体の動かない俺が時間が知りたくなったときのために、わざわざ用意してくれたのかもしれない、その時計はびっくりするくらい景色にハマっていなかった、でも、とりあえず、おかげで俺は時間を知ることが出来た、二時、午前だろうか、午後だろうか?窓は頭の右側にあるらしく、いまの俺には確認することが出来なかった、あまりに静かなので午前なのではないかと思った、個人で営業している病院なのかもしれない、と思った、それなら深夜は誰も居ないことだってあるだろう、入院というものをしたことがないのでよくわからないけれど、それならそれで、夜が明けるのを待ってみればいい、誰が俺をここに連れて来てくれたのか、ここはどこなのか、俺自身にいったい何が起こったのか、この身体はもう一度動くことになるのか、訊きたいことは山ほどあった、早くすべてを知って落ち着きたかった、が、朝になろうと夜になろうと、そこに誰一人現れることはなかった、いったいどうなっているんだ、始めは誰も居ないのかと思った、しかし、眠っている間に包帯や点滴は取り替えられ、眠る姿勢も変えられていた、誰かが居るのだ、けれど、姿を見せることはない、こんな病院などありえないだろう、しかも身体は動かない、よくわからないが、尿や便は管を通して下に落ちているようだった、身体の感覚がないせいでいつそれが行われているのかまったくわからなかった、四日目に俺はあれこれ考えるのをやめた、誰かが俺を助けてくれて、面倒を見てくれている、それでいいじゃないかと思った、しばらくの間俺はそうしてされるがままになっていた、どれだけの時間が過ぎたのか、ある朝俺は目が覚めて無意識に起き上がって頭を掻いていた、それから、驚いて辺りを見渡した、身体についていたあれこれはすべて外されていた、まるで今日そうなることがわかっていたかのように、俺はベッドを降りた、足元にスリッパが用意されていた、部屋の隅にはロッカーがあり、無難な感じのシャツとチノパンがあった、前に着ていたものは駄目になったのだろう、着てみるとサイズもぴったりだった、それから建物中を探したが誰一人見つけることは出来なかった、医師も看護師も患者も居なかった、確かに病院としての設備は整っていたが、あらゆる機器は長いこと使われたことがないのを語るように埃にまみれていた、率直に言ってそれは打ち捨てられた病院の廃墟だった、俺は茫然と狭いロビーに立って受付を見た、受付は床が脆くなっているのか、棚が倒壊していて人が入れる状態ではなかった、なんとなく、早く出て行きなさいと言われた気がした、俺は外に出て建物を見上げた、どうしていいかわからなかったので一礼した、二階の窓で誰かが手を振ったような気がした、病院を後にして小さな街の中を歩いた、そこにもやっぱり人の気配がなかった、まるで見覚えのない景色だった、なんなんだ、と俺は呟いた、すべてが夢の中のことのように思えた、俺はいま本当に生きているのだろうか、ここは現実の世界なのだろうか?それを知るにはここを出て駅にでも向かうしかなかった。


大雑把なルーレットの上の夜

2024-10-19 21:33:07 | 

鼓動には0・5秒程度の誤差があるように思えた、真夜中のキッチンでシンクの側に腰を掛けて水を飲んでいた、現実感はあまりなかった、と、普通は書くのかもしれないが、それがその日の中では一番の現実として成り立っていた、俺にとって現実とは目に見える世界のことでは無いのだ、あくまでも肉体への反動があるかないか、それだけが俺にとっての現実なのだ、俺は喉を通って腹の底まで落ちていく水の感触を確かめていた、身体が渇いているとそういったことを感じ取るのは容易い、最後に水を飲んだのかいつだったか思い出せなかった、もしかしたらまだ日があるうちだったかもしれない、今日夕飯を取っただろうか?取っているならその時に水分も補給しているはずだ、夕飯は―取った、それにしたって数時間は前だ―眠っていたのか?キッチンに腰を下ろす前はなにをしていた?寝床に居た記憶はなかった、でも、寝床に居なかった記憶もなかった、おそらくは眠っていたのだろう、そう結論付けるしかなかった、そしてその結論は、そこにあってもなくてもどちらでもよかった、身体の中を落ちていく水ほどに現実感を持ってはいなかった、眠っていて起きたからなのかもしれない、まだ身体が目覚めていないのだ、だから上手く思い出せないのだろう、俺はそういう、普通に行われることに関して凄く時間がかかることがある、理解出来ないのだ、その―動作やなんかに対する当然という感覚が―昔はそんなことで苦労することもあった、でも、そんなことは最早どうだっていいのだ、どこの基準がどうだろうが、俺は俺の基準だけで生きているわけだから、そして俺の摂取した水分はあっという間に身体中を駆け巡った、まるで身体の中で霧散したかのようだった、おー、と俺は声を出した、それはトンネルの中のように体内で反響した、ぎぃん、と、内耳で今日な残響があった、エコーだ、と俺は声に出した、別に声を出す必要はなかった、けれど、その日俺が必要としていたのはそんな風に身体の内側で起こる振動を感じることだったのだろう、エコーだ、と俺はもう一度口にした、耳鳴りのようにいくつかの残響がいっぺんに鳴り続けた、それから、コップを片付けて寝床に戻ろうとした、寝室で俺はベッドを見つめて茫然とした、そこに誰かが眠っていた形跡はなかった、俺が朝そこを離れた時と同じ状態で沈黙していた、眠っていたのではなかった、俺はひとつの仮定的な現実を喪失した、ずっとキッチンに居たのかもしれない、深く考えるべきではなかった、俺は今眠ろうとしているのだから…縫い針に差し込まれる糸のようにブランケットの中に滑り込むと、仰向けになって静かに目を閉じた、現実には何もない、それが本当なのだ、現実というのは、いつだってそれを感じられる瞬間にしか存在していないわけだから―日常とか習慣とかを現実のように語る人間は多いけれど、それはただの日常や習慣に過ぎない、目に見えて、感じているから現実と言えると思うのは間違いだ、現実というのはそれが確かにそうだと実感する瞬間のことを言うのだ、つまりそれが、風景であれ動作であれ、自分自身になにかしらの意図を持って語りかけて来る瞬間、現実というのはそういう現象の総称なのだ、愚にもつかない社会的リアリズムの言うことなんか聞いていてもなんの得もない、時間を無駄にするだけのことだ、この現代社会においては、クレバーと言われるもののだいたいは愚考であり愚行だ、どこにも行かない、なにを成すこともない、歯車として優秀なろくでなしどもの言訳の象徴だ、彼らは、自分たちが正しくあるために安直な結論にしか手を触れない、最初に浮かんだ言葉を結論として、さっさと片付けてしまう、そして次の、同じような、取るに足らない出来事を同じように片付けて、満足げに飯を食うのだ、もう一度言う、そんなものは現実じゃない、ただの慣れであり惰性であり―思考を必要としない下らない遊びだ、見上げる天井は時折ぼんやりと歪んだ、きっと明かりがないせいだ、俺はその奇妙な曲線をずっと眺め続けた、そうするうちに眠ってしまえればいいなと思っていたんだ、でも睡魔はやってこなかった、サンドマンは俺の順番を飛ばしたらしい、砂に不義理をした覚えはないんだけどな、けれども俺は、眠れないからといって悩んだりはしない、眠れないのならば眠くなるまで起きていればいいのだ、そういえば、寝つきが悪くなったのは眠る前に本を読む習慣がなくなってからのような気がする、どうしてその習慣がなくなったのか?目を悪くしたからだ、いまでは眼鏡の上からルーペグラスをかけないと本を読むことが出来ない、ベッドには眼鏡やなんかを置くようなスペースがない、スマートにいかないことが多くなって、寝る前の読書という習慣はなくなってしまった、まあ、でも今思えばその習慣には弊害もあった、読む本を間違えると果てしなくページを捲ってしまって読み終える頃には寝る時間が二、三時間しか残されていない、なんてことがよくあった、コーネル・ウールリッチを初めて読んだときはまったく寝る時間を確保出来ないまま仕事に行かなければならなかった、あんなの若かったからこそだよな、今でも集中力は落ちていないけれど、耐久力は随分落ちている、最後に徹夜した時には数日間心房細動が出ていたよ、さて、そんな話はいいとして…眠気を待つまでなにをして過ごそうかな、身体を落ち着かせるためにキッチンで水でも飲むとしようか…。


命のすべての闘いにおいて俺が語ることは

2024-10-16 22:12:54 | 

じくじくと膿んだ傷の中に次の一行があった、指を指しこみ痛みに悲鳴を上げながらつまんで拾い上げると血で汚れてよく読めなかった、苛立って声を上げながらシャツの裾で拭くとどうにか読めるくらいにはなったのでワードに書き写した、それには続きがあるような気もしたし、そこで終わるのではないかという感じもあった、でもどちらがしっくりくるにせよ、詩そのものがどちらを求めているかということには案外関係がないものだ、次の一行を見つけなければならなかった、まだ同じところにあるだろうか?指をさっきよりも深く入れた、生暖かい感触が指先を包む、しかし立ち上って来る臭いは奇妙な冷たさを感じさせた、きっとそれは人間の体内の温度なのだろう、肉の中は冷たいのだ、それは次のフレーズに適している気がした、肉の中は冷たい、だから人々は熱を求めるのか?陳腐かもしれなかった、でも陳腐なものが正解である場合だって無くはないのだ、一番歪んで見えるものが実は一番真直ぐだったりね、だからその場にあるすべてのものに飛びついて吟味していかなければならない、考えることなく得られる結論はどんな局面においても一番間違っている、タップするだけで手に入る真理なんてあるわけない、人間は手軽さを求め過ぎて本質を忘れてしまう、持たなくてもいい掃除機が正しいと思ってしまう、選ばなくてもいい音楽を好きだと思ってしまう、誰かが朗読してくれている物語を聞くことを読書だと言い張る、祖俺に言わせればそんなものはすべて奇形化した赤ん坊の玩具だ、選択を怠ると人間は堕落していく、社会ごっこ、人間ごっこの中で歳だけ食ってしまう、まったくおぞましい話さ、地獄の餓鬼の絵を最初に描いた誰かは、きっとそんな本質を見ていたに違いないぜ、ようやく拾い上げた次の一行が画面に足される、まずまずだと思う、でもずっと足りない、もっとなにかを見つけなければならない、もう同じところにはないだろう、シャツも赤く汚れてしまった、俺は舌を噛む、唇の端から血が漏れる、そこなら拭いたり洗ったりする必要が無いと思った、最初に血の中に混じっていたものを涎で洗って発券機の要領で口から出した、そこにはなかなかにこちらを滾らせるようなフレーズが記されていた、ほくそ笑みながらそれを打ち込む、身体のあちこちで鈍い痛みを感じるけれど、途中でやめるわけにはいかなかった、それを打ち込んでしまうとあとは簡単だった、そのフレーズは今日の、記憶と感情のすべての蓋を開けた、そこからはずるずると、内臓を引き摺り出すかのように言葉が生まれ続けた、俺は言葉に憑依され、内奥に沈殿しているものをすべて引き摺り出すべく血眼でキーボードを叩き続けた、血はもの凄いスピードで血管を駆け巡り、神経系統はリズミカルな信号を絶えず送り続けた、すべてが連続する閃きの為に全力で稼働していた、そういうのは若い時だけだよ、と知ったような顔をする連中が居る、でもどうだ、俺はまだそれをやり続けている、まあもちろん、少しの間色々なテーマを追いかけて忘れていたこともあったけれど、結局のところそこに帰って来て、同じことをやり続けている、一生賭けて書き続けるたったひとつの詩なのだ、これはそういう類の蠢きなのさ、これは俺の血の速度であり、思考の速度だ、俺は自分の中に駆け巡る命の速度と振動をこうして書き写しているのだ、だから、俺は何も疑ってはいない、俺は生きている限りこれを続けるだろう、これをしない限り俺の肉体の流れは滞り、澱んで、腐敗を始めるだろう、俺にはそれが耐えられない、いつだってなにか、脳味噌に刺激を入れ続けて、すっきりした気分で居たいのさ、これは俺にとって最高の調律であり、癒しであり、娯楽であり、戒律なんだ、この流れの中にしか俺は存在しない、ここに並べられているのが一番正直な俺の姿だ、どこの誰でもない俺自身だ、それが奇妙だというのなら、モンスターだのなんだのと好きに呼んでくれて構わないよ、俺にしてみりゃどうだっていいことだ、やるべきことをやって生き続けてさえいればそれでいい、どうだい、スピードは感じられるかい、血の温度は、脈動は、俺は正しくそれを伝えられているかい、もしも確かに君がそれをこの文章の中に感じられているのなら、君はどこかに俺のような生きものを飼っているのさ、同化を認めない、馴れ合いを認めない、自分の為だけに生きる感覚を持つ、誇り高き不適合者だ、不適合って、馬鹿みたいな言葉だよな、自分以外のイデーに平気で染まることが出来る連中が言いそうなことだ、だってそうだろう、自分が基準だ、それが成り立たない世界は不自然なんだ、わかるか?安易な水準点など必要無いんだ、勘違いして欲しくないのは、俺が言っているのは利己主義的なことではないということだ、人間が本来の思考と品位を持って暮らすことが出来れば、それだけでいまよりもずっと美しい社会が成り立つと俺は考えているのさ、幼稚な連中の社会ごっこでお茶を濁す必要なんかもうなくなる、だから俺は書き続けている、でもね、俺が始めた話だけど、こんな考えはもうとっくに手遅れなんだ、つまり、社会云々についての話だけどね、人間はもう獣より少し賢いだけの生きものに成り下がってしまった、形骸化した美徳を抱いて滅びるのみさ、だからね、俺は書き続けて、その世界でも誰にも似ていない人間であろうと思っているのさ。

モノローグ・ギャングの照準

2024-10-13 21:49:47 | 

知らないでいたって別に困るようなことはなにもないけど、余計なことをたくさん知っている方が人生は楽しいんじゃないかと思うんだよね、どんなに金を貯めても魂が肥えるわけじゃないからね、俺が欲しいのはいつだって魂の肥やしなんだ、あの世に持っていけるのは魂だけだからね、やがて来るだろう輪廻転生のことを思えばさ、そっちを育てることに躍起になった方がずっといいじゃないか、人間は死んだらそれで終わり、なんていう話がある、生まれ変わりなんかないってね、でもさ、前世の記憶を持って生まれてくる子供なんかごまんと居るじゃないか、以前はどこそこに住んでいてこんな名前だった、なんてさ、調べてみたら本当にそういう人が居た、親族に会わせてみると実際に一緒に過ごした過去がないと到底知り得ないことをたくさん話した、なんて話は珍しくないんだよ、それでも死んだら終わりって言ってるやつらは、なにを根拠に話しているんだろうかね?まったくああいう手合いは、自分の中ですべてを完結出来ると考えている節があるからな、現実を見ないででっち上げるだけのエセ賢者さ、相手にするだけ時間の無駄ってもんだよ、そう、輪廻転生がないんなら文学だって無意味だ、音楽だって、絵だってね、それはずっと受け継がれて繰り返されながら少しずつ形を変えていくものなのだから、そういうのは感覚で理解出来ないと意味が無いのさ、頭でっかちになって、自分の枠から出て来れないやつなんかお呼びじゃないんだよ、まったく、訊いてもいないのに勝手にドアを開けて上がり込んできて喋り倒しやがる、俺に出来ることは押し出してドアを閉めることぐらいさ、単純な話じゃないんだ、もの凄く複雑なプロセスを同時にいくつも進行させてこんな文章は出来上がるんだ、俺はね、混沌は混沌のまま差し出すのがシンプルだと思ってる、それは俺が唯一確信している事柄だと思う、そりゃそうさ、混沌は混沌でしか在り得ない、逆に言えば、混沌の中にはすべてがあるんだよ、だから俺は混沌に惹かれるのさ、詩はもっとも自由に出来る自己表現の頂点だと思う、書いている人間の数だけ真実とルールがある、そして誰もそれに異議を唱えたりしない、非常にパーソナルで可能性の多いツールだ、マルコム・マクラーレンがもしも一世紀早く生まれていたらキチガイ詩人をプロデュースしたと思うよ、いや、あいつが自分で書いたかもしれないな、誰がバンビを殺したのか?ってさ、お前自身だよ、お前でしか在り得ないよ、マルコム、飛行場のシーンカッコよかったぜ、でもいつだってお前はそんなことばかりなのさ、だからジョニーはお前を見捨てたんじゃないか、まあ、そんなことはどうだっていいや、つまり俺が言いたいのは、解釈はイメージだけにしとけってこと、事実は限定するべきじゃない、「以上の理由でこうだと思います」なんて、そんな文章誰が読みたいと思うんだ?少なくとも俺は読みたくは無いね、ああそうですか、っていう感想しか出て来ないからさ、それは表現として不自由なんだ、大事なのは自分で考えることだ、なにに手を付けてなににつけないのかを判断しながら書くことだ、それによって読むやつが自分で考えるかどうかが決まる、まあ、なにを読んでもたいして考えない人間ってたくさん居るけどね、ああいうのは本当に面倒臭いよ、よく喋るわりにまったく話が先に進みやしないんだ、一番浅い解釈しか出来ないからさ、おまけにいろいろ邪念や雑念も絡んでいるしね、いや、むしろそれだけで読んでるのかもしれないな、まったく本当に、もう少し落ち着けよってくらい唾を飛ばして喋るからね、例えば人生について考えてみるといいよ、人生なんて気にしなければぼんやりとした日常を繰り返すだけのものだろ、だけどその日常の中にある様々な風景にフォーカスを当てて分解したりイマジネーションを組み込んだりすれば、それはかけがえのない景色になったりするんだ、大事なのは見ることじゃない、見たものをきちんと脳内で処理出来るかどうかなんだ、分解して、想像して、そこにどれだけのものが隠れているのか解きほぐしてみるんだ、そうすることで自分の中でなにかが生まれてくるのを感じるんだ、それは生への欲求かもしれない、あるいは厭世観かもしれない、あるいは高純度の悟りかもしれない、どれかが欠けていてもいいし、どれかがふたつあってもいい、さっき言ったろ、それは混沌ということなんだ、なにもかもごた混ぜになっているのが当り前なのさ、どうして言葉にして理解しないといけない?頭で理解することなんかそんなに重要じゃないよ、まずは身体が感触としてそれを覚えて、それを少しずつ脳に伝えるんだ、長い時間をかけてそれはある程度精度の高い答えへと変わる、それは結論を求めないからこそ出来ることなんだ、解答を求めてしまえば結果を焦ってしまう、でもそれにはどれだけ時間がかかるか誰にもわからないんだよ、早くわかることもあるし、遅くわかることもある、様々なコンデションが関係してくる、人間の理解のプロセスはひとつとして同じものはないのかもしれない、俺たちは思っているより刹那的な生きものなんだよ、ただ妙に考え込みたいだけの生きものなんだ、だけどさ、それを拒否したら動物と同じなんだよ、それならこんな込み入った骨格と脳の構成を持って生まれてくる必要なんかないんだ、ねえ君、一度じっくりと考えてごらん、君の中にある完結した世界が、現実より広いなんてことは絶対に在り得ないんだぜ。