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誰かの為に鳴らされる音はすべて歪んでいる

2024-09-20 23:10:34 | 

チャコールグレーの夜、ローヒールの足音が窓の下を通り過ぎる時、インスタントコーヒーが少し喉を焼いて、イマジネーションのすべてに一瞬血が混じった、それはある意味理想ではある、ただ望む血じゃないという話で、誰かがあまり楽しくない電話をしているのが聞こえる、夜、誰も居ないからといって安心してはいけない、静まり返った街角は思っているよりもずっと遠くまで声を反響させる、時々、夜の記憶が奇妙に色づいているのはきっとそのせいさ、救急車が走り過ぎる、大きな病院が近くにあるんだ、きっと自分で思っているよりも死の匂いを浴びて暮らしているのだろうなと思う瞬間がある、でもそんな感触は意外と悪くないものだ、どんなことだって知らないよりは知っているほうがずっといいはずさ、本当に面白くない数日を過ごして、久しぶりに予定の無い週末がやって来る、明日は少し自分の為にたくさん出来ることをするつもりさ、やるべきことをきちんとやらなけりゃ精神の部品が錆びていくんだ、そこは特に乾きやすく出来ているからね、理由をつけてあまり先延ばしにしているとすぐに動かなくなっちまうんだ、何かが出来ると思う日には気持ちが逸って眠れなかったりするよ、とはいえ明日はあまり天気が良くないらしいから、いろいろなことを考えておいた方がいいね、ここが難しいところでさ、ただの思い付きでちゃんと無理なく進むこともあれば、多少用意しておいた方が上手く行く場合もあるんだ、こっちじゃないと思えばすぐにモードチェンジをする判断が出来るかどうかになるね、まあ、でも、身体が行きたいと思っている方向に進んでいるなら、あまり難しく考えることはないよ、真面目さは補助輪くらいにくっついていればそれでいい、考え過ぎるとイマジネーションは不自然な代物になってしまう、三十年ぐらい前に流行ったデザイナーズマンションみたいにさ、とにかく形が変わっていて、コツをつかむまでは住むのに苦労するような、そんなものになっちまう、誰にだって心当たりがあるはずさ、そしてそういう時って、妙に自信に溢れてたりするんだよね、本当に気をつけなくちゃいけない、モチベーションなんて意外と生み出すものには直結していないんだ、そりゃあ、気持ちよく進められれば凄いものが出来たみたいに思っちゃうのは仕方のないことだけどさ、どこかで自分のことも疑っていなけりゃ、致命的な間違いを犯すことだってあるかもしれない、いつだって自分を疑いながら生きる、いつだってそうさ、結構大事なことだぜ、自分を完全に信じてしまったら、人間はそこから成長出来なくなる、自分自身の居心地が悪いから修正しようとする、それが人生の真理さ、その匙加減はそこそこ長く試行錯誤を繰り返して初めて身につけることが出来るんだ、人生は嗜好品や調度品と同じように選ばれるべきさ、デザインが気に入ったか、身体に馴染むのか、色合いはどうか、なんてね、ただ、人生の選択は、椅子を選ぶほど簡単じゃないってだけのことなんだ、少し離れた大橋の上で誰かが歌っているらしい、二十年前のヒットソングだ、誰に向けて歌っているんだ、誰に聴いて欲しいんだ?こんな真夜中の大橋の上、観客は三十分に一度通り過ぎればいいくらいさ、ストリートミュージシャンは好きじゃない、彼らのほとんどは夜に飲み込まれて、帰れない者みたいになってしまう、彼らと詩人との間にどれくらいの違いがあるのかは知らないけどね、なんだっていいさ、どっちだってなんだって、どんな結論だって個人差を排除した上でのものさ、A君にとっちゃ当たりでも、B君にとっちゃ外れかもしれない、一般的なイメージの話は個人を越えることなど無い、常識とか当り前なんて気にする必要は無いのさ、そりゃいったい誰にとっての話なんだい?って、思うのが普通じゃない、何かにすがらなくちゃ生きていけないやつらが、そこらへんにあるわかりやすいモノサシを選んでいるだけさ、例えばこんな夜になにかを記そうとするとき、それが常識や当り前となにか関係があると思うかい?人がひとりで生きようとするときにそんなものは必要無いんだ、あるのはただ自分がどこに向かって進むのかという疑問と希望と覚悟だけさ、それで充分なんだ、必要なものはいつでも混沌と矛盾さ、それをリアルだと思うのが俺のモノサシさ、夜明け前、街路はとうとう静まり返った、仰向けに寝っ転がって深呼吸を繰り返し、空気が全身を駆け巡るのを感じる、この肉体は無茶苦茶だ、そして、精神もよくわからない箇所ばかりだ、それは正しく描かれなければならない、本当の血が混じらなければならない、その生温ささえ感じられれば、眠れない夜のあとでも少しはなんとかなる気がするんだ、これからやって来る一日は昨日の続きではない、それはどこか別の世界線の上にある、昨日と同じ日付の一日かもしれない、現実がリアルであることなんか本当は誰にも証明出来ない、リアリストの大半はただの嘘つきさ、ハーメルンの笛吹きについて行く子供たちとそんなに違わないよ、俺は笛の音の違和感に気付くことが出来た、だから始めから後ろに並ぶことなんて出来なかったんだ。


革命なんか笑い飛ばすんだよ、実際の話

2024-09-18 22:05:28 | 

現代そのものを浴びるほど飲んで酩酊し続けている、根幹の抜け落ちた人間どもが俺を不愉快にする、そこで生きざるを得ない以上仕方のないことだとはわかっちゃいるけれど釈然としないよね、ぶっちゃけた話、なんでこんなのと関わらないといけないんだって思いながら馬鹿のモノマネしてるよ、詩を書いてネットに置くこともタダじゃないからね、まったく時々ウンザリしてくるよ、同じ光景を繰り返し見せられてるような気分になる、代り映えのしない言葉、代り映えのしない行動、反吐が出るね、まったく反吐が出る、役割を果たしているというだけで満足出来る人間がこの世にはいっぱい居るのさ、信じられないことだけどね、俺みたいな人間の方がマイノリティなんだ、この世の中じゃ―狂った夏、連日三十度越えの…こんな夏は二十年くらい前にも一度あった、俺はその時も外で働いてた、まあ、社会的に俺が出来ることなんて限られてるからね、どうしてもそういう仕事になるわけさ、もちろん、頑張ればもう少しくらいはマシなことも出来るかもしれないけれど、金の為に大事な時間をどぶに捨てるなんて凄く馬鹿げているじゃないか?でも多くのやつらはそんなこと疑問にも思わないみたいだけどね、きっと、彼らには大事なものなんて何も無いんだろう、真剣に生きている人間を恥ずかしいと思う風潮なんて今に始まったことじゃない、大人や人生っていう概念自体がここじゃ歪められたまま定着している、見るも無残な鵜呑み受け売り、知ったかぶりのオンパレードさ、内容なんてほとんど同じなんだ、自分の口で喋れば自分の意見だとでも思っているんだろう、驚いたことに彼らはやっぱりそれをまったく疑問に感じないらしいんだ、口にしながら、(あ、これどっかで聞いたことあるな)とか、思わないのかね?まあ思ってないから堂々と口にしているんだろうね、どうなんだろう、俺にはそっちのほうがよっぽど恥ずかしいことのように思えるんだけど…人間だって動物には違いない、風習や習慣、習性からは逃れられないのが普通なのかもしれない、俺の方がおかしいって言われることが多いけれど、それは俺が彼らと違うっていうだけのことなのさ、その違いは結構真面目に考えてみるべきだと思うけどね、到底伝わるようなことじゃないから言ってもしょうがないんだよな、自分のメンツを守るために、自分のフィールドを出ようとはしないんだ、ずっと同じパターンが続くだけのヴィデオ・ゲームみたいなもんだ、そんなゲームはすぐに飽きてしまうさ、飽きてしまうのが普通なんだ、当然あるべきかたちを捻じ曲げることでしか維持出来ないものが社会だというのなら、そんなもの壊してしまうべきだと思わないか、でもそんなことこの国じゃ起こりっこないね、どうでもいいお題目でデモ行進するぐらいが大衆性には関の山、やったって事実だけで満足して何が変わろうが変わるまいが構いやしない、なあ、あれほどいろんなことで大勢で練り歩いていた連中はいったいどこへ行ってしまったんだ?まったくお笑い草だよ、世界は何ひとつ変わってはいないというのにね、そもそも、世界を、国を、社会を変えるってどういうことなんだ?それはひとりの人間の働きかけで変えられるものなのか?過去に変えた歴史があるか?確かめるまでもないよな、革命家気取りでシステムに喧嘩を吹っ掛けた人間たちは何かを変えたのか?時代が証明している、どれだけ沢山の血が流れたって、世界は変わることがないのさ、惚け老人さながらの思考停止した連中の目を覚まさないことには、結局同じところへもどってしまうんだ、どれだけ影響力のある人間が数に訴えて仮に新世界へのムーブが始まったとしても、数年後には無かったことになってしまう、当り前のことだよ、「みんなで変えて行こう」それが連中の基本概念だろ、ターゲットの定め方がそもそも間違っているんだ、ひとりの人間に話すつもりでやらなくちゃいけないのさ、ひとりの人間の心を変えるつもりでやらなくちゃ、誰かひとりでいい、そいつの目が見えるように導いてやればいいんだ、あらゆる集まりの最小単位は人なのだから、人間ひとりひとりが自分自身を、その周辺を考えるようにならない限りどんな小さな世界だって変えることは出来ないのさ、システムの枠内で手を尽くしても意味はない、それは外側から働きかけなければならないんだ、彼らの脳に仕込まれたリミッターを外して、解放してやらない限り不可能な話なのさ、そもそもそれは可能なことなのかって?知らないよ、わからないとしか言いようがない、だって俺は俺でしかないからね、誰が何を考えていようが知ったこっちゃないし知る術も無い、たださ、もしもある種のコミュニテイの概念を崩すとしたら、そういうやり方しかないだろうって話なのさ、考えてもごらんよ、時代を変えるのは戦争じゃない、たったひとりの人間の知識や経験なんだ、俺は変り者で結構、ソコラヘンの連中と同じ顔をして歩くくらい恥ずかしいことは無いからね、俺にとっちゃ。


指先の足跡

2024-09-16 21:51:54 | 

瞳孔に刻まれた光景は必ず陽の当たらない場所だった、建物に張り付くように生え広がった羊歯、身を屈めで様子を窺う野良猫、酔っ払いの小便の臭い、行場を失くして蓄積する湿気、誰かが捨てて行った悲しみの名残、ボロボロのスポーツ新聞、壊れたイヤホンが奏でている音楽は「暗い日曜日」かもしれない、俺は大豆で出来た健康食品を頬張りながらそいつらの横を歩き過ぎる、猫はほんの少し身を乗り出して、「こっち来ないのかよ」とでも言いたげな顔をする、俺は悪いね、という感じで軽く手を振る、わざわざ見慣れ過ぎた場所で歩みを止めようなんて気には到底なれそうにないんだ、まだ何も知らない、打たれ弱い誰かを探しなよ、仲間を必要とするには俺は少々出来上がり過ぎた、まあ、君にこんなこと言ってもピンと来ないかもしれないけど…喫茶店に潜り込んで、アイスコーヒーを飲みながら詩を書く、一人で来ているほとんどの客は俺と同じようにスマホを取り出して指先で指示を与えている、この中に詩を書いているヤツが何人居るだろう?おそらくは俺一人だ、この街にだって詩人は意外とたくさん居るけれど、それでもさ、なんだろうな、詩人仲間と話していても、俺はあまり同じ詩の話をしている気がしないんだ、目的も何もまるで違う気がしてさ、何が違うんだろう?きっと、真面目に詩を書いているやつらっていうのは頭をたくさん使ってる、そして、先人が生み出した規格や不文律に則って学習的に模倣的に指先を動かす―多分そこにフィジカルはあまり関わっていないんだと思うんだ、俺は肉体と精神のすべての領域でバランスが取れるように書いている、どこかでいつもそれを意識している、詩というのは俺にとっちゃ心電図みたいなもんなんだ、これだけの脈を打っている、これだけの振動を起こしている、そういう生体活動の記録なのさ、だからどれが欠けても俺の詩とは言えない、だから俺は身体も整えている、身体が弛んでしまっては言葉が身体中を駆けることが出来ないからね、信号がどれだけ身体の中を駆け巡っているのかということを常に感じながら書かなければいけないのさ、だから俺はスプリントのように書いたり、マラソンのように書いたりする、一度書き始めたら自分がその日どんなペースを望んでいるかだいたい掴めるものなのさ、あとはそれに乗っかって指先を走らせるだけだ、考えることを放棄しても詩は書けるからね、理解はあとで追いついてくる、頭を使って書くことを覚えるとスピードは落ちてしまう、何のために書いているのか?自分もまだ見ていない自分の奥底を見たいがためさ、それ以外に書く理由なんて一個もありゃしないんだ、俺自身の洞窟を、生きているうちに出来る限り踏破するんだ、アイスコーヒーを空にして金を払い店を出る、夏はまだ続いている、気分はずっとすっきりしないまま、さっきの猫の側で横になるべきなのかもしれない、楽になれるという意味ではそれが幸せかもしれない、けれどそんなものを選択出来るほど愚かな時代はとうに過ぎてしまった、俺の人生は一瞬の瞬きなどではない、俺が残してきたものたちを並べればそれは明白なはずだ、そうさ、長ったらしい、暑苦しい、回りくどい人生さ、だけどそういう人生をそのまま生きることが俺にとって最良なんだ、俺はもうそのことを疑ったりしないよ、だって着実に歩みは進んでいるからね、CDの店を覗く、チャーリーが居なくなったストーンズの新しいアルバムはまだ聴いていない、チャーリー・ワッツ無しにストーンズが可能だなんて俺は思わない、チャーリーはきっとこう言ったんだ、「僕が死んだからってストーンズを止めたりしないでくれよ、僕の代わりなんか幾らでも居るさ」いつか手に取る時もあるだろう、でもその時だって、ミック・ジャガーによるストーンズプロジェクトみたいなものだと思いながら聴くだろうね、それが自分で飲み込めないうちはダイヤモンドが霞むまで待つことにするさ、どんなことがあっても歩みを続けるもの、ある一点でばったりとすべてを終わらせてしまうもの、俺は生き続ける方がイカシてるって学んだんだ、死ぬまで出来る限りのことをやり続けてやるのさ、誰も俺のことを見なくたってね、いつか下らない病気か何かで俺がくたばった時、その後に長い長い一篇の死が残ればそれでいい、いつだってそう考えて書いている、俺は俺という一篇の詩なのさ、それ以上余計な話なんて何もする必要無いね、家に帰ったら簡単な食事を食べようか、それともまた大豆バーでも齧ろうか、選びに選んで再生するプレイリストには今日を愉快にしてくれるナンバーが目白押しさ、本当に必要なものを知っていれば、毎日の大切な何かに必ず手は届くように出来ているんだ、俺が誰だろうとどうだっていい、俺があれこれと喋るよりも俺の指先の足跡を眺めておくれよ、そしてこんなことに懸命になっている俺を笑えばいいよ、そうすれば俺の今日に愉快な項目がまたひとつ増えるからさ。


傘は要らない

2024-09-14 16:33:51 | 

曇天には俺が出しそびれた悲鳴が充満していた、古いダウン・ブルースのリズムで年老いた魚のように繁華街を歩く、昨夜はレイドバックして、ピアノを奏でるように詩を書いていた、時の流れは人間を変えることはない、人が時のせいにしているだけさ、どちらかと言えば俺は変わったことが無い、もちろん表面上の些細なことはあれこれと変わったかもしれないけれど、俺という人間の本質的な部分というのは変わったこともなければ失われたこともない、そして俺は、自分の中にあるものについてずいぶん昔から知っていたような気がする、もっと言えば、この肉体の中に本物の俺自身が封じられていると感じていた、肉体は魂を封印しているのだ、何故か?もしかしたら、命になにかしらの意味を持たせるために肉体には期限があるのかもしれない、それは突き詰めたところで答え合わせが出来る話でも無いのだから、どれでも自分が納得する理由を見つけて突き進めばいい、別に最初に決めたひとつにこだわらなきゃいけないわけでもない、気に入らなくなったら新しい定義を作っちまえばいい、さっきも言ったように、どのみち答え合わせなど出来る事柄でもない、みんな真実に囚われ過ぎる、そんなものはなんだって構わないのだ、昨日と同じ今日を生きない為の原動力になり得るのなら、理由なんてどんなものだって、重要なのは動き続ける理由ではなく、動き続けることだ、そうだろ?繁華街、と少し前に言ったけれど、それほどのものではない、賑わっているというほど人間なんか歩いてはいない、まあ、最近は随分外国人を見かけるようになってきたし、新しい店も増えてはきたけれど、どこか終わってしまったような雰囲気は拭うことが出来ない、子供の頃からここを歩いている、昔は真直ぐ歩くことも難しいくらい人間が居たんだぜ、知っているはずなのに信じられない、この街は人口減少ランキングにランクインしている、何もかも失われたのに、まだ昔のやり方でなんとかなると考え続けて、ただただ落ちぶれていく、人工呼吸器に繋がれた人生は生きていると言えるのか、人道的な話じゃない、魂の根源の話をしているんだ、古い店に挟まれるように開店する新しい店は、扱っている商品にしてもスタッフにしてもこの街の数倍は若い、どこか余所からやって来た連中なのかもしれない、彼らが示す新しい在り方を老いぼれどもはもっと学ぶべきなのだ、空地には誰をターゲットにしているのか分からない高級マンションが立ち並ぶ、そんな建物にどこかから流れついた金持ち連中が住み着いて、いつか彼らの絶対数が原住民より多くなれば、この街の文化は大きく変わるかもしれない、逆に言えばそれ以外にはこの街が変わる可能性などない、観光業とパチンコ屋だけがいつだってホット・スポットの酒とニコチンの臭い渦巻く薄汚れた田舎町さ、目的の無い毎日を喜びと感じ、刹那的な欲望と快楽で死ぬまで時間を食い潰す、俺は唇を曲げる、どうして彼らがその愚かさに気付けないのか俺には分からない、分かろうという気も無い、この街では俺のような人間は変異種なのだ、けれどもしかしたらそんな街の中で俺が生き続けているのは、どこかでそんな誤差を楽しいと感じているのかもしれない、愚かさは出来るだけたくさん目にした方がいいしね、反面教師ってやつさ、これをしなさいと言われるより、こういうことはしてはいけませんと見せられた方が話は早いんだ、ほら、掃除が出来ない人間が住んでいる部屋を数人のタレントが掃除して綺麗にする番組、見たことないかい?掃除をしなさい、って言われるよりもああいう部屋を見せられた方が、掃除をしなくてはいけないと思うだろ?俺が言っているのはそういうことさ、雨がパラつき始めた、嫌な湿気がまとわりつく、でもそれまでいい気分だったわけでもない、だから別にどうってことはない、もう目当ての場所はあらかた覗いてしまった、雨が降らなければ買物でもして帰るところだけど、今日は止めておく、繁華街を抜けて大通りを南へ横切り、これまたかつての栄光は見る影も無い風俗街を抜ける、何故か分からないけど、街からの帰り道は必ずここになってしまう、きっと、潰れたファッションヘルスなんかの店舗にこれでもかとばかりに詰め込まれているごみを見るのが楽しいんだろう、このあたりはどんな天気だって湿気て、煤けている、でもいくつかの店はまだ営業を続けていて、週末なんか時々、昼間っから満たされた顔で店舗から出て来るやつを見かけたりする、俺?俺は利用しないよ、個人的な欲望の為に数万も金を使うなんて馬鹿げてると思うんだ、まあ、もとよりそんなことに使える金なんか持ち合わせちゃいないけど、例え持っていたとしてもさ、属性の遊びに身をやつすよりも、もっとずっとエモーショナルな愉しみを俺は知っているからね、なによりそいつに必要なのはラップトップとこの俺だけときたもんだ、結局さ、快楽の欲望だの趣味嗜好だのって、そいつ自身が何を見つめ、何を考えて生きるかっていうことなんだよ、すべては繋がっているのさ、日常を少し踏み外さなけりゃならないのなら、君が信じているものは少し間違っているってわけ。


なにかが寝床にやって来る

2024-09-12 22:07:13 | 

無数の甲虫が這いずり回り鋭い牙をカスタネットのように鳴らしながら俺の皮膚を食い破り体内に侵入する、乱雑に食い荒らすせいで俺はまるで使い込まれて捨てられたズタ袋のように大小様々な無数の穴で埋め尽くされる、無数の穴からはキラウエア火山の噴火のように血液が溢れ続ける、虫に埋もれ、血に沈み、やがて死に塗り潰される、虫たちの歯音は遥か昔の改札口を連想させる、悲鳴を上げなかったことが俺は気になっていた、痛みを感じなかったのだろうか、いや、ずっと感じ続けている、いまだってうっすらと、身体が崩壊しかけているのをありありと感じている、では何故だ?いつかこうなることをどこかで知っていたのかもしれないとでもいうのか?食らうものがなくなったのか虫たちは俺の身体を捨ててどこかへ行ってしまう、俺にはまだ意識がある、とっくの昔に死んでいてもおかしくはないのだが…その時に俺は気付いた、俺はどこか別の場所から俺のことを見ている、集中治療室のベッドの上の患者をビニールのカーテン越しに見つめるようにね、俺は自分の部屋の床に半分沈んだ形で骨と皮だけになった自分の躯を眺めている、ということは死そのものは随分昔に訪れていたのかもしれない、いや、だけど、甲虫っていうのはおかしくないだろうか、普通こういう時は蛆虫ではないのか?カタカタと肉体の側の俺の頭蓋骨が顎を鳴らして笑う、その音はついさっきまで飽きるほど聞いていたあの音に似ている、気付いたか、というように頭蓋骨は笑っている、と同時に、失われた俺の身体は逆回転のようにゆっくりと再生される、目を閉じて、眠っているみたいだ、すべてが元通りになった瞬間、肉体の側の俺がかっと目を開いた、途端に俺はそこに引き摺り込まれ、気付いたら寝床に横になっていた、戻って来たのだ、俺は跳ね起きる、カサカサと背後で音がする、振り返るとついさっき見た甲虫どもが再び俺を食らわんと迫って来ていた、俺はハンマーでそいつらを叩き潰した、死にたくなければひとつ残らず殺すしかない、殺られる前に殺れってやつだ、一打一打にもの凄い力を込めた、虫たちの死骸は薬品のような臭いがした、そして彼らはあまり足が速くなかった、背中には羽を隠しているように見えたが飛び上がることはなかった、尺骨のあたりに痛みが走り始めた、左手を添えてもっと早く殴った、どれだけの時間を費やしたのか、甲虫はすべて叩き潰されて散らばっていた、俺は肩で息をしていた、もう腕が上がらなかった、壁にもたれて座った、一度目を閉じて深く呼吸をし、目を開けると甲虫たちの姿はもう無かった、ボロボロになった寝床があるだけだった、俺は困惑して四つん這いになった、嘘だ、確かに覚えている、甲虫が乾いた音を立てて潰れる時のあの感触を、音を、そうして四つん這いになった自分はいま、甲虫のように見えているだろうと思う、誰かが俺を叩き潰そうとするだろうか?それを叩き潰そうと考えるのは多分俺だけなんだ、ふん、カフカ気取りかね、何故だろう、すべてはどこかへ消えてしまったのにまだなにか、視覚の外でざわついているものを感じる、それは虫ではないかもしれない、けれど鋭い牙を持っているかもしれない、今度こそ俺の本体を食らおうと考えているかもしれない、それは強い意志なのだ、でもどうして彼らがそう考えたのか、俺には分からない、それを俺が理解出来る時が来るだろうか、それは俺だからこそ理解出来るものなのだろうか、もしもそれが理解出来た時俺はどうするのだろうか、虫たちのベッドに身体を投げ出すのか、俺はこれは自分の周囲に漂っているひとつの死の概念が具現化されたのだろうか、虫に食らわれるのなら死んでからがいいな、あんなものに埋もれて死ぬなんてあまりに悍まし過ぎる、とてもじゃないが眠る気になれなかった、彼らは戦場のハゲタカのように俺が目を閉じるのを待っているのかもしれない、俺にはそれがありありと感じられた、といって眠らずに居ることも気に食わなかった、どちらにしても彼らにとってはしてやったりの結果になるのではないかと言う気がして…携帯を手繰り寄せ、短い詩をひとつ書いてみることにした、とりあえずにせよ、そうしてみるのが一番いいのではないかという気がした、フレーズを足したり削ったりしている間、彼らは沈黙していた、なるほど、つまり、俺がなにかしらの作業に没頭している時には口を噤んでいるのだ、まったく面倒臭えなと俺は思った、あの甲虫たちの立てる小さな乾いた音は、チック気味だったころのことをあれこれと思い出させた、ああ、あの虫たちは結局、俺から生まれたと理解しながらここで俺を食らい尽くそうとしていたのだ、気分はあまり良くなかった、俺は暗闇の部屋の中で一点を指差した、不自然な黒い影が壁に張り付いていた、逃げるなよ、と俺は言ったがあっという間にやつらは姿を眩ませてしまったのだ、壁掛けの時計は深夜一時を指していた、俺はもうどうでも良くなってベッドに横になった、きっと明日も目が覚めるだろうと信じて疑わなかった。