<「パンデミックもありうる」と認めたWHOの発言と共に、世界の株式市場は暴落した。もし新型コロナウイルスが2020年最大のニュースになるとしたら、世界はこれから何に備えればいいのか>
新型コロナウイルスの感染拡大で、世界経済への影響が当初の想定よりも深刻なものになりそうだという見方が強まり、2月24日は世界的に株価が大きく下落した。WHOは同日、パンデミック(世界的な大流行)の状態には「まだ至っていない」としつつも、今後パンデミックに発展する可能性は高いとの認識を示した。
専門家の間でも、徐々にこうした見方が強まっている。この1週間の間に、韓国やイラン、イタリアといった複数の国で感染者が急増。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の発生源とされる中国とのつながりがなくても、感染が確認される例が増えている。また恐ろしいことに、感染例が少ない国でも死者が出ており、まだ明らかになっていないさまざまな感染パターンがあることが伺える。
もしそうなら、新型コロナウイルスの感染拡大は2020年の最重要問題となるだろう。世界がこれほどの規模の感染症に直面したことは、ここしばらくなかった。
1968年に流行した香港風邪は、世界で約100万人の死者を出したが、今回の新型コロナウイルスに比べると死亡率はかなり低いように思える。今回のウイルスの死亡率(感染者が死亡する率)はまだ定かではないが、1918年に大流行して5000万人を超える死者を出したスペイン風邪と同程度になりそうだ。当時に比べて医療技術は大きく進化しているものの、グローバル化と人口増加が進んだという点では感染症に対してより脆弱になっている。
新型コロナウイルスの感染拡大がさらに深刻化した場合、世界はどうなるのか。最初に感染拡大の打撃を受けた中国の例を基に予想するとこうなる。
<1.世界封鎖>
中国政府は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて7億人を超える人の移動を制限し、このうち1億5000万人に対して自宅待機を義務づけた。現在は、経済の崩壊を防ぐために、これらの制限措置を緩和して人々を仕事に戻そうとしているが、湖北省武漢市ではいったん発表された封鎖緩和がわずか3時間後に撤回されるなど、混乱が生じている。北京や上海の街頭も依然、閑散とした状態が続いている。
都市封鎖は既に中国経済に打撃をもたらしつつある。指導部が各種工場の再開を促しているのもそのためだ。各企業の売り上げは大幅に落ち込み、小規模企業は既に破たん寸前の状態だ。中国の港を出港する貨物船には、ほとんど貨物が積まれていない。
事態がさらに悪化すれば、その打撃は中国以外の国にも及ぶことになる。中国からの輸入に頼っていた諸外国の企業は既にサプライチェーンの混乱に見舞われており、それが経済の中枢を脅かしているケースもある。24日の世界的な株安も、まだ感染拡大のリスクを完全には織り込んではいない可能性があり、今後の状況次第ではさらなる暴落も予想される。
<世界が世界から孤立する>
中国の景気悪化は、春節(旧正月)の間にウイルス感染が拡大して、大勢の人が郷里に帰ったまま職場に戻れなくなったことでさらに深刻化した。各企業の事業所や工場は今後もまだ閉鎖状態が続く可能性が高い。人員不足は大手企業のサービスにも及んでいる。
中国以外の国でもこうした事態が待ち受けている可能性がある。それが民主主義国であれば、中国のような専制的な封鎖や移動制限には頼らないかもしれない。たとえば韓国南部の大邱市は教会で集団感染が発生したため「特別管理地域」に指定され、防疫態勢が強化されているが、規則の順守は任意だ(おおむね順守されている)。イタリアで新たに設けられた「立ち入り禁止区域」は、韓国よりは規則が厳しいものの、規模や厳密さでは及ばない。インドのように市民生活に対する各種規制が常態化している国でさえ、中国のような強硬措置を取ることはできないかもしれない。
だが海外渡航に関しては大胆な措置が取られており、各国の航空会社は中国路線の運休や減便を行っている。大部分の専門家は、渡航制限にウイルス拡散防止の効果はないという意見で一致しているものの、感染がさらに拡大すれば、今後数週間か数カ月にわたって、海外への渡航がさらに難しくなることが予想される。世界各地から人が集まるイベントも延期や中止が増える可能性が高い。既に複数の国際会議が中止になっている。
<2.買い占め>
中国国内では、当初懸念されていたほど物資不足は深刻ではない。配達員たちの英雄的な仕事のお陰もあり、感染拡大が最も深刻な地域でも食品や水が手に入る状況だ。だが香港では、中国本土に比べて感染者が少ないにもかかわらず、多くの店舗で商品棚が空になっている。消費者がトイレットペーパーなどの日用品を買い占めているためだ。イタリアでも、大勢の人々がスーパーマーケットに押し寄せている。世界的にも、マスクなどの医療物資が供給不足の状態だ。
感染拡大への不安が広がるにつれて、買い占めが頻発するようになるだろう。特に香港やイタリアのように、政府の対応能力に対する国民の信用が乏しい地域ではその傾向が強くなる。香港では当局が中国政府の言いなりと見られており、今も反政府デモが続いている。イタリアでは無能な官僚への不信感が根強く、特に災害発生時の対応の信用は低い。通商路に支障が出れば、直ちに物資が不足して買い占めがさらに激しくなる可能性が高い。
<3.人種差別と分断>
コロナウイルス発生当初、感染がまだ中国国内に限られていたころから、世界にアジア人差別が広まった。中国のパスポート所持者に対する見境のない差別や、暴言や脅しもあった。中国国内でも、新型コロナウイルスの発生源となった湖北省の人たちが迫害されている。アジア諸国では華僑がターゲットになり、欧米では、国籍がどこだろうとアジア人に見える人はいつ標的になるもわからない。
<死ぬ必要のない死者が出る>
自然災害はときに、人々を結束させてきた。1999年にトルコ北西部で地震が発生したときは、対立していた隣国ギリシャと助け合い、それがきっかけで外交関係も好転した。WHOなどの疾病対策機関は、国際協力の希望の星だった。
しかし、新型コロナウイルスではなぜか協力関係がほとんど見られず、代わりに陰謀説がもてはやされている。中国、あるいはアメリカの陰謀という説だ。中国政府はアメリカからの支援の申し出を断り、国粋主義的な反米レトリックを強化している。中国のメッセージアプリ「WeChat(微信)」では、新型ウイルスはアメリカから来たという陰謀説が、検閲後も削除されずに残っている。2月半ばに、攻撃的な国家主義者として知られる趙立堅が、中国外務省の副報道局長に就任したのも不気味だ。
感染がさらに広がれば、世界各国の中国に対する姿勢も厳しさを増すだろう。中国重視の姿勢を見せてきたカンボジアのフン・セン首相やパキスタンのイムラン・カーン首相にとっては、新型コロナウイルス流行は、中国政府に取り入るチャンスだ。独裁を目指す国家なら、中国の強権的で「効率的」なやり方に学ぼうとするのも無理はない。だが中国の台頭を懸念する人に言わせれば、新型ウイルス発生当初に中国政府が行った隠ぺい行為だけでも、世界的流行の責任をなすりつけるのに十分だ。
<4.システム的な故障>
これらすべてが、相互に事態を悪化させる。国や都市を封鎖すれば恐怖を煽る。恐怖は市場を歪ませ、生産性を破壊する。分断は国際協力を不可能にし、渡航制限を招く。最も危険なシナリオは、ウイルスの影響が巡り巡ってシステム全体を崩壊させるシナリオだ。
世界は、そのシナリオがどのようなものかを武漢ですでに目にしている。ウイルスによって、かねてから脆弱だった医療システムは完全に機能が停止してしまった。その結果、人数は不明だが、死ぬ必要のなかった死者が出た。彼らが命を落としたのはウイルスのためではなく、治療のための十分なベッドや機器、救急車が足りなかったからだ。
中国は、一人当たりで見ればまだ貧しくても、国としては膨大な富と人的資源を有している。インドやインドネシアなどの国々は、巨大な人口を抱えていても資源はかなり少なく、より厳しい状況に陥るかもしれない。医療から銀行にいたる日常的なサービスが機能停止になれば、その波及効果は壊滅的なものとなるだろう。
そうした事態はどれも、防げないものではない。人間は危機的状況に直面すると、非常に粘り強くなって順応性を発揮し、協力的になる。もしかすると、ワクチンが予想より早く完成するかもしれない。夏が来れば、ウイルスの拡散スピードが弱まる可能性もある。
ウイルスとの戦いでは、検疫や規制より、一般の人々に対する教育のほうがはるかに大きな威力を発揮する。世界のリーダーたちが立ち上がり、このリスクに真剣に取り組めば、の話だが。
From Foreign Policy Magazine
ジェームズ・パーマー(フォーリン・ポリシー誌シニアエディター)
新型コロナウイルスの感染拡大で、世界経済への影響が当初の想定よりも深刻なものになりそうだという見方が強まり、2月24日は世界的に株価が大きく下落した。WHOは同日、パンデミック(世界的な大流行)の状態には「まだ至っていない」としつつも、今後パンデミックに発展する可能性は高いとの認識を示した。
専門家の間でも、徐々にこうした見方が強まっている。この1週間の間に、韓国やイラン、イタリアといった複数の国で感染者が急増。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の発生源とされる中国とのつながりがなくても、感染が確認される例が増えている。また恐ろしいことに、感染例が少ない国でも死者が出ており、まだ明らかになっていないさまざまな感染パターンがあることが伺える。
もしそうなら、新型コロナウイルスの感染拡大は2020年の最重要問題となるだろう。世界がこれほどの規模の感染症に直面したことは、ここしばらくなかった。
1968年に流行した香港風邪は、世界で約100万人の死者を出したが、今回の新型コロナウイルスに比べると死亡率はかなり低いように思える。今回のウイルスの死亡率(感染者が死亡する率)はまだ定かではないが、1918年に大流行して5000万人を超える死者を出したスペイン風邪と同程度になりそうだ。当時に比べて医療技術は大きく進化しているものの、グローバル化と人口増加が進んだという点では感染症に対してより脆弱になっている。
新型コロナウイルスの感染拡大がさらに深刻化した場合、世界はどうなるのか。最初に感染拡大の打撃を受けた中国の例を基に予想するとこうなる。
<1.世界封鎖>
中国政府は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて7億人を超える人の移動を制限し、このうち1億5000万人に対して自宅待機を義務づけた。現在は、経済の崩壊を防ぐために、これらの制限措置を緩和して人々を仕事に戻そうとしているが、湖北省武漢市ではいったん発表された封鎖緩和がわずか3時間後に撤回されるなど、混乱が生じている。北京や上海の街頭も依然、閑散とした状態が続いている。
都市封鎖は既に中国経済に打撃をもたらしつつある。指導部が各種工場の再開を促しているのもそのためだ。各企業の売り上げは大幅に落ち込み、小規模企業は既に破たん寸前の状態だ。中国の港を出港する貨物船には、ほとんど貨物が積まれていない。
事態がさらに悪化すれば、その打撃は中国以外の国にも及ぶことになる。中国からの輸入に頼っていた諸外国の企業は既にサプライチェーンの混乱に見舞われており、それが経済の中枢を脅かしているケースもある。24日の世界的な株安も、まだ感染拡大のリスクを完全には織り込んではいない可能性があり、今後の状況次第ではさらなる暴落も予想される。
<世界が世界から孤立する>
中国の景気悪化は、春節(旧正月)の間にウイルス感染が拡大して、大勢の人が郷里に帰ったまま職場に戻れなくなったことでさらに深刻化した。各企業の事業所や工場は今後もまだ閉鎖状態が続く可能性が高い。人員不足は大手企業のサービスにも及んでいる。
中国以外の国でもこうした事態が待ち受けている可能性がある。それが民主主義国であれば、中国のような専制的な封鎖や移動制限には頼らないかもしれない。たとえば韓国南部の大邱市は教会で集団感染が発生したため「特別管理地域」に指定され、防疫態勢が強化されているが、規則の順守は任意だ(おおむね順守されている)。イタリアで新たに設けられた「立ち入り禁止区域」は、韓国よりは規則が厳しいものの、規模や厳密さでは及ばない。インドのように市民生活に対する各種規制が常態化している国でさえ、中国のような強硬措置を取ることはできないかもしれない。
だが海外渡航に関しては大胆な措置が取られており、各国の航空会社は中国路線の運休や減便を行っている。大部分の専門家は、渡航制限にウイルス拡散防止の効果はないという意見で一致しているものの、感染がさらに拡大すれば、今後数週間か数カ月にわたって、海外への渡航がさらに難しくなることが予想される。世界各地から人が集まるイベントも延期や中止が増える可能性が高い。既に複数の国際会議が中止になっている。
<2.買い占め>
中国国内では、当初懸念されていたほど物資不足は深刻ではない。配達員たちの英雄的な仕事のお陰もあり、感染拡大が最も深刻な地域でも食品や水が手に入る状況だ。だが香港では、中国本土に比べて感染者が少ないにもかかわらず、多くの店舗で商品棚が空になっている。消費者がトイレットペーパーなどの日用品を買い占めているためだ。イタリアでも、大勢の人々がスーパーマーケットに押し寄せている。世界的にも、マスクなどの医療物資が供給不足の状態だ。
感染拡大への不安が広がるにつれて、買い占めが頻発するようになるだろう。特に香港やイタリアのように、政府の対応能力に対する国民の信用が乏しい地域ではその傾向が強くなる。香港では当局が中国政府の言いなりと見られており、今も反政府デモが続いている。イタリアでは無能な官僚への不信感が根強く、特に災害発生時の対応の信用は低い。通商路に支障が出れば、直ちに物資が不足して買い占めがさらに激しくなる可能性が高い。
<3.人種差別と分断>
コロナウイルス発生当初、感染がまだ中国国内に限られていたころから、世界にアジア人差別が広まった。中国のパスポート所持者に対する見境のない差別や、暴言や脅しもあった。中国国内でも、新型コロナウイルスの発生源となった湖北省の人たちが迫害されている。アジア諸国では華僑がターゲットになり、欧米では、国籍がどこだろうとアジア人に見える人はいつ標的になるもわからない。
<死ぬ必要のない死者が出る>
自然災害はときに、人々を結束させてきた。1999年にトルコ北西部で地震が発生したときは、対立していた隣国ギリシャと助け合い、それがきっかけで外交関係も好転した。WHOなどの疾病対策機関は、国際協力の希望の星だった。
しかし、新型コロナウイルスではなぜか協力関係がほとんど見られず、代わりに陰謀説がもてはやされている。中国、あるいはアメリカの陰謀という説だ。中国政府はアメリカからの支援の申し出を断り、国粋主義的な反米レトリックを強化している。中国のメッセージアプリ「WeChat(微信)」では、新型ウイルスはアメリカから来たという陰謀説が、検閲後も削除されずに残っている。2月半ばに、攻撃的な国家主義者として知られる趙立堅が、中国外務省の副報道局長に就任したのも不気味だ。
感染がさらに広がれば、世界各国の中国に対する姿勢も厳しさを増すだろう。中国重視の姿勢を見せてきたカンボジアのフン・セン首相やパキスタンのイムラン・カーン首相にとっては、新型コロナウイルス流行は、中国政府に取り入るチャンスだ。独裁を目指す国家なら、中国の強権的で「効率的」なやり方に学ぼうとするのも無理はない。だが中国の台頭を懸念する人に言わせれば、新型ウイルス発生当初に中国政府が行った隠ぺい行為だけでも、世界的流行の責任をなすりつけるのに十分だ。
<4.システム的な故障>
これらすべてが、相互に事態を悪化させる。国や都市を封鎖すれば恐怖を煽る。恐怖は市場を歪ませ、生産性を破壊する。分断は国際協力を不可能にし、渡航制限を招く。最も危険なシナリオは、ウイルスの影響が巡り巡ってシステム全体を崩壊させるシナリオだ。
世界は、そのシナリオがどのようなものかを武漢ですでに目にしている。ウイルスによって、かねてから脆弱だった医療システムは完全に機能が停止してしまった。その結果、人数は不明だが、死ぬ必要のなかった死者が出た。彼らが命を落としたのはウイルスのためではなく、治療のための十分なベッドや機器、救急車が足りなかったからだ。
中国は、一人当たりで見ればまだ貧しくても、国としては膨大な富と人的資源を有している。インドやインドネシアなどの国々は、巨大な人口を抱えていても資源はかなり少なく、より厳しい状況に陥るかもしれない。医療から銀行にいたる日常的なサービスが機能停止になれば、その波及効果は壊滅的なものとなるだろう。
そうした事態はどれも、防げないものではない。人間は危機的状況に直面すると、非常に粘り強くなって順応性を発揮し、協力的になる。もしかすると、ワクチンが予想より早く完成するかもしれない。夏が来れば、ウイルスの拡散スピードが弱まる可能性もある。
ウイルスとの戦いでは、検疫や規制より、一般の人々に対する教育のほうがはるかに大きな威力を発揮する。世界のリーダーたちが立ち上がり、このリスクに真剣に取り組めば、の話だが。
From Foreign Policy Magazine
ジェームズ・パーマー(フォーリン・ポリシー誌シニアエディター)
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