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晴耕雨読

長いサラリーマン生活を終え、悠々自適の生活を楽しんでいる60代
と言ってスタートしたがもう古希を迎えた

おもちゃの修理 同じ部品が壊れることが多い

2011-01-16 | 趣味の仲間
冬らしい天気で寒い、一日家に籠っておもちゃの修理をする。
自転車ボランティアの施設から持ち帰ったおもちゃのSL。
汽笛を鳴らしながら走るものだが、走らなくなっていた。
調べたらピニオンギヤがなくなっていた。

モーターの回転を車軸に伝えるギアだがこの種のおもちゃではよく壊れるものだ。
プラスティック製のため割れが入ることが多いのだ。
我が家にあった昔のおもちゃを見たら金属製でしっかりとしている。
作りやすさからプラスティックにしているのはいいがこれだけ壊れやすいものでいいのだろうか?

先日修理したこのSLも同じピニオンが欠けていた。
子供たちの扱い方はものすごく荒い、ことを考えるとこの辺の力のかかる部分は丈夫にすべきだ。
あまり丈夫すぎるとメーカーも困るのかもしれないが。
これがおもちゃでなく自動車だったらすぐにリコールになるだろう。


電気アシスト自転車

2011-01-15 | 我が家の出来事
昨日は2人の孫の幼稚園への送り迎えに出かけた。
次女の都合でしばらくは週に1~2度は手伝わなければならない。
幼稚園の駐車場は台数が限られているため自家用車での送迎は近所迷惑となるため自転車が都合よい。
自転車で約15分くらいのところを送迎で3往復したが結構体にはきついものがある。


これだけの距離を動くには電気アシスト自転車が有効だが、問題も多い。
まず車体が異常に重いこと、子どもを乗せるために頑丈に作ってあるのかもしれないが。
女性が子供を乗せたりおろしたりするのに手間がかかるし危なっかしいこと。
滅多にないことかもしれないがバッテリー切れの時、普通の自転車より何倍かの力がいること。

そして価格が高いこと、普通の自転車の数倍はする。
購入して3年経ったがもうバッテリーが弱くなって連続では30分も持たない。
幼稚園への片道は電源を落として自力で何とか動くようにしているが重くて大変だ。
バッテリーの交換では2~3万円はするらしい。

以前共働きをしていた長女の子どもたちの送迎も経験した。
あまりにちょくちょく顔を出していたので、先生や子供たちに顔を覚えられたことがある。
この幼稚園でも回数が多くなってきたので顔なじみになってしまった。
女性でも老人でも軽快に使える自転車がほしいものだ。

新年会を楽しんだ

2011-01-14 | 趣味の仲間
自転車ボランティアは市のごみ処理場にあるので暖房は強すぎるくらいで快適に仕事ができる。
相変わらずいろいろな自転車が集まるものだ。
小型の電動2輪車があったが、ハンドルにあるアクセルがうまく動かず四苦八苦する。
これに時間をとられ2~3台しか整備することはできなかったが、好きなことができ満足だ。

夜おもちゃドクターの会の新年会があった。
まだ現役で働いている者や自宅が遠い者以外はほぼ全員出席の大盛況。
これだけ会員が集まる機会は少なく今まで知らなかった個人情報なども聞くことができ親睦が深まった。
いろいろな経歴を経て、今はおもちゃを修理する共通の目的を持った仲間だけに和気あいあいそのもの。

1日に2つの行事をするのは疲れるが、今週は他の予定もたくさんあって変更できない。
予定表はいっぱい詰まっている、少し制限しないといけないと思いながらも断りきれずに増えていく。
暇でぼんやりしているよりはいいか、老後の生活としては文句がないか。
それにしても昨夜は飲みすぎた、体が少しだるいがまた隣町まで出かけなければならない。

理科の会も活動開始

2011-01-13 | ボランティア
夜明けが一番遅い時期なのだろうか、6時でもまだ真っ暗で空には金星が明るく光っている。
気温も部屋の中で3~4度ともっとも寒いこの頃だ。
孫たちが帰って老夫婦だけの寂しいが静かな生活が戻ってきた。
2世帯住宅に住む人たちはどんな気持ちなのだろうかと思ったりする。

昨日は理科で遊ぼう会の初会合、次回の授業のリハーサルと検討会。
出席者各位の熱心な発言で2時間はあっという間に過ぎてしまった。
講義内容は豊富で6年生の授業時間内で終われるようにカットするのがとても大変なようだった。
月に2回の定例作業日だが来週も引き続いて検討する、きっと素晴らしい講義になるだろう。

会場までの30分は自転車で往復する、寒さが厳しくなると嫌だが自転車をこいでいる間は暖かい。
作業に必要な工具鞄を後ろに積んで出かける、格好悪いが自転車の古チューブで縛るのが一番良い。
会員が分担して作ってくれたモーター部品も家まで持ち帰るが、途中で部品を2回も落としてしまった。
拾おうとするが思うように動けず後ろから来た男性が拾ってくれた、年寄に見られたようで複雑な気持。

孫を相手に奮闘した3日間

2011-01-12 | 我が家の出来事
2歳の女児と5歳の男児、2人の孫が3日間泊りがけで遊びに来る。
普段の日は父親と遊べないので格好の遊び相手をやらされる。
朝から晩まですごいエネルギーに圧倒されくたびれ果ててしまった。
このエネルギーを少し分け与えてほしいものだ。

疲れも知らないくらいに一日中遊びまわる。
挙句の果てには私のベッドをトランポリン代わりに飛び跳ねる。
広くない部屋で暴れられハラハラドキドキで目が離せない。
無茶をした時にどれくらい叱ればいいのかわからず困ってしまう。

この子たちのすごいのは、何にでも興味を持っていることだ。
我が家の雨戸の開け閉めまで自分でやりたがる。
時計の電池交換をしているとドライバーを取り上げられる。
私にはもうとっくに失せているこの好奇心は貴重だ。

今幼稚園に送りがてらに皆を家まで送って行き今ようやく解放されて帰宅した。
これから理科の会の初会合で自転車で30分かけて出かける、今年も忙しくなりそうだ。
各グループでの新年会がこれから5つも予定がありそちらの方の忙しさもばかにならない。
忙しくしている方がぼんやりするよりは楽しいと思える間は頑張ろう。

引越しの手伝い

2011-01-11 | 家族
日曜日に横浜市内にある叔父叔母の家の引っ越しを私と弟妹計4人で手伝った。
父の妹である叔母も今年90歳になったが、今までの家が老朽化したので立て替えたのだ。
叔父は長年建築業を営み、一般家庭の木造建築を主に建築してきた。
故郷にいるころは私たちと同居していたのでこちらでの生活では親同様に面倒を見てくれた。

若いころは大工の棟梁として内弟子を何人か抱えて仕事に打ち込んでいたものだった。
先日取り壊した故郷の我が家もこちらで材料を加工して新潟まで運んで作ってくれたものだった。
今住んでいるこの家も一番弟子を使って建ててくれたもので、40年経った今でもしっかりしている。
後を継ぐ者がなく会社は止めたがつい最近まで自分の家の修理は自分で手掛けていた。

叔父の家は私が入社した会社から比較的近くにあったので毎週顔を出して甘えさせてもらった。
弟や妹も上京してから折に触れては顔を出し従弟妹は兄弟のように付き合っていたものだった。
最近は2人とも体調を崩して我々にSOSを出すようになったが急な呼出には応えられないことが多い。
今回は予定が決まっていたので4人そろって手伝うことができた。

今までとは違って狭い家になったが老人の2人家族では十分だろう。
建築期間中に借りた近くのマンションから新居までの引っ越しだった。
仮住まいに移るときに不用品を大量に廃棄したので物は少なってはいるものの仕事量は結構あるものだ。
何とか一日がかりで引越しが終わってほっとした、長生きしてもらいたいものだ。

どんと焼き

2011-01-10 | 我が家の出来事
昨日は町内のドント焼きだったが所用で参加できなかった。
ついこの間までは14日に行うことになっていたのだが、最近は休日にするようになったらしい。
地元の長老が14日を譲らなかったのだが、時代の波の押されてしまったのか。
成人に日もいつの間にか15日ではなくなってしまった、これでいいのだろうか?

私たちが毎週日曜日に野球を楽しんでいるグランドで行っている。
近くの地主から提供された大きな竹を数本組んでその周りに正月の松飾やだるまなどを入れて夕方に火をつける。
桑の木の枝にもち米で作った団子を刺してこの火で焼いて食べ健康を祈る。
昔は畑だったこの辺も今や住宅地になっていて吹き出る火の粉が怖いくらいだ。

私が子供のころ故郷では左義長と呼んでこの行事が行われた。
正月が過ぎると子供たちが町内の家々を回り正月飾りやかけ軸などを集めたものだった。
そして当日は、意味は分からないが、「上のボウ、下のボウ、ボウボウ左義長」と大声で歌って町内を回った。
そして海辺に大きな穴を掘って火を燃やした覚えがある。

各地でいろいろな形で左義長行事が残っているようだが、都会地ではできる場所も少なくなっている。
こういう伝統行事がどんどんと消えていくのはさみしいが、時代の流れというものでしかたがないのか。
子供の頃訳も分からずみんなで歌って(叫んでいた)ことが、意味のある内容だと分かるとそれもうれしい。
故郷の地方の方言なども混ざった歌など、機会があったら調べてみたい。

おもちゃ病院と便利屋稼業の初仕事

2011-01-09 | ボランティア
市内でも車で30分はかかるところにある子どもセンターでのおもちゃ病院。
グループ内でも最も気がの置けない仲間4人がドクターになる。
客は4人だけだったが内2件は難しく、時間のかかるもので入院扱いとなった。
他の2件は時間内に無事修理が完了して子供の笑顔を見ることができほっとする。

入院したクレーンゲームはよくお目にかかるものだが修理に非常に手間取る相手だ。
よくできたおもちゃだがメカ系の故障が多いようで、保証期間が過ぎた頃に壊れるケースが多い。
仲間内でも評判の手のかかる代物だがいつか自分でも時間があれば手掛けたい。
日曜日はおもちゃドクター全員が集まる日なのでそこで経験のある人から教わることにした。

家の返ってほっとするまもなく、自治会内の友人からSOSのメールが入った。
洗面所の電球を交換したが転倒しないので見てほしいというもの。
早速出かけてみると蛍光型電球の不良だった。
この程度のことでも呼んでくれれば喜んで協力できる、老人家庭の多いこの地区で私を有効に使ってくれればこちらも嬉しい。

家に籠って1日中おもちゃの修理

2011-01-08 | ボランティア
流石に寒に入って寒さが身に沁みるようになった、今朝の我が家の居間は3℃と今冬最も寒い。
昨日は午前中だけ日が当たって暖かい部屋に籠っておもちゃを相手に奮闘する。
自転車ボランティアのついでに家で修理しようと持ち帰ったラジコン車などである。
暖房なしでも太陽の熱で寒さをしのげる時間は大切にしたいものだ。

最初は簡単そうなセサミストリートの縫いぐるみ、手についたスイッチを押すと鳴き声を出す。
動かないということだったが、電池ボックスを磨いて新しい電池を入れただけで正常に動作する。
最近お若い母親(父親も)たちは電池交換すらしない人が多い。
多分このおもちゃの持ち主もそうだったのかもしれない、電池交換など面倒だから捨ててしまえという人が増えているようだ。

ラジコン車が2種類あった、1つはこの6輪駆動の戦車だ。
たぶん自分で組み立てて遊んだあとは飽きてしまい、寄付してくれたのだろう。
部分的にかけたりしていたが動作は問題なかった。
これは安く買ってくれる人がいるかもしれない。

もう1台のラジコン車は難しかった、2年くらい前にリモコンだけがあったので残しておいたが、最近車本体が見つかったのだ。
リモコンも車も同じ会社製だったのでこの組み合わせで動くだろうと思ったのだが。
リモコンの発信機は動作しているのを確認したが、うまく動いてくれない。
これからゆっくりと修理を楽しめる。

今年の初仕事 自転車ボランティア

2011-01-07 | ボランティア
自転車ボランティアの仕事始め、今年も忙しくなるぞ。
この施設では4日から始動しているという、皆元気な笑顔で迎えてくれた。
仕事はいつも通りに動いており、笑い声が絶えない素晴らしい職場だ。
寒の入りで外はかなり寒くなったが、職場は暖房が利いて快適な温かさだ。

最近の傾向ではマウンテンバイクが多かったが昨日はいわゆるママチャリが中心。
整備するのは比較的簡単だが、皆癖のあるものばかりでなかなかすぐには出来上がらない。
利用者からはひっきりなしに救いを求める声がかかり自分の仕事に集中できないのは仕方がない。
一日働いて完成したのは1~2台どまりだった。

その代りでもないのだが修理すべきおもちゃが沢山でていた。
市民から不用品として持ち込まれているのだが、動作確認して不合格のものを溜めておいたものだ。
電池で動くぬいぐるみ、ラジコンカーなど、即座に手掛けたいものばかりだ。
自転車の仕事がメインで来ているので、おもちゃは自宅に持ち帰り修理することにした、今年も楽しみが多い。

パソコンあれこれ

2011-01-06 | 趣味の仲間
3日に長女一家が遊びに来た時に婿殿にパソコンの設定をお願いした。
通常はパソコンを私の書斎(ほぼ物置に近い)に置いてあるのだが、北向きの6畳間は冷蔵庫だ。
そこで無線LANを使って居間でパソコンができるようにしたが、外付HDDや印刷のためには冷蔵庫まで行かねばならない。
家庭内LANを使って暖かい部屋にいながらにしてこれらのことができるようNAS(NetworkAttachiedStorage)を設置した。

機械は以前からあったのだが接続方法がわからなくなりこの1年間くらい使っていなかったのだ。
それをいとも簡単に接続してくれた、さすが現役の技術者だ。
まだまだ教わりたいことがあったが、入力可能な容量を超えてしまったので次の機会にすることにした。
パソコンの情報誌を読んでもなかなか理解することができなくなってしまい歯がゆい思いをするこの頃だ。

Googleの提供している写真整理ソフトPicasaを何とかものにしたいと思っている。
先日おばちゃん相手のパソコン教室で熱心な(?)生徒さんに追いかけられて困っている問題があるのだ。
内容はどうでもよいことなのだが、彼女が納得してくれないのだ。
納得させうる説明ができないのは悔しいので次回の教室までには絶対調べておきたい。

正月休み最終日 おもちゃに手を付ける

2011-01-05 | 趣味の仲間
自分の正月休みとしては最終日となった、早速おもちゃを手掛けることにした。
孫が大切にしているくまのぷーさん、腕のところの赤いスイッチを押せば音楽が出るというもの。
これがならなくなったので何とかしてほしいと、の催促。
何のことはない分解したら予想通りボタン電池の交換で済んだ。

次は男の子の孫、どこかの水族館で買った太陽電池を使ったライト、これがつかなくなったという。
例によって早速分解、中に充電式のボタン電池が入っていた。
この電圧が低下してLEDを点灯できていなかった。
外部から直流電源でしばらくの間電池を充電、5V位まで上がったところでつなぎ変えたらOKとなる。

こんな小さな太陽電池パネルでLED3個をかなり明るくつけることができるとは驚いた。
ウェブで調べたら同じように分解していた人がいた、彼は電池を交換したようだった。
太陽電池そのものは光を感じて電圧を出してはいるが、これだけの電力を出せるのだろうか?
仕様書では4~5時間充電すれば1時間くらいは使えるとあった、なるほど。

正月料理がたくさん残った 処分にしばらく時間がかかりそうだ

2011-01-04 | 我が家の出来事
正月料理がたくさん残っている。
もともと余計なものを作ったりしないはずなのにこういう時ばかりは作りすぎる癖があるようだ。
雑煮、お汁粉はまだまだあって、朝食は当分このまま続きそうだ。
餅は大好きだが連続であと何日か続くと思うと…。

老人が餅を喉に詰まらせる事故が今年もニュースで盛んに出ている。
昔父がよく喉に詰まらせて、妻が吐き出させたことが何回もあった。
私もそういう世代になって、妻曰く「私が外出しているときは餅を食べないこと」と。
今年は我が家で搗いた以外に、娘たちの嫁ぎ先からもたくさん餅をいただいた、気を付けて食べよう。

おせち料理も残っている。
今の子どもたちは昔の料理を食べようとしない。
酢のものはもちろん、田作り、海老の佃煮、昆布巻き、など手を付けようともしない。
これらの処分にも数日かかりそうだ。

毎年正月になるとメタボが気になる。
明らかにBMIが上昇して一般に言われる注意点を超えてしまう。
普段はあまり気にしていないのだが、食事の量の多さと運動不足が重なっていかんともしがたい。
正月休みは今日までだ、明日からまた忙しい生活になるから自然と元の体型に復活するとは思うのだが。

近くの神社に初詣

2011-01-03 | 我が家の出来事

ここ数年は2日は来客がない日なので近くの神社に初もうでをする習慣になっている。
快晴だが風は冷たい、歩いて20分くらいで行ける地元の神社だ。
昨年の無事を感謝し、今年の家内安全を祈願した。
元日の混雑はなく静かにお参りができた、遠回りをして家まで買える、夫婦で歩くことはめったにない。

今朝テレビで鳥取地方で大雪による停電のニュースが出ていた。
暖房が使えないで困っているという老人が映っていた。
我が家ではこういう事態に備えて石油ストーブを用意している。
滅多に使うチャンスはないだろうが数少ない我が家の危機管理だ。

昔は停電が頻繁にあった、当時は暖房器具に電気を使うことはなかったので照明が問題だった。
我が家には古い行燈があった、角型の格好の良いものでろうそくの明かりを直接見せないで風情のあるものだった。
風呂場は土間を歩いて行く場所にあったが、そこの照明は石油ランプだった。
いずれも今は使い物にならない、今回の土蔵の解体で消えてしまったかもしれない。

今日は山梨に帰省している長女の一家が来ることになっている。
子供たちは小学校の上級生になっているので騒々しくはない。
いつもマージャンなどをして遊んでいくが、今年は百人一首を教えたい。
私が小学6年の頃は百首全部を暗記でき、親や兄弟で競い合ったものだった。

家で初日の出を仰ぐ 今年も平凡な元日だ

2011-01-02 | 我が家の出来事
毎年正月は子供たち家族が来てくれる。
元日は長男家族と次女家族、合計9名が来てにぎやかな正月となった。
孫たちの相手はもっぱら私の担当である、1歳半の女の子に「じいじい」と呼ばれ思わずほほが緩む。
小3と幼稚園年中の男の子が機械に興味を持って私と一緒に分解修理をしたのには頼もしさを感じる。

3賀日の朝は雑煮とお汁粉に決めてある、今年の餅は上出来であった。
昼はみんなで手巻き寿司にする、大勢で食べるとまたおいしさが増す。
我が家では正月に昆布巻きを必ず作っているが、子どもたちは一切手を付けず私だけが大好きで食べている。
ニシンを日高昆布で巻いてかんぴょうで縛って煮る、妻が母の料理を受け継いでくれた。

朝故郷から鮭の「塩引き」が送られてきた。
鮭の腹を裂いて塩を大量にまぶし、頭を下にして寒風にさらして干す独特の製法で、最近はテレビでもよく紹介されている。
子供のころは正月の定番料理だった、他にはない味わいだ。
元日早々届けてくれる宅配便の業者さんは大変だ、競争が激しくて休めないのだろう。

年賀状が届いた、年に1度の便りとなっているものが多いが無事の消息を確認できる。
中学校時代の英語の先生から今年も来た、今でも英語のボランティアをしているという。
懐かしくなって長文のメールを打ってみた、もう50年も会っていないが年賀状だけは続けている。
平凡だが満足できる元日、今年も良い年であってほしい。