ほのろぐ

日々の暮らしや思いなど

泣けて仕方なかった

2005-05-15 | Weblog

「将来は青年海外協力隊に入り  いろんな国へ行って 
 困っているたくさんの人達を助けたい! それが僕の夢
 その夢を叶える為に 今はいろんな活動に参加している」


某番組で一人の少年がそう言った それを聞いたもう一人の少年が


「確かに困っている人達はたくさんいると思う だけど 助けたいなんて 
 それはエゴだ 自己満足の世界だ 僕はやらない」 と言った


その通り! ボランティア精神は自己満足の世界だとわたしも思います   

だけど・・・
それがどうした坊主! 寂しいこと言ってんじゃねーぞ坊主!
言うだけならば簡単なのだよ  誰にだって出来る
だけど彼は違うじゃないか  本気で挑戦してるじゃないか

「僕はやらない」  そうじゃない あなたは出来ないの
下手に自分を守ることだけを覚えてしまったもんだから
それらしい言葉を使い防御する  余計に格好悪い  そう思った 
なぜ応援してあげないのだ なぜ温かい言葉をかけてあげられないのだ
テレビの前で  とても悲しくなったことを覚えている


たぶん 一生行くことの無い国  知ることの出来ない世界
それを教えてくれるドキュメンタリー番組はよく観る

昨日  「世界がもし100人の村だったら③」が放送された

やっぱり  わたしには理解出来ない  
とても貧しい だけど懸命に生きている人達を見せた後で
なぜ あの言葉が必要なのかが  どうしたって解らない
100人の村に譬えなくても  わたし達は恵まれている
観ただけで解る  日本人はそんなにバカなのだろうか

そのことを除けば  観てよかったと思う

もしわたしが  
父を殺され 母は病に倒れ 今日食べる物も無く ゴミ山で働き 
家族を支えようと頑張る 12歳マニカだったら

もしわたしが
「将来恐ろしいことになる」 と医者に診断された我が子に
薬を買ってやるお金さえも無い 13歳ナディアだったら

もしわたしが
死の粉塵を吸いボロボロの体になっても 暗く冷たい洞窟の中で
働き続けなければならない 11歳アルベルト 10歳ファンだったら


どんなに哀れんでも エゴでも自己満足でも良いから

「助けて欲しい お金が欲しい」切実に思うだろう

「この子の為なら 誰かを殺したっていいわ」
まだ13歳の彼女がそう言ったが 貧困が言わせているのだ 


ベルマーク募金 古切手募金 クリック募金 盲導犬募金

子供の物は出来るだけ 「save the children」で買う
(save the childrenは売上金の一部が世界中の
 恵まれない国に住む子供達に寄付されます)         

山のようにある募金箱には 「良いことがあった日だけ」
あなたも幸せに・・と その時出会った募金箱に小銭を入れる

これが 今のわたしに出来る 精一杯のボランティア
とても書き出しの少年の様なことは出来ません  彼は凄いのだ

たったのそれだけをしても 
子供に予防接種を受けさせることが出来た母親の喜んだ顔や
美味しそうに ご飯を食べる子供達の顔が浮かんでしまう
これは まぎれも無く自己満足の世界  あつかましいくらいだ

たったの1円 たったの10円 たったの100円だけど
たったのそれだけを欲しいと思いながら 死んでいく人は大勢いる

これからも続けて行こう