夜明けのダイナー(仮題)

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SS:REGRET<その3>

2011年08月16日 17時21分03秒 | ハルヒSS:長編

  (その2より)



 あと数日で夏休みとなっていた、七月中旬のある日の昼休み。 何時もの様に弁当を食べる為、席を移動する。 
 この時間、俺の席は朝倉を中心とする仲良しグループに占領されるのだ。
 「あれ、谷口は?」
 昼休みに入り、教室を出て行く姿が見えたが。
 「期末テストの結果が悪くて、岡部に呼び出されたみたいだよ」
 「ふ~ん、そうかい」
 「キョンは三年生になって成績が上がったよね。 この勢いなら僕を追い越すのも時間の問題かもね」
 と言いながら弁当の蓋をあける国木田。
 「いや、流石にそれは無理だろ」
 己の立ち位置はわきまえてるつもりだ、なんてね。
 「そう言えば朝、日直の仕事で職員室に行った時にさ――」
 俺は国木田の話を聞きつつ、朝倉特製デミグラスハンバーグに箸を伸ばそうとしていた
 「涼宮さんが居てね、9組の担任と話をしてて……」
 「!?」
 「何か、東京の大学に行くって言ってたよ」
 「……そ、そうか」
 国木田が今度は自分や俺の進路について話題を切り換えたので、その話は此処までだった。
 「やっぱ、離れてしまうんだよな」
 俺は、地元の大学に進路を決めていたのだ。
 

 
 時を遡る事、数日前。 七月七日。
 授業を終えた俺と朝倉は制服から私服に着替える為、自宅に戻り、光陽園駅から電車に乗って北口駅前の大型ショッピングセンター『鶴屋北口ガーデンス』に来ていた。
 『七夕イベント』とかでショッピングモールが七夕一色に染まり、巨大な吹き抜けに高く伸びた笹があって各々、願い事を短冊に書いて吊るしていた。
 『キョン君、書いた?』
 『ちょっと待て朝倉。 まだ書いてる途中だ』
 急かされるままに願い事を書いて、短冊を笹に吊るす。
 『何て書いたんだ?』
 『「キョン君と、ずっと一緒に居られます様に♪」で、キョン君は?』
 『……世界平和』
 『ふ~ん』
 朝倉は何故か不満げだ。 これでも悩んだんだぞ。 何を願おうか、と。 
 短冊を吊るし終えて
 『夕飯、食べに行きましょ♪』
 『おう』
 笹に背を向けた、その時
 『あっ』
 『あれ?』
 『おや?』
 『お、おう』
 ハルヒが古泉を連れて、願い事を書き終えた短冊を持って、並んで立っていた。 
 『…………』
 『…………』
 『…………』
 『…………』
 ショッピングセンターの喧騒を横に、この空間だけが全ての音を失くしたかの様に無音だった。
 『よう、お前等……』
 「お前等も、このイベント目当てか?」と沈黙を破り、ハルヒに話し掛けようとした俺の左腕を朝倉が引っ張る。
 何事か、と朝倉の方へ視線を移す。
 『ん? どうした朝く……』
 これまた途中で台詞が途切れる。 今度は俺自身の意思によって。 何故か? そう、それは
 
 キッ! と音を立てるかの如くハルヒを直視し、冷たい視線で睨む朝倉の顔が見えたからだ。
 俺を殺そうとした時ですら笑顔を絶やす事の無かった、朝倉が初めて見せた表情だった。
 
 『あ、さくら?』
 『…………』
 再度、ハルヒの方を見れば
 『…………』
 一瞬、驚愕の表情を浮かべて居たが、やがて俺の視線に気付いたのか俯いて、そのまま俺達の横を通り過ぎて行った。 その後ろを
 『では』
 と一礼し、こんな時ですら笑顔の仮面を外さない古泉が通過して行った。
 
 それまで廊下を擦れ違ったりした時は挨拶くらい交わしていた俺とハルヒが、この日を境に、一言も交わす事が無くなった。
 
 

 夏休みに入り、とは言え休みとは名ばかりで補習と言う名の下に毎日の様に灼熱地獄の登坂路を上下する日々。 本当に同じ毎日の繰り返しだ。 その事実は、あの『終わらない夏休み』を連想させた。 
未だ、あの時はイベントに精を出していたが、今回は勉強ばかりで、それこそ憂鬱になってしまう。 
 それでも週末に限っては息抜きが出来た。 それとお盆の田舎への帰省、それだけが今年の夏の思い出だ。 
 今までと同じ高校生活での夏休みとは到底思えなかった。 そう、それはまるで中学の頃と同じ様な――去年・一昨年の高校二年間の夏休みの事は、休み終了時の疲労すら思い返せば心地よくすら思えるだろうよ、今の俺にとっては。
 でも、今年の夏休みは? スケジュール的には充実しているが、しかして、この空しさは何なんだ?
 
 夏休み最終日、八月三十一日。 補習を終えマンションの前で朝倉と別れ、家路につく俺に襲う寂しさは、秋の気配がもたらした物、それだけでは無い筈だ。
 それが『SOS団』を失った事。 そして、それだけが理由では無い事に気がつくのには未だ時間が必要だった。
 
 
 大した思い出も作れないままに過ぎて行った夏休みなんぞ、水素原子程の思い入れも無く、そのまま二学期を迎え、これまた何の変化も無い日々を過ごして行く筈、だった九月中旬の、ある晴れた日の事。
 「ねぇ、キョン君」
 「ん、何だ朝倉?」
 「文化祭の事、なんだけれど……」
 そう言えば、あと一ヶ月半で文化祭だったな、忘れてたぞ。
 「焼きそば喫茶をやろうと思うの」
 「何でまた、それをやろうと思ったんだ?」
 「この前、鶴屋さんに偶然会って、『文化祭の出し物どうするんだい?』って聞かれて、特に決まってないって答えたら『焼きそば喫茶なんてどうだい? 道具一式とウェイトレス衣装もあるにょろよ?』って言われたから」
 「ほう」
 良いんじゃないか? どうせウチのクラスの事だ、朝倉の提案なら賛成するだろうよ。
 所で朝倉と鶴屋さんが何時の間に仲良くなったかって? 去年のSOS団の活動で何度か会ってたからな、この二人。
 
 
 二学期の中間テストも終え(この俺がクラス五位の成績まで上昇したのは、日頃の成果と思いたい)迎えた文化祭。
 金曜日の夜から男子一同、材料の仕込みを始め、土曜日・日曜日と交代で家庭科室の冷蔵庫から必要に応じて5組の教室まで材料を運ぶのだ。
 女子は女子で当日、交代でウェイトレスをやる事となり――衣装の所為か、はたまたウェイトレス自体の質が良いのか、予想以上に盛況で、当日は暇になると思われた男子一同だったが、追加で材料を調達し、下ごしらえする羽目となった。
 
 「ふぃ~っ、疲れたぜ」
 「全くだね」
 「で、これからどうする? 谷口・国木田」
 文化祭二日目、日曜日。 午後二時を過ぎ、作業は一段落。 男子は文字通り『お役御免』となった。 
後は材料が切れたら営業終了って事だ。
 「ナンパしようぜ、ナンパ!」
 「やれやれ」
 「僕は見たい展示があるから、頑張ってね」
 「俺も適当に回る事にするよ」
 「ちょ、待てよ。 俺一人でナンパするのか?」
 アホ谷口は放っといて、三者三様、文化祭の残り少ない時間を堪能するとしますか。
 とは言った物の、国木田とは違い、特に目的とする展示物がある訳でも無く
 「疲れた身体を休めるとしますかね」
 体育館の中へ足を踏み入れた。
 
 
 整然と並べられたパイプ椅子の一角に腰を下ろすと、ステージの上では演劇の公演中だった。 
 手持ちのパンフレットに目を通すと、演目は『三年九組「ロミオとジュリエット」』と記してあった。
 「ハルヒと古泉のクラス、か」
 そう言えば一年の時も9組は教室で劇をやっていたっけ。 題目は忘れたが、古泉目当てのコアなファンで会場はそれなりに盛況、ってのは憶えている。
 今回は、この広い体育館に並べられた椅子の半分以上は埋まってる程の観客数だ。 他に集客出来る展示物は無いのかね、我が北高の文化祭には。
 演目自体にゃ、さして興味は無いが、ハルヒと古泉が出るとしたら、一見の価値はあるってもんだろ? なんて軽い気持ちでステージ上を動く9組の連中を眺めて居た。
 

 
 「あれ、もう店じまいか? 朝倉」
 「思ったより売れ行き良くってね。 あ、キョン君。 片付け手伝って」
 「あいよ。 ホットプレート洗って来るよ」
 「お願いね♪」
 気付けば三年五組の教室へ足を向けていた俺は、クラス展示の片付けを手伝う事となった。
 
 ……体育館ステージ上のロミオとジュリエット。 それは誰がどう見ても、お似合いのカップルだったさ。
 だから、俺はエンディングまで演劇を見ること無く、席を後にしていた。
 劇だろ? 役だろ? だったら何故、目を背けるんだ?
 現実を見たくなかったんだろ。 今まで抱いていたモヤモヤの原因を。
 
 
 ハルヒと古泉が、お似合いの二人だって事に。
 そして、俺がハルヒの事を好きだとその時、やっと気付いてしまったから――
 
 
 自分の事なのに気付くまで、随分と遠回りしちまったな。 しかも今更、後戻りなんて出来ない。 俺は朝倉に告白されてOKを出した時点で終わってるんだ。 
 そしてハルヒは古泉と付き合い9組に転入。 進路も東京の大学にすると決めた。 何を未練がましく思う事があるんだ? 諦めろよ、俺。
 


 気付かなけりゃ良かった
 

 「あら」
 「ん、どうした朝倉?」
 「雨、降りそうね」
 「マジか」
 文化祭終了まで澄み渡る秋晴れの空だったのに、何時の間にか重い灰色に覆われていた。
 「早く帰ったら? 傘、持って無いんでしょ?」
 「朝倉は?」
 「わたしも一緒に帰りたいけど、未だやる事が沢山残ってるから帰れないのよ」
 「そうか。 すまん、先に帰る」
 「じゃあね♪」
 天気予報でも本日の降水確率なんて10%程度の筈だったのに。
 「やれやれ」
 下駄箱に向かった時点で改めて外を見やれば
 「土砂降りじゃね~かよ!!」
 仕方無い、走って帰るか。
「えぇい、ちくしょ~め!」
 持っている鞄を傘代わりにしても気休めにもなりゃしない。 そのまま駆け足で門を出て、坂道を下り始めた。 その目前に
 
 「……はる、ひ」
 
 黒く小さな傘に寄り添うハルヒと古泉が見えた。
 流石は古泉、用意周到だな。 折りたたみの傘、持ってたのかよ。
 ある雨の日、職員室から借りた傘を持ったハルヒに寄り添って歩いていたのは俺、だったのに
「ははっ、何だよ。 現実を見ろ、ってか」
 根を急速に生やしたかの様に動きを止める俺の脚。 そんな俺に容赦なく雨は打ちつける。 さっさと、あの二人を追い越して帰りたいのに
 
 「…………」
 
 動けなかった。
 すっかり濡れ鼠だ。 風邪を引くぞ、俺。 さっさと帰ろうぜ。 そう思えど
 「…………」
 先を行く二人の姿が消え、何人もの北高生が傘を持つ者は歩き、持たない者は駆け足で俺を追い越して行くのに
 「…………」
 動けなかった。
 
 こんな事なら朝倉を待って帰れば良かった。 通り雨なら尚更だろう。 そう思うが空しく、止む気配の無い雨は、俺をあざ笑うかの様だ。
 どれ程の時間が経過したか解らない
 「…………」
 何時の間にか、雨は止んでいたらしい。
 「…………」
 いや違う、俺の頭上だけ止んでいる? ふと空を見上げると透明な膜づたいに雨が、俺を避けて行くのが見える。
 「透明なビニールの傘?」
 そして、その傘を差し出している人物は言った。
 「このままだと風邪をひく。 貴方は、わたしと共に帰るべき」
 文芸部室に寄らなくなって以来、すっかり会わなくなっていた
 「な、長門?」
 長門有希、その人だった。
 
 
 光陽園駅前までの道程、俺と長門は終始無言だった。
 出会った頃は、それが苦痛だった筈なのに、今はそれすらも心地良いのは何故だろう?
 
 「悪かったな、長門。 俺、此処から自転車だから」
 「…………」
 「ありがとよ」
 「……待って」
 「え?」
 「貴方は、このままで良いの?」
 口を開いたかと思えば
 「静観して、いられない」
 長門にしては珍しく自分の意思を明確にしている。
 「わたしは、このままで良いとは思わない」
 短く、そして強い言葉。 だけどな
 「良いんだ、長門」
 「…………」
 「もう、良いんだよ」
 「そう」
 「じゃあな」
 今だ降りしきる雨をかき分けるかの様に自転車を走らせ、自宅へ向かう。
 もう良いんだ、俺一人の我が儘で現在ある状況を壊したくねーんだ。 何時かは忘れる、いや、想い出になるんだよ。 全てが、何もかも。
 ちょっぴり、ほろ苦い。 まるでチョコレートの様な想い出に――
 
 

 十二月二十四日、クリスマス・イブ
 前日に終業式を終え、冬休み最初の日。 「今日は一日、勉強の事は忘れよう」と午前中から朝倉と大阪でデート。 
 夕方は朝倉のマンションに戻り、二人でテーブルを囲んで食事をして……
 
 俺と朝倉は、ひとつになった

 

 年が明け、一月中旬。 センター試験。
 今までの成果か、手ごたえはあった。 順当に行けば志望する大学には合格出来るだろう。 マークシート塗り間違えとかの凡ミスが無ければ、の話だが。
 あと一ヶ月と少しでで北高を卒業する。 もう、この強制ハイキングコースともオサラバだ。 このまま単純にカレンダーをめくれば、高校生活も過去の物となる筈だった。
 いや、何も「もう一度、高校生活をやり直せ」とか、そう言った事態にはなっていない。 ありのままに言おう
 
 波乱は、まだ残っていた。



  (その4へ続く)



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