先日、仕事先に向かう途中のスポーツショップで、ちょっとした人だかりができていた。駅構内にあるショップで、人の行き来は多いものの、こうして人だかりができるのは珍しい。どの人もスーツの上にコートを着込んだ50代中~後半頃のサラリーマンとおぼしき方々で、みないい笑顔で何かに見入っている。
急いでいたので、立ち止まることはできなかったのだが、何だろうと目線をそちらに向けると、人だかりの隙間から、白黒の画面がのぞけた。よく見ると、それは力道山の試合だった。覆面を被っている対戦相手は、おそらく「白覆面の魔王」と異名をとったザ・デストロイヤーだったと思う。
力道山対デストロイヤーといえば、力道山の晩年に名勝負を繰り広げたことで有名だ。力道山が刺された日に、実は呑みに誘われていたとデストロイヤーは述懐していて、翌日アメリカに帰国するために誘いを断ってしまったことを、今でも彼は後悔しているらしい。
かつての映像を食い入るように見つめていた人々は、おそらくこの試合が行われた40年以上前に少年だったのだろう。日本国中が力道山の空手チョップに熱狂し、街頭テレビに黒山の人だかりができた時代を、直接は知らないけれど、プロレスが確実に人々の希望を背負っていた時代のスーパースターへの憧憬は、長い年月を経た今でも、心の奥にしっかりと息づいているのかもしれないと、彼らの笑顔を見て思った。
急いでいたので、立ち止まることはできなかったのだが、何だろうと目線をそちらに向けると、人だかりの隙間から、白黒の画面がのぞけた。よく見ると、それは力道山の試合だった。覆面を被っている対戦相手は、おそらく「白覆面の魔王」と異名をとったザ・デストロイヤーだったと思う。
力道山対デストロイヤーといえば、力道山の晩年に名勝負を繰り広げたことで有名だ。力道山が刺された日に、実は呑みに誘われていたとデストロイヤーは述懐していて、翌日アメリカに帰国するために誘いを断ってしまったことを、今でも彼は後悔しているらしい。
かつての映像を食い入るように見つめていた人々は、おそらくこの試合が行われた40年以上前に少年だったのだろう。日本国中が力道山の空手チョップに熱狂し、街頭テレビに黒山の人だかりができた時代を、直接は知らないけれど、プロレスが確実に人々の希望を背負っていた時代のスーパースターへの憧憬は、長い年月を経た今でも、心の奥にしっかりと息づいているのかもしれないと、彼らの笑顔を見て思った。