夜明けのダイナー(仮題)

ごった煮ブログ(更新停止中)

SS:REGRET<その2>

2011年08月15日 16時55分23秒 | ハルヒSS:長編


  (その1より)



 あれから一ヶ月経過した三月十四日、ホワイトデー。
 その日の日直は俺で放課後、日誌を職員室に置き、再び教室に戻ると
 「あ、キョン君」
 「ん、どうした朝倉」
 「今日、キョン君の家に行けば良いの?」
 「おう……あ」
 「ん、どうしたの?」
 「ハルヒに団活、休むって言うの忘れてた」
 「じゃあ下駄箱の前で待ってるから」
 「すまん」
 朝倉にバレンタインのお返しをする為に家に招いていたのは良いが、ハルヒに団活動を休む事を告げるのを……実は忘れてた訳では無い。
 実際、朝起きてからずっと言おう、言わねばと思っていた。 だけれど
 

 言えなかった。

 
 只一言「団活を休みたい」と、言いづらかった。 何故かは自分でも解らないが。
 ルーチンワークと化した『何時もの廊下を通り、文芸部室へ向かう』行為を終了し、扉に向けてノックをしようと思い
 「あ、」
 卒業式も済んで、朝比奈さんは居ないんだっけ。 そして、あの時の事を思い出した。
 

 

 『みくるちゃんが卒業するから、SOS団は解散します』
 『…………』
 

 その場に居た人間、全てが言葉を発する事が出来なかった。 
 あの日、バレンタインデーのイベントの締めくくり。 ハルヒは淡々と、抑揚の無い声で言い放ったのだ。
 突然なんてもんじゃない。 そりゃ耳を疑うなって方が間違ってる。 そして、違和感を感じた。
 

 何故、誰も反論しないんだ?
 

 真っ先に反論しようとした俺を、朝倉が腕を引き、止める。 改めて周囲を見渡せば「まるで始めから知っていた」かの様な残る三人の表情。 ひょっとして、これは
 
 既定事項、か?
 
 長門はさて置き、卒業する朝比奈さんを除いても、古泉は何か言うと思っていたが、一言も発しないのは何故なんだ? 
 いや、古泉の表情は何時もと違い笑顔では無いが。
 『じゃあ、あたし帰るから。 後は宜しく』 
 片付けを手伝う事も無く、ハルヒは先に文芸部室を出て行く。 俺を含めてハルヒを引き止める者は居なかった。

 
 それ以来、SOS団改め、新生『文芸部』として活動自体は続いていた。 部長は長門、朝比奈さんの代わりに朝倉が入部し、合法的な活動を行っていたのだった――尤も、やる事自体は特に変化はなかったが。
 



 
 おっと、こんな所で呆けてる場合じゃなかったな、っと。 ドアノブに手を掛け回した刹那
 「好きです!」 
 俺の事をか? なんてね。 と、そのまま何も考えずドアを開けようとしたら
 「付き合って下さい!!」
 そうか、演劇でもやってるのか。 と愚にもつかぬ事を考えた。

  
 今の声の主は明らかに男性の声で、この部室に居るべき男子部員は俺と古泉の二択。 その内の一人の俺は此処に居る。
 必然的に回答は古泉一択となる。 しかし、その相手は誰なんだ? 
 文芸部員の女子生徒はハルヒ・長門・朝倉の三択で、そのうち朝倉は自動的に除外される。 「下駄箱で待ってる」と言って別れたばかりだからな。
 となると残りは二択、ハルヒと長門。 どっちだ?
 『部室に長門が居ない筈が無い』
 そう答えを出した俺の耳に、不正解のブザーが鳴り響く。
 「……良いわよ」
 そのまま部室に入った俺の先に、正解があった。
 大体何で告白の声が聞こえた時に、気を使って扉を開けずに回れ右をしなかったんだ、俺は? 失礼極まりないだろ!
 いや、確かにそれもそうだが、それを含めて見てはいけない物を見てしまった。
 と言う気になったのは、その古泉が告白した相手が、そして、それにOKの返事を出した人物が――
 「あ」
 「おや、遅かったですね」
 「す、すまんっ!」
 ハルヒだった事だ。
 「き、キョン……」
 見てはいけない。 いや違う、正直に言おう
 

 ハルヒであって欲しくなかった
 

 そう、見たく無かった。 ハルヒが告白されて、且つOKを出すシーンなど。 何故だろうな。 それは解らん。 例え古泉が相手であっても
 「聞いていたのですか」
 「聞くつもりは無かったが」
 「別に構いませんよ。 尤も貴方が反対する理由は無い筈です。 貴方は朝倉涼子と付き合っている。 そして僕は、以前から涼宮さんが好きでした」
 「「えっ?」」
 以前から!? 以前って何時だ? いや、そんな事はどうでも良い。 ハルヒ、お前はそれで良いんだな?
 「え、そ、そうよ。 あたしは古泉君と付き合うわ。 気の利かないあんたより優しいし、頼りになるわ」
 「そうかい」
 もう、これ以上聞く事は無いよな
 「邪魔したな、俺は帰る」
 「ちょ、ちょっとキョン!」
 扉を閉める瞬間、古泉の不敵な笑みと、ハルヒの少し淋しげな顔が見えたが、そのまま背を向け、部室を後にした。
 


 「ハルヒと古泉、か」
 「ん、その二人がどうしたの?」
 「……いや、あの二人が付き合い始めたんだと」
 「良いじゃない。 美男・美女、お似合いのカップルで。 あ、わたしにとってはキョン君が一番よ♪」
 隣で嬉しそうに語る朝倉の声を遠くに聞く感覚を覚えながら、春の訪れを未だ告げる事の無い夕暮れの坂道を下って行った。
 
 


 その夜、光陽園駅近くの公園。 そこに古泉を呼び出す。
 「やぁ、どうも。 どうされました?」
 「解ってんだろ、古泉」
 「えぇ、解ってますよ。 『それ』以外の理由で貴方が僕を呼び出すとは思えませんから」
 「はっきり言おう。 何故、ハルヒに告白した?」
 「僕が涼宮さんを好きだからです。 それ以外の何でもありません。 良いじゃありませんか。 涼宮さんのチカラは無くなった。 そして、僕は自分の気持ちに素直になり、涼宮さんはそれを受け入れた。 いけませんか?」
 「…………」
 何も言えなかった。 あぁ、言いたい事もあったが、こいつにクチで勝てる気がしねぇ。
 


 
 『涼宮さんのチカラが無くなりました』
 一ヶ月前、SOS団が解散した後、古泉が言った。
 しかし長門は何も言わず、朝比奈さんも此の時代に居る。 そして地元の大学に通うのは決定してる。
 正直、古泉の言葉を疑う自分が居た。 しかし、古泉が嘘を言っていると言う確証は何処にも無く、当然ながら確かめる術も無い。 尤も『機関』が存在し続けているのならば、この様な古泉の独断専行を許すとは思えなかった。 いや、実は『機関』のシナリオだったりするのか?
 
 
 「他に用事が無ければ帰りますよ? 未だ三月中旬ですし、夜は冷えますからね」
 「……すまんかったな、古泉。 ハルヒを幸せにしろよ」
 「貴方は、もう少しご自分の心配を――」
 「解ってる。 以前にも同じ事を言ってたな」
 「憶えて貰って何よりです。 では」
 街灯に照らされた古泉の影が消えるのを見送り、俺も家路につく。
 


 
 四月・新学期
 俺達は無事に三年生に進級し、この早朝強制ハイキング・コースを通うのも後一年弱とカウントダウンが始まった。
 そして、三年五組の教室に入る。
 「やぁキョン。 また同じクラスになったね」
 「おう国木田。 って、あれ? お前、確か」
 「『理系クラスに行く』って話? 辞めたよ。 8組、意外と希望者が多いみたいで、転入しようかと申請したけど駄目だったから。 また一年、宜しくね」
 「よぉ、キョン」
 「何だ、谷口か」
 「何だとは何だ。 また一年ヨロシクな!」
 「キョン君♪」
 「おう、朝倉も一緒だな。 宜しくな」
 「……いい加減『涼子』って呼んでよ」
 「すまん」
 「そう言えば、キョン」
 「ん、何だ谷口」
 「このクラスに涼宮は居ないんだってよ。 これで、やっと涼宮と違うクラスだぜ!」
 「ハルヒが、居ない?」
 

 いや、世界改変されて存在自体が消えた訳じゃない。 このクラスに居ないだけだと言う訳だった。
 ハルヒが岡部の申し入れを受け、古泉と同じ9組に転入した事を知ったのは、始業式が終了しHRが始まって岡部がその事を話題にした時だった。
 
 
 最上級生となり、特に俺自身に何か変化があった訳では無い。 しかし、一つ変わった事があった、それは
 『文芸部室から足が遠のいた』事だった。
 今まで二年間、ルーチンワークと化していた日課だったが何となく、そう、何となく足を向けるのを憚る様になって居たのだ。
 ハルヒと古泉も同じらしく――これは長門が言ってた事を朝倉経由で聞いた話だが……つまり、

 
 長門が独り、窓際に、置物の様に存在するだけの部屋
 一年生次・最初期と同じ状態に『文芸部室』は戻ったのだ。
 
 

 文芸部室へ寄らなくなった時間はそのまま朝倉との勉強時間となっていった。 
 流石は成績優秀な委員長と言うべきか、教え方も上手く、勉強した分そのまま身につくかの様だった。 
 結果、一学期の中間考査の俺の成績は自分でも驚く程の上昇カーブを描いていた。 それに気を良くした母親が
 「今夜はお寿司の出前をとるわ、朝倉さんも呼びなさい。 あんた、あの娘のお陰で成績が良くなったんでしょ? お礼しなきゃ」
 と言ったので、ある日、朝倉を家に招いて食事会をする事になった。 
 我が妹は「さくにゃん」と朝倉の事を変な渾名で呼び(あ「さく」らを勝手に略すな、妹よ)、母親は終始ご機嫌で
 「あんた、朝倉さんと同じ大学に行くのよ。 佐々木さんの時みたいに離れるんじゃないよ」と言い(その時、朝倉から妙なオーラが発生した感じがしたのは気の所為と言う事にしておこう)、珍しく家に居た父親も
 「息子を宜しく頼みます!」
 とビール片手に饒舌に懇願する始末。 やれやれ。

 
 楽しい晩餐は、あっと言う間に過ぎ「送って行きなさい」との母親の命令で(言われなくても送るさ)朝倉をマンションまで送り、我が家へ戻れば
 「キョン君おかえり~!」
 シャミセンを抱えた妹が玄関まで迎えに来た。
 「おう、ただいま」
 「さくにゃん、次、いつ来るの~?」
 「さぁな」
 「そう言えばキョン君」
 「ん、何だ?」
 「ハルにゃん達、最近、来ないね。 どうしたの?」
 「…………」
 「ハルにゃん達来ないかな~。 ねぇシャミ~♪」
 「……早く寝ろ」
 シャミセンを抱えた妹を横目に、俺は自室に入る。
 「来ないかなーって、来る訳無いだろ」
 無邪気にドアの外でシャミセンと戯れる妹に何も言う事は出来ずに、普段着のままベッドにうつ伏せる。
 「……思い出させるなよ」
 いや、忘れたかったのか? あれは、もう『過去の出来事』なんだよ、と――だって、そうだろ?
 「宴は何時までも続くもんじゃね~んだよ」





 長門が世界改変をした、あの冬。 俺は『この世界』を選んだ。 ハルヒを中心に魔法みたいに愉快が降り注ぐ、宇宙人・未来人・超能力者が居るトンデモ世界を。
 でもなぁ、現実ってのは正直厳しいんだ。 事実、将来の進路選択と言う現実が迫っているんだ。
 ハルヒだってそうだろ? 何時までも『SOS団』に拘らずに自分自身の事に集中すれば……あいつの事だ、マトモになりさえすれば一流大学に進学し、その先もエリートコースに進む事位、不思議に遭遇するより容易い事だ。 ましてや古泉と一緒に居れば。 下手すりゃ『機関』が何でもしてくれるんだろうよ。 尤も、そんな手助けをする必要があるとは思えんがね。
 そりゃ後先考えず『SOS団』の解散を思いとどまらせて、今年度も新入生勧誘から始まり、年中行事をフルコンプリート、合宿や文化祭を謳歌するのも良かっただろう。
 何なら再び『文芸誌』を作成しても良い。 二度と恋愛をテーマとした文章を作成するのは御免蒙りたいが。



 
 良い「きっかけ」だったのかも知れない。
 俺は朝倉と付き合い、ハルヒは古泉と共に、それぞれの道を歩み始め、それぞれの進路を行く。
 そう、何時かは離れ離れになるんだよ。 この北高を卒業すれば――

 
 「『SOS団』は永久じゃね~んだよ」
 
 
 この四月、満開だった校庭のソメイヨシノが風に吹かれ華々しく散ったのと同じ様にクラスが離れ、来年の三月には全員が別々の道を歩む事は必然なのだから。
 




  (その3へ続く)


コメントを投稿