伊藤浩之の春夏秋冬

いわき市遠野町に住む市議会議員。市政や市議会、日常の活動などを紹介していきます。

いわき市50周年 / たまたま街コン

2016年10月01日 | 市政
 朝7時、サイレンが吹鳴しました。

 毎月1日は交通事故ゼロの日。今月も交通安全には十分留意しよう。思いをあらためなければならないと注意を喚起されました。せっかくのサイレン吹鳴。その意味を市民に周知しなければならないと思います。

 そして今日、10月1日はいわき市が誕生して50周年の記念日でした。

 午前10時からは椿山荘で市政功労者表彰が行われました。

 自治功労、教育文化功労、産業功労、社会福祉功労、ボランティア功労で、長年の活動を認められ51人の方が表彰されました。おめでとうございます。



 午後1時30分からは市政50周年記念式典でした。親子都市を締結する由利本荘市、兄弟都市を締結する延岡市、姉妹都市のオーストラリアのタウンズビル市とアメリカ合衆国のハワイ州カウアイ郡などから出席をいただいて式典が行われました。





 遠路はるばる駆けつけてくれた姉妹都市のみなさんは、東日本大震災からの復興とこれからの市政進展に期待の言葉を贈って下さいました。ありがとうございます。

 記念のアトラクションで、いわき半世紀のあゆみの上映となどが行われる中、いわき合唱連盟といわき市役所合唱団の混声合唱団による合唱と県立の磐城高校、湯本高校、平商業高校の吹奏楽部が合同で「宝玉と王の杖」など3曲を披露、そしていわき市歌を吹奏楽伴奏のもと混声合唱団と式典出席者で斉唱する場面もありました。



 こうして歌うと自然と一体感のようなものが生まれるのですね。そんな感じがしました。

 式典のラストは小学生、中学生、高校生による「いわきの未来に向けたメッセージ」が発表されました。



 「いわき市が大好き」という小学生は、高齢者施設の近くに幼稚園や小学校などの施設を建設して世代を超えた交流ができるまちづくりをすすめることを求めながら、未来に向かって変わり続けるいわき市を望みました。

 中学生たちは、自然環境や都市環境などに対する愛着を語りながら、変わらないいわき市を望んでいました。

 そして高校生は、未来に向けた地域の脅威は「自分の故郷に関する興味や関心が薄れてきている」ことにあるとの考えをのべながら、地元に向き合っていく第一歩が「地元を知る」ことだと考えを述べました。

 その上で小中高校生で声をそろえて「どんなときでも一歩ずつ、手を取り合って、いわき市の未来に向かって歩いていこう」と呼びかけ、満場の拍手で受け止められていましたが、市議会議員としてもこの子どもたちの願いを裏切ることはできないなとあらためて思いました。

 式典終了後は会場をいわき椿山荘に移し、祝賀会が行われました。



 スパリゾートハワイアンズのダンシングチームのみなさんのフラダンスなどが披露され、50周年に華を添えていました。

 50周年記念式典が行われた会場の外などでは、いわき街中コンサートが実施されていました。

 いわき椿山荘前に出ると、フュージョンのバンドが音楽を奏でていました。



 リズミカルな音楽と、楽しそうな演奏者たちの表情。これいいなー。

 新川公園を通りかかると、元「あほうどり」の菊池章夫さんの声が聞こえてきました。いや声を知っているのではなく、歌詞の単語・・あれ何だったけかな・・とにかくその単語で彼だとわかったのでした。

 あほうどりはいわき発のメジャーフォークソング(いやニューミュジックというべきか)のグループ。私はほぼ同時代のNSPがかぶさってきてしょうがいグループです。

 NSPは、国立一関工業高等専門学校出身の天野滋、中村貴之、平賀和人で結成したバンドで、中学生の時だったと思いますが、NHKのFM放送で土曜日午後に放送されていたリクエスト番組でしきりに流され、全国的にも一定知られたバンドでした。メンバーのうち中村さんが、私の生まれた宮古市の出身です。

 「さようなら」「夕暮れ時はさみしそう」などよく聞いたものです。こちらのグループは解散し、その後中心メンバーの天野滋氏が亡くなっているので、もうその生の歌声を聴くことはできません。

 でも漏れ聞く音楽を聴いて思うのは、音楽っていいな、その思いだけです。


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