倉敷・大原美術館横「似顔絵・宏プロ」

倉敷・大原美術館横で長年・似顔絵を描き、お世話になっている者です。

大道絵師から見た実証的人相考⑪

2005-02-26 06:59:10 | 掲示版
 迷信といえば頭の大きさと能力の関係だ。古今東西、頭の大きな者は知力も優れていると信じられてきた。
 たしかにレーニンの頭は非常に大きく、作家マーク・トウェンは「デカ頭」のソバかすだらけの若者であり、画家ルーズ・ロートレックも大きな頭の持主で、足が異常があった事は知る人ぞ知る話である。
 しかし頭の大きさと優れた能力とを結びつけて早まった結論をおろしはいけない。頭が著しく小さいが偉大な人物も多く輩出している事である。
 人類学者アシュレー・モンタギューによれば、記録に残っている人類最大の脳は二八五0グラムでその持主は白痴であり、一方最も小さい脳は一0一七グラムで、なんとそ持主はかの有名な作家・アナトール・フランスと言うではないか。彼自身も己の頭が異様に小さい事を気にかけていたらしく、特別誂えのカツラで誤魔化していたのはそういう事を知っていたのであろう。
 ちなみに頭脳の平均的重さは一三五0グラムより一四00グラム。ゴリラは四三0グラム。夏目漱石は一四二0グラム。ツルゲーネフは二000グラムであった事を申し添えておく。

ところで大脳は左半球と右半球に別れている事は読者もご存知であろう。
 その左半球を「言語脳」と命名し、言語活動や論理思考を司ると考え、右半球の方は「音楽脳」と命名して音楽や情緒をを司ると考えたのは生理学者M・C・コバーリスだ。
 ところが大脳の両半球は耳の神経に交差して繋がっており、左脳は右耳、右脳は左耳。結論を言えば言語的素材は右耳で聞いた方が解かりやすく、音楽的素材は左耳で聞いている事になる。
 これを普遍し、画家(視覚)の適性は後頭部の発達した長頭型。音楽家(聴覚)の適性は側頭の発達した短頭型が多い。
 余談だが連合艦隊参謀の仙人参謀と言われた黒島亀人はこういう人相した者を偵察員に配属し、飛行機乗りの適性も人相で判断したと言われるがそれが九十パーセント以上当たっていたというから驚きである。・・・・閉話休題だ。
 ではあの有名な詩人ベルレーヌの肖像画を見てみると異様なぐらい右脳が発達していて、言語的素材を自由に振り回していた事納得できるが、ニーチェの場合だ。
 彼は四十五才のとき、梅毒で著しい精神障害をおこし、話すことがテンデバラバラで言語脳を完全に破壊されていたらしく、それを証明するように右側のヒゲが真っ白い事がやはり残された肖像で確認することが出来るであろう。
前号の東大・時実教授も口や舌、ノドの筋肉が健全であるのにも係わらず、喋れなくなくなった患者の死後、その脳を調べて見ると大脳の左半球
(言語を司る)、大脳皮質のコメかみの奥あたりが確実に壊れていたと言うから恐ろしい話じゃないか。

このように頭脳に於いても左右で違ったように人間の顔も右顔と左顔が違っているのである。
 筆者等ニガオエを長年描いて入るとすぐ解かるが読者諸氏も右から写した顔と、左から写した顔が意外に変わっている事を認識されているはずだ。
ある心理学者の実験によると喜怒哀楽と表情は右より左顔に顕著にあらわれると指摘している。
 ゆえに右顔で微笑していても左顔が引き吊っておればこちらに好意をあまり示していない事になる。
 ニガオエにおいても常に左顔を描くのは、その人の本質を突くくため、正塙をを得ているといえ、もし右から描こうとする画家には疑問を感じていいだろう。


もう一つつけ加えて措きたいのは赤ん坊の笑い顔は左右対称的でるが、大人のように意識的なものは非対称的な表情となると云うことだ。
 それは左右対称的な顔をしている時は、まさに情緒に浸っている時といってよい。喜び、満足、没入、陶酔、安堵、恐怖、驚愕、悲嘆、号泣等といった心情は、自ずからから表情は左右対称的な顔であらわれる。作為的ではない顔、つまり素直な心が創りだす顔は左右の歪みが生じないのだ。
 反対に非対称的な表情が出るときは心の流れは意識的であり、意図的、作為的になる。皮肉、嘲笑、苦笑,否定、批判、疑惑、意地悪、侮辱等の思いが心中を流れる時はこういう顔になるのである。
 ところで世の中で一番素直人間といえば赤ん坊であろう。赤ん坊の作る表情は寝顔であり、泣き顔であり、笑顔であるが、これらの顔は全て左右対称的であり、顔を歪める事はまずない。赤ん坊の心は情緒の世界に浸りこんでいる。
 しかし、赤ん坊はやがて幼児になる。その顔の表情はそろそろ左右非対称的になる。それはある年齢に達すると他所の子を罵ったり、攻撃的な表情をするからである。こう書いてくると、知性というと人々素晴らしい高級な心性の様に考えがちであるが、むしろ意地悪な心性、ズルイ心情こそ知性の始まりだという事なのだ。

無論、大人の世界でも人間関係に素直な人、己に正直な人、喜怒哀楽をそのまま受け入れる人等は左右対称的な顔になる。それは謹厳な人の顔も、またすぐ怒り出す単純な人の顔も作りだす顔は左右対称的の顔を作り出すという事だ。
 面白い事にそういう顔は左右対称の表情が幾万回と繰り返されるために、やがてには木の年輪と同じく、やがて顔の中に深く大きな皺が彫り込まれる。ゆえにその皺の後をたず訪ねる事によって、その人物の心の遍歴の総和を読み取る事が出来るのだ。
 たとえば自分の仕事に打ち込み、仲間と何でもストレート話せる生涯を送って来た農村や漁村の老人の顔(幾ら皺が多くとも)確実に左右対称の皺が見られる。謹厳な校長先生の顔についても、皺の寄り方のパターンが違っても同じ事がいえるのだ。
 これに対し騙し、騙される修羅の人間世界を生き抜いてきた人々、ありていに言えば政治家や投機商人、芸者置屋の女将の顔には確実に非対称的な皺が深く刻みこまれる。こういう社会では、人間との駆け引きでとても鷹揚な顔をしておれなく、人に接する際の表情もつい片側だけ強く引き攣るようになるのである。
 そこから人並み外れた左右不対称の表情をしている人、あるいは皺の跡を残す人を見る時、描く時、俺はその人人生のあり方に、本来ならば侵してしてはならない好奇心と警戒心を持ってしまうだ。



大道絵師から見た実証的人相考⑩

2005-02-23 15:05:56 | 掲示版
 「顔はその人の究極の芸術作品である」これは俺が似顔絵を描くときのキャッチフレーズだ。
 たしかに顔は「この不思議なるモノ」「この多用なるモノ」とも言いうるほど、見ていて或る時は感動し、飽きのこないモノはなく、つくづく最高の芸術作品と思うのはこの乞食エカキ一人だけであろうか。
 小さな身体につぶらな瞳の赤ん坊から、顔じゅう皺だらけの老人、色白の皮膚に黒い髪と瞳を持つ娘、赤茶けた髪にレンガ色に焦げた労働者。これら二の足ある生き者を描き続ける事にこそ、数々に増して俺の愛を繋ぐに足るものはないと神に感謝して描いている今日この頃である。
 こんな事を書くとお前はついこの間「現代はゾンビーのオンパレードで、似顔絵など描く気がしないと言ったじゃないか。その舌根の乾かぬうちに・・・とおっしゃる読者諸氏もおられるだろうが、たしかにこのクラゲ法師は骨も節操もないのだ。いい加減なのだ。その上、露悪家だ。
 己の正体をさらけ出すと世間から狂人扱いにされるとコンデス・デイアス先生は言うたが、仏眼を開いて十方をよく見たまえ。六道輪回に彷徨して三界出離に及ばんこたにゃ、クラゲも人間も五十歩百歩だろう。
 いまさら右や左、セクト化さた何々思想、宗教じゃあるまいし、自然のままが一番良いのだ。
 過大な宝石をはめ、ミンクのコートを着、過分な化粧をしている連中などは描く気がしないといったまでの事である。
 それはそうであろう。かのダビンチは芸術創作欲を燃やしめたジョコンダの唇の美しさは、その何も装わない自然の微笑ではなかったか。詩人ウイリアム・ブレークをして「女は神の傑作である」と歌わしめる美は、その自然のままの肉体であり、自然のままの瞳の美しさであったはずである。同じくウォーズ・ウォースをして「孤独の収穫者」を歌わしめたモノは、何等の粉飾を加えられない自然の田園での娘の美であった。
 日本於いても久米の仙人は、娘達が手拭いをかぶって洗濯している刹那、その美において神通力を失って雲より落下したというではないか。
 女は自然のままよく笑い、よく感激するという事だけで人生を明るくし、絵の対象となり得るのだ。
 又、こういう事を書くと本流より逸脱し、膏血のドロップスが流れぱっなしになるので止めるが、人の顔を見るには過分な装飾を剥ぎ取り、あるがままの姿を見ることが正鵠であると言いたかったのである。

 「広辞苑」をひも解くと「顔とは眉、眼、鼻、口のある頭部前面」とある。したがって顔と密接に繋がっている「頭部」を無視しては、人相考も片手落ちになるというものだ。まして話しというものは「上」から「下」に下げるのが順序というものである。
 そこで「頭」の格好によって素質、能力、あるいは性格を判断しょうとする骨相学「フイナラジー」の一端から始めるが、この学は十八世紀から十九世紀にかけて非常に盛んになった。あの偉大なる画家ゴヤの頭蓋骨が「一体どうなっているのか」と墓地から盗まれていたという有名な話があるが、たしかに人間の五感七情を司るのは頭脳である。
そこに眼を付けたのがドイツの監獄医で解剖学者であるフランシス・J・ガルで、日本では石竜子法眼が「形貌学」と称して発表、それを高嶋易断が受け継いだ訳だ。そのガルは骨相学見地から頭を四十二通りに分類、発表しているがここでは煩雑になるので前頭部、前頂部、後頂部、後頭部、側頭部の概略を述べ、その代わり大脳の右半球と左半球。顔の左右非対称。頭の大きさと能力等をあわせて説明する。

 後頭部(頭の真後ろ)ーこの部位が著しく発達しているは概して他人への思いやり厚く、自己を犠牲にしても人の面倒をよく見る。何でもドイツの動物学者が牝牛の後頭部に電流を流して試験した結果、牝牛が常に子牛を愛撫して呼ぶ状態を示したそうである。
 ちなみに人間に於いてもセックスで最高のエクタシーを感じるのは、この後頭部であるというのは医学的に証明されているが、これを持ってしてもこの部が愛情の代表機関である事が解かるではないか。

後頂部(後頭のテッペン)ーこの部位のよく発達したるは独立自尊強く、何事にも挫けない決行果断の性格である。
 反対につまり絶壁型と言われるのは往々短気で思慮浅く、一時的衝動で暴力を振るいがち。故に計画的知能犯は後頂部の発達した長頭型に多く、暴力犯は短頭型に多い事が統計で示されている。

 前頂部(額の上に或る頭部)ーここ高く、肉肥たるは慈悲心に富み、徳高く尊宗性あり。反対に肉薄く、骨突き出しているのは気持ち鋭く、強情で何事もやり過ぎ、孤独の傾向がある。仏教美術史においても肖像を見る限り、名僧、知僧と言われる頭は全てハイ・ヘッド型である。仏像においてもこの部位を頂髻相といって頭上に肉が隆起し、もとどりの形を成しているのを良相としているが、はたして読者の信仰されている御坊のおツムは如何なるものか。もしハイ・ヘッド型でなければ宗派変えするのも一考であろう。

前額部(額を含める)ーここで豊かで広いのは才知秀でて観察力鋭敏で、あの明治維新の地力になった大村益次郎もこの頭であった。また或る盲人は「眼が見えなくなったらオデコの自律神経が発達し、前に障害物があるとオデコに圧迫感を感じ、何となく避ける事が出来る」とは盲人のお客さんから聞いた答えである。この部位は直感等の第二の眼といわれるゆえんである。

側頭部(耳の上)ーここが横に張ったのを俗にナマズ頭といい、この者は器量に溺れ、己の分をわきまえない性格を持ち、またこの額が肉食猛獣に似ている所から駆け引きや機知に長じているが、私欲と破壊心がはなはだ強い。
 ところでこのフィナラジー(骨相学)と云うのはギリシャ語で「精神の学問」の意味である。
 この説はガル死亡後、賛否両論、細々低迷していたが、オーストヤリアのフリッチが犬の脳に電気刺激を加え、大脳皮質の分業についての研究より俄かに脚光をあびてきたと云える。

日本においても東大時実利彦教授はガル説に全面的に賛意するのではないが、運動、皮膚感覚、味覚、聴覚、知覚、思考、判断、記憶、意志、感情等を司る場所が確認出来たとおっしゃっていられる。とすればガル説はいささかケガの功名気味であったとしても、現代においてガルやフリッチ等の骨相学を迷信としてかたずけるのは愚の骨頂であろう。


大道絵師から見た実証的人相考⑨

2005-02-22 09:58:18 | Weblog
京都府ーここでは戦争とは壬申の乱のことをさすほど古いが、また、俗に京の先造りというように火力発電、市内電車、中央卸市場などいずれも日本最少である。政治的にも革新派が強く、どこか突っ張っているね。駅前で拾ったタクシーの運転手にここの女性像を聞いたところ「薄情、根性悪さ、冷たい」であったように「まあ、おいでやす。あんさん、ええべべ、きてはりますな」と言われても決して鼻の下を長くしてはいけないよ。「場違いな服装をした田舎者め」の意である。
人一倍プライド高く、閉鎖的で伝統を鼻にかけていることを意識して、彼等彼女と付き合う
ことをお勧めする。


大阪府ー「もうかりまっか?」「まあ、ぼつぼつですわ」これが大阪人の平均的挨拶のように、金権主義と合理主義て成り立っている。それに反政府、反官僚的、反権威主義。と言ってもここの人間が二人よると漫才になる如く笑いと食い倒れ等で自己解放、人生を楽しもうとする人間くささが良い。
 それに浪花商人の成功は「がめつさ」だけではなく、相手の気持ちになって商売する事である。


兵庫県ー「摂津」「播磨」「丹波」「但馬」「淡路」このように兵庫県は五つ顔を持つと言われている。しかし何といっても神戸であろう。
 ゴルフ、登山、水族館、ボーイスカウトもここからで、次から次新しい物に手を出す移り気な性格が災いして文化不毛の地。
 女はプライド高く、ナルシストでブランド好き
姫路方面は明るいが熱しやすく,さめやすい。
眼は一重で唇厚く、頬骨の高いのを播州顔という。


鳥取県ー決して人は悪くないのだがハッキリ意思表示しない為、陰気で非社交的に見える。また素朴で粘り強いが神経質で気が小さく自己解放の道を知らない人が多い。
 ところでここはムッツリ助平県で女もなかなか床上手な所が面白い。ちなみにスケベーここ発祥語で好き兵衛ー助平に転化したものだが、アメリカのスラングにもなっている国際語だ。


岡山県ー女子の高校・大学進学率日本一、知能犯一の様に小利口で警官や学校の先生等、寄らば大樹の影式の事大主義志向の人多し。反面、片山潜や正宗白鳥。出隆氏等で推察出来る如く、癪間質で理屈ぽっく、ユーモアに欠けるので話していても疲れる。
 その故か人間関係の縺れから宗教に逃避する人多く、新興宗教の本場であるのだ。
 尚、イラマス「からかう」ヘラケー「ずるい」等、岡山弁には人の様子、態度、性格を現した表現多い。
 言語学者・十河直樹氏に依るとこの人間性の言葉は己は安定した場にいて、人の行動・様子を見るクールさから発していると仰っている。あの小早川秀秋のことか。
 但し、倉敷は天領で以上の言葉に当てはまらない事をここに住まわせている筆者の名誉の為、補足しておく。


島根県ー朝鮮渡来の血が今でも色濃く残り、信心深く、封建、閉鎖的で寡黙である。古い家に「門」と「郎」の付く人が多いので「出雲モンロー主義」と言われるほど排他的でさえある。
 とくに出雲人はこの傾向大で無用な小陰謀を好み、ここ出身の徳川無声氏は「自分は島根県人で出雲人ではない」と何度も強調していたのは異様だったと言う。
 体質は朝鮮型、女は細面の美人見られるが二十人に一人はパイパンである。
 ここでの付き合いは茶道のマナーを習得しておくのがよろしかろう。


広島県ーここは滑稽なほど熱しやすく冷めやすい。昔から一揆や反乱や暴動に反応したのもここだし、いまでも祭りや広島カープの応援の熱烈さでお解かりのように新しい商品が出ればすぐ飛びついてくる。
 それを顕著に表しているのがここからの移民が多く、ハワイや南米での標準語は広島弁だそうである。
 このように進取の気風、気取らず裸で人間を前に押しだしてくるが、それが強くなると礼儀に失する人がいる。

山口県ーここの人は二人よれば天下国家を論じあうというほど、理想主義的情熱だが些か観念的で、また体裁を重んじ外に対して己を飾る傾向がある。
 長野は哲学・文学だが、ここは現実的な社会や政治を語りあえば友だちになれるよ。
 天皇尊敬度は熊本についで二位。体質は日本海側は細身で美人多く、萩では「はっ」とする様な国貞描く浮世絵女がゴロゴロ見られますぞ。


香川県ー女性ドライバー率日本一、日本学力率日本一で示される様に教育水準も高いが全て体制的で、皆こじんまりして個性なく面白みがない。一言でいえば箱庭的という所。
 これに反し、二号さんが大変多いのは金に対する執着心強く、その証拠に金さえ出せば「コンピラフネフネ、シュラシュシュ・・」と女のサービスは岡山より宜しい。
 ウドンもいいが平成の平賀源内の輩出を切望するよ。


徳島県ー四国の小噺に「もし思いがけない金が入ったらどうする?」に愛媛の場合は物を買う。香川は貯金、高知は祝杯、徳島はこれを元に商いすると言う。
 たしかにここ名産の藍染めは投機性強く、商人根性をたたきつけ、金こそが人生の全てだと考える現実主義者が多い。それもきわめてツビアで非常な競争意識を持っている。
 阿波美人もやはり「ヘラコイ」性格で商売うまく、女性社長の数が人口比で日本トップクラスである。
 じゃ、このストレスを何処で発散させるかと言うと、あの有名な阿波踊りに為る訳だよ。

 踊る阿呆に 見る阿呆
  同じ阿呆なら 踊らにゃソンソン

 歌の文句にまで損得勘定が入っているだから、凄まじいという一語につきる県である。

愛媛県ーここは成熟した大人の文化県て、俳句をたしなみ、人間の喜怒哀楽を知り尽くし、シブミを実践するオジン、オバン臭い県である。
 これは松山を中心にした中予の話で、宇和島を含む南予は豪放な所があり陽気である。今治を中心とした東予は誠実、正直、そして粘っこさを武器にした月賦販売発祥の地だ。
 発祥といえばここの俳句王・正岡子規はベースボールを「野球」と翻訳したのは彼である。
 故に面白いことに料亭でも、祭りでも「野球拳」という踊りが取り入れられていることだ。
 又、ここは伊予顔といって唇厚く、強く結ぶと上唇がクチバシの様に下唇にかぶさって奇妙な愛嬌顔になるでよ、もし。


高知県ー「自由は土佐の山間に出づ」と言われる様に土佐人は自由を愛し、信じ、気持ちの良いほど我が道を行く人が多い。それは「イゴッソウ」と言われる如く、たとえそれが酒やギャンブルみたいな不合理性であっても人間の虚楽を追求する。時には「犬と猫がどちらが利口であるか」で酒を飲んで深夜まで議論するのを好むのだ。
 そこへ持ってきて女性も岩下志麻演ずる任侠女親分が「ナメタラアカンゼヨ」と啖呵を切るハチキン女が多いから、離婚率も高くなるのは仕方がない。弁護士が多いのは頷けるよ。
 体質は眉骨が張って、筋骨質。しかし何より嬉しいのは女が安い事だ。
 土佐に行くなら何もいらないが強い肝臓と遺書とチンポコ忘れたらアカンゾヨ。


福岡県ー九州の男が己を紹介するのに「色は黒いが,血は赤い」と言う。確かにこの県は酒好き、派手好き、祭り好きで言葉でもストレートに表現するから芸能人向きなのだろう。
 女もオランダ語の美しい「ション」から訛ったシャイな博多美人で、酒と祭りに明け暮れる男の世話をするのが好きというのだから理想のタイプですたい。
 ただ芳しくないのは殺人率日本一で、突発的な事に対しても自制の利かないところがあるですたい。


佐賀県ー福岡のストレートな表現に対し、ここは捩れた表現方法を取るのも、山本常朝の「死ね事とは武士道と見つけたり」という葉隠れ精神が少なからず影響しているのであろう。
 「フウケモン」「イヒョウモン」という言葉は、頑固で融通の利かない性格を現わし、その上、自己を律するストイックな姿を人に見せつけ、正義や論理をどんな場合でも貫き、他人に嫌われようが、己の価値観を無理やり他人に押し付ける傾向あり。
 これを一番よく現わしているのが画家・青木繁である。
 とにかくここは日本一マイナーな県ばってん。


大分県ー人間不信から犬や猫などに逃避する読者諸氏も多いだろう。如何かな、大分名物レッド・キャットを飼われては・・・
 所がここの赤猫は狡猾で、偏狭で、エゴイスティックで、協調のなさと打算的な合理精神を持つここの県民スピリットを現わしているのである。
 ただ、この精神を逆手にとって福沢諭吉が出て来たり、一村一品運動が成功しているのも奇異な事である。
 シャイで人見知りが激しいゆえ、その様に誤解されている面多々で、無愛想でも根気よく付き合えば優しく親しみやすい性格を見付け出せる事が出来るであろう。

熊本県ー佐賀のイヒョウモンに対し、こちらはモッコス。形の上では慇懃でも自分の考えを曲げない性格の事をいい、あわせて「肥後のクワ型」ともいって一人一人がテンデバラバラである。
またここの県人は大言を吐き、豪語する反面、その時の権力に日和見で、なんとも矛盾に満ち扱い難い人が多い。「わたしゃ、あんたに惚れとるバイ。惚れとるバッテン、言われんタイ」である。
 体質は筋肉質で色浅黒く、毛深いが彫りは深い。但し評論家の大宅壮一が「肥後の猛婦」といみじくも言った如く美人少なし。

長崎県ー人見知りしない気安さ、明るく開放的で生活を楽しみ善良でオットリしている。とくに女は春の南風のように暖かく、坂本竜馬やシーボルトも慰められたであろう。ただ、海外までカラユキさんとして出かけていき、シンガポールの共同墓地に二葉亭四迷の墓の廻りにここ出身の若い娘の墓に接した時には涙が出たよ。
 しかもここの女は外国人のDNAが入り混じっているのか美人が多いバッテン。
 
宮崎県ー九州では珍しく消極的がめつさがなく、しかも東北のように劣等感なくノンビリしている。ただ、どうしても保守的で小成に安んじる三年寝たろうが多いのだが、この県を或る人は「善人卿」と言ったが正に至言だ。
 都城は積極的で上昇志向が強く、排他的故気をつけられたし。
 女はストリップの元祖・アメノウズメノミコトのせいか、サービスよろしく、とくにあの時の声は日本一だろう。

鹿児島県ーここの理想像やはり西郷隆盛でボッケンモンといい、絶えず天に向って噴火する桜島に似た性格をもっている。情熱的で暴勇血気だがロマンに溢れ、絵描きでも黒田清輝、藤島武二など枚拳にいとまがない。
 ここ出身の作家・海音寺潮五郎は「ここの会話を表現するのに苦労します」とおっしゃるように解りずらく、戦争中ここの方言は下手な暗号より役だったという。
 体格は背低く、背中広くて、全体が衝立のようである。
 そしてここは日本一男尊女卑ゴワスト。

沖縄県ー失業率日本一、所得率、預金率ワースト一位。これほど芳しくない条件が揃っているのに底抜けの明るさがある。しかも性格は温順、素朴で親切。思うに内地に残っていた良い姿がここには集約されている。
 それは血族を一つに固める門中「ムンチュウ」という制度があり、これが一種の相互扶助制度になっているからであろう。
 体格は鹿児島に似ているがアイヌ人を想起された方がよさそうだ。

 以上で県人論終わりますがあくまで私見で、間違っている、あるいは面白い事あったら教えてください。

 

大道絵師から見た実証的人相考⑧

2005-02-21 11:22:24 | Weblog
埼玉県ーサイタマ。全国で七千万抱える巨大県でありながら、まったくカフカの小説のような不条理のカオス県である。「ダサイ」という言葉はここ発祥だが、埼玉県人はいっこう怒りもしないのは本人達がサイタマ県人と認識していないのであろう。所ジョージのように人はいいが、ピリッとした所がなく、税金払っているのにわからない県である。
 但し、秩父地方は激しい気性の持主であるから「埼玉都民」として接すると、とんでもない
シッペ返しを喰いますぞ。


 千葉県ーここも千葉都民だが、救われるのは海に面しいる事である。「お天道さまと米の飯は何時でも付いて回るっぺ」で楽天的で遊ぶ事が大好き。但しここの運転マナーは全国最悪。また修学旅行で来た時和式便所にしゃがむような格好してタムロしているのですぐわかるが、これは潮干狩りの影響であろう。
 「よかっーぺや、ちんちん、あでぶら下げてのルーメグス!」と房総女にマラ見せるな、というぐらい言葉は悪し。ここ出身の日蓮は千葉弁で迫力ある説法したいうのも解かるような気がする。


 神奈川県ーこの県だけ東京にコンプレックス持ってなく、日本一リベラルで社交的、開放的だがエゴイストが多い。故に流通業界ではこの県人のことを「新らし物好きのオチョチョイ」と評すほど新製品が出るとアッと飛びつく。ニガオエもやりやすい所である。
 ここの人間と付き合うには「君の服いいジャン」とおだてる事が一番タンマです。
 ああ、女は海のせいだろうアソコは概して名品多く男を喜ばせてくれるよ。

東京都ー「トウキョウです」といわれても火星から来たように聞こえるのは筆者だけであろうか。ここは昔も今も寄り合い所帯で、あえて言えばインタナショナルでスタンダードか。
 ただ昔から江戸っ子と言われる人は頭の回転早く、気が短く気前の良さ等で消費主義的である。
 有名なエピソードに「東京人と大阪人と名古屋人が会食した。勘定を払う段になって東京人は私が払うといい、大阪人は割り勘にしょうと言った。名古屋人は何も言わなかった」というのがある。

静岡県・・名の示すごとく穏やかな人が多いのは風土からして温暖で住み易いからである。
 浜松になると少々江戸っ子気質になるが、だいたい全国的に見て平均的な人が多い。その上、地域的に情報早く、目も肥えているので「笛吹けど踊らず」で例の流通業界ではこの県を新製品のテスト販売によく利用する。
 女はどういう訳か知らぬが絶品でアソコがよく濡れシマリが良いのが嬉しい。


 山梨県ー県民論書いていて、ここと岡山にはペンが止まる。シンゲンコウ以外悪口ばかりだからだ。
ここは周囲、山で生産性乏しく甲州商人して外へ働きに行く他なく、世の中全て金次第いう気風強く、今でも無尽購が盛んである。また、権威や目上対して贈り物などして媚へつらう一方、金の匂いがすると・・・やめる。ここ出身の山本周五郎が甲州人を意固地まで嫌った事は有名な話であるよ。
 またここの女のアソコが良くない、と言ったのは殿山泰司だが、だいたい海に面していない県は蛋白不足か良くない。故にこの県の女は騎上位とか茶臼が多いね。


 長野県ーやはり周囲山で見栄っぱりが強いが特徴だが、山梨と違って、鋭い感受性とロマンチストで理想主義者が多い。一人一人が意見を持ち妥協性なく、とかく理論に走りがちだがこういう時「信濃の国」を歌おう。とにかくこの県に入ると汽車の中で読書している人が目立ち、それも週間誌ではなく、哲学、文学の類が多いのだ。とどのつまり、岩波文庫の大得意先とはご立派と申すべきだろう。
 さてここの女だが確りしていて、貞操観念高く、発達しすぎている。考察するに女なんかに教育しちゃ駄目なのだ。大学は男だけ行く所で女になまじ教育させるとロクな事はない。本来、女はスケベェな者で理屈ぽっいスケベェなんて気持ち悪いよ。俺は・・・・


 新潟県ー真宗王国で間引き出来なかったせいか、他府県に風呂屋、越後獅子、女中などに出稼ぎが多い。しかも良く働く、この辛抱強く働き者というのはこの県に与えてくれた財産であろう。筆者がこの県に似顔絵描きに行った時、笹ダンゴや振る舞い酒を良く頂き、情に厚く、ここから田中角栄や三波晴夫が出た事が解かるよう気がする。
 女も長野と違って教育より、男に対しての献身的なサービスには胸を打つ。ここには離婚いう言葉はなく、只管、女は男のために生まれてきたのではいう錯覚まで持つのだ。願わくばここの女を女房にし、大阪人のコックを雇い、岩手に住むのが俺の希望である。


 富山県ーここも真宗王国で誠実、勤勉、辛抱をライフワークにしているが、どんなに豊かになっても、喫茶店にも行かず、ギャブルせず、女買わず、徹底して仕事に打ち込みます。
 面白いエピソードに学園紛争の頃、他県の学生が喫茶店で論争している最中、この県出身の学生セッセとアルバイトをしていた。
 なお特筆すべきは持ち家率日本一で示すようにまず家を立派にし、次に仏壇と墓、肖像画というぐらいで筆者はニガオエ描けなくなったら、ここへ引越とうかと思っている。
 ところでここの女は電気を点けてやりたがるのは,水力発電が豊富だからであろう。

石川県ーこの県は奈良朝以前、渤海国から使者多く渡来し、仏教文化誇りにし、加賀百万石の亡霊に取り付かれている人多し。何事においても権威主義で金、名声のある人なら妾に為ってもも自慢する。性格は保守、自閉、他国人は寄せ付けずダイエーでさえ金沢進出にてこずっているほど尊大で排他的なり。
 体格は小型でズングリ、女は美人多いが、セックスしても常に能面みたいで面白みなし。
 故にか、西田幾太郎や鈴木大拙みたいな哲学者が多く輩出するのではないか。


 福井県ーこの県に来てまず眼につくのはやたら寺の多い事だ。野宿者には非常に有難いというほど、神社数は高知に次いで二番目に多い浄土真宗王国。その影響か、一見従順で温和、しかし、越中強盗、加賀乞食、越前詐欺といわれる如く、油断すると手をかまれますぞ。
 もう一つ人口率対し、飲み屋と社長さんの多いことである。女は競争率激しいのかサービスはいいですよ。
 ここでの付き合いは何でも「シャチョウサン」と言っておればよろしい。

岐阜県ーここは日本のヘソでよく政変が起こり、その栄枯盛衰を見てきたせいか、社交的であるが己の本心は決して見せないでしょう。またこの県は洪水に泣かされ「輪中」精神で商業的人間が多く育ち、極端に言えば一円玉でも拾って商売の元手にするという合理的な面がある。だから商売のパートナーには最良でしょう。
 飛騨地方は素朴で純粋です。


 愛知県ー東京・大阪の狭間にあって己ずから中京と名乗るほど対等でありたいという姿勢が窺える。そのクセ新しいものを取り入れるのは慎重で新聞は中日、車はトヨタ、野球はドラゴンズ、銀行は東海、歳暮は松坂屋というように閉鎖的でヨソ者にソッポを向いている。ある人はこの県を「偉大なる田舎」といったがけだし当を得た言葉であろう。
 しかし、バブル崩壊後、この県での倒産がすくないのは「無借金経営」の為せるワザで、他の企業も見習うところあるかも知れない。
 しかし、ここは店は八時で閉まり、クレジットカードもほとんど使わず、子供へのお年玉は預金通帳で・・・ああ、頭が痛くなるほどの合理主義者なのである。
 おめゃーさんも、まめでやっとくれぁーも。


 三重県ー日本一の伊勢神宮のあるお陰で、昔からボーとしてしてても人と金がやって来るので覇気なく攻撃性もない。かえって神から力を得るため正直でなくてはならない、信じているようである。
 その無欲さが逆に人の心をうごかしたのか、江戸では伊勢屋と犬の糞は見かけるほどで、その中から三井財閥が生まれている。
 そして真珠王の御木本幸吉、伊勢商人は神の加護パワーを想起する県ではないか。


 和歌山県ー誰かがこの県は「関西の盲腸」と言ったが、確かにこの県は孤立している。で彼等は大阪に同化しょうと努力する代表が松下幸之助や明石屋さんまであろう。
 所が海と山しかない南部は冒険、大穴狙い、反骨精神が旺盛である。代表では紀の国屋文左衛門や南方熊楠などだ。
 ここの特徴は「ジャンパーと礼服」が良く売れる二面構造があり、貯金に励むかと思えば一度に情熱の赴くまま使いきって仕舞う事がある。
 女は「娘道成寺」のヒロインのように、いい加減に相手をすると呪い殺されますぞ。


 滋賀県ー「近江商人の歩いた跡には草木も生えない」と言われ、実際、天井のない蚊帳を売り付けたほど「物を売る」ことに徹し、勤勉、倹約、何事につけ、「もったいない」という事を信条にしている。だいたい、この県は昔から日本の交通の要衝にって、様々な人や事件を経験し、人間不信の性格に為らざるを得なかったのではないか。
 ここの県民は恋愛に関しても慎重で、なかなか本当の姿を見せないが、イザ、ベッドに入ると急に積極的になりますぞ。
 ここでの付き合いはいきなり経済や財テクの話から入るのがいいだろう。



奈良県ーこの県は門前町で何事も保守的で、微温的にしている。しかし、周囲に大都市をひかえ農業など
収入多く、俗に大和の建て倒れというが、何々、物欲はおそらく日本一でピアノ、電子レンジ、パソコン、乾燥機、大型冷蔵庫などの
耐久消費財の所有率はトップクラスで驚きである。また教育も高学歴で「婿を貰うなら奈良の男」といわれる程だ。
 ただ山間部の人々は積極的でハングリーの人多し。


    以下  次回へ


ルイちゃん。(mauloa7) : 私、今は埼玉県民、前は群馬、神奈川育ちで、実家は東京・・・ん〜・・・おもろいっ。

大道絵師から見た実証的人相考⑦

2005-02-20 07:29:31 | 掲示版(感想、批評何でもよろしく)
北海道ー各県からの集合体。故に伝統に対する執着、権威がなく、大らかでで明るく進取気風。その混血は理想的な性格を作りつつある。ニガオエを描いていてもYES、Noをハッキリ言い、とかく人見知りしないのには驚く。とくに女は気があえばモーテルでも己から進んで入っていく有難い所である。
 とかく道民と接するポイントは日本人的な気遣いは一切不要。但し、江刺は別なり。

 青森県ー「ジョッパリ」「ネブタ」「ミソカヤキ」がキー・ワード。強情で辛抱強く負けず嫌いだが日本一恥かしがりや。故に酒癖の悪い人多し。太宰治がよく表現しているが津軽と八戸は仲悪く、とにかく味噌はミソカヤキにかぎると言っておけば無難。
 体質は長身、長い顔、色白細面。とくに十和田はアーリア系を思わせる美人多し。

 秋田県ー美人といえばここが本場。とくに角館はゴロゴロ。やはりこの地を旅したブルーノ・タクトはコーカサスのようだ、と驚いている。
 しかし美人薄命どおり自殺率日本一。
 気質はスロータータだが一端決断すると命がけ。あの桜田淳子が変な宗教に入ったように。

岩手県ーある農村評論家はこの県を評して「物言わぬ農民と」と言っている様にに忍耐、朴訥であってそれを代弁、代行してくれたのが宮沢賢治である。
 筆者の独断を許して貰うなら宮崎と並んで一番好きな所は心情を大切にしてくれるからである。
 ただ、この県では浮気は絶対ご法度ですよ。
 体格は「眼静かに、鼻秀でておとがい強固に張りて、口方形なりし」は高村光太郎評。

 宮城県ー昔から江戸との直接交通で文化水準高いのだが、模倣性、群集心理強く、地城に根ざした個性や主張は希薄である。だから伊達男か。
 いい面では冷やし中華、牛タン焼きなどの「食の発明王」である。
 女ではこの県と愛知、茨城で三大ブス県也。

 山形県ー富裕度、沖縄についで低いが近所交際費が上位で示す如く、それだけ人間関係を大切にしている。地味、勤勉、正直で恩を忘れぬ。女も「おしん」の如く女房貰うなら山形からといわれる程温順である。
 芋煮会盛んな所でマクドナルドが最後に定着した所で女を誘う言葉は「マック、シヨウ」である。

福島県ーここは浜通り、中通り、会津に分類され、天気予報も三通り放送されるのはこの県だけだろう。浜通りはラテン的で開放的で気っぷもいい。中通りは自己主張強く、見栄っぱり。会津は戦争とは戊辰戦争の事でいまだに山口と鹿児島を憎んでいる。
 ここで「山口の人は野暮ですね」と言ったらビールを奢ってもらったよ。

群馬県ー周囲、山に囲まれ夏暑く、冬寒い。その上、風強い所から上州名物「カカア天下にカラッ風」と言う。所がこのカカァ天下は製糸・織物等によって女の働き者多く「カカァ天下一」との事だそうだ。
 確かに女は気性サッパリしているが、表現粗野で情緒薄い所から誤解されている。
 男は向こう気強く、荒っぽい様に見えるが、尻すぼみに終わる。ただ女房コンプレックスの反動か、筆者が前橋七夕に行って驚いたは男のホモが多い事であった。
 体格は骨っぽく、低身でガニ股。女はあそこの毛が長い、本当に長いのだ。

 栃木県ーここは昔、小藩に天領、神領が入り組んでいて県全体の纏りが悪い。反面、日光東照宮等の門前町や温泉等の客への依頼心があって、没個性的です。
 又、ここの特徴は道徳的で不倫は絶対タブーで、では何で発散しているかと言うと、カラオケとギョーザですかな?

茨城県ー全体としては素朴で保守的、口下手でお世辞嫌い。ただ北では骨っぽい、理屈っぽい、怒りっぽいと合わせ俗に水戸の三んぽっいと言われている。
 方言学の柴田教授によれば茨城・栃木は敬語の未発達地帯て日本警官の言葉が乱れたのは、警官が茨城出身が多いからとも言われている。
 見栄っぱりも多くギョーザで浮かした金で、車やブランド物に費やしている。

ful(fumiel) : 私の住んでる県は、いつごろでてくるかなぁ・・・ (2003-03-02)

たこちゃん(tacotaco) : してして、その続きは・・・ (2003-03-01)

Light of Soul@パンパース親爺隊&酒度75(%)(hikki_no_1) : (ん_ん)  深い (2003-03-01)

けんたろふ(kentarofu) : 深い考察ですね。因みに僕は埼玉県民。 (2003-03-01)

たかまさ(tkashima5) : ふかいですね (2003-02-27)




大道絵師から見た実証的人相考⑥

2005-02-19 07:40:01 | Weblog
「どうすれば人の顔を掴まえられるのか?」
 ニガオエを描いていると、よくこういう質問を聞く。
 はたしてどうしてだろう。顔の造作、つまり二重マブタで
あるとか、眉毛が濃いとか、ホクロが付いているとかという
こういう造作を漫画的に描くだけなら簡単な事である。
 しかし、重要なのは鏡に写った顔のみがその人の顔では
なく、顔の外側だけを信用してはいけないという事だ。

 それは造作の一つ一つ・・・・・眼の輝きとか、唇の結び具合とか、各部分相互の緊張関係からなるハーモニーと全体から醸し出す雰囲気を見るならば世間の常識を裏切るような矛盾したものが潜んでいる。
 実はそういう矛盾が滲み出ている顔を見落とすならば、ただ単にタイプを見ただけに留まり一人の顔を描いたとは言えないだろう。
 前回でも言ったように、人の顔を見て描くというより、むしろ人の顔を読むといった方がいい。

 つまりどの商売にもカンが必要なように、ニガオエも長い事やっているとカンを自分のものにする事が出来るのだ。
 その独特のカンが閃くといった方か適切であろう。

 例えばベテランの刑事は事件の関係者と対面するときは、あまり正面から相手の顔を見ないで質問をビシビシ浴びせながら眼を絶えず周囲に散らし、相手の視線がこちらから外れたとき、「虚」の一瞬を狙って心理を読み取るそうである。
 医者でもカルテを見るより患者の顔色や態度を見て一瞬のうちに病状を知るのが熟練の医師なのだ。
故に今の俺はニガオエに求めているのは「道」であって技術を超えたモノを得たい気持ちで一杯である。
 たしかに始めの頃はニガオエを描いていても眼に写るのは、人の顔の部位ばかりであったが、昨今は顔の部位より、五官というか第六感で客に向おうとしてる。
 何の計らいも捨てて紙に向えば自然に手が動いてくる。
 既成概念や相手の虚飾をフイルターなしで見るものだから面白いほど、いろんなドラマが眼前に繰り広げられるのだ。


 例えばああ、この人は丸顔で鼻ペチャだから祖先はモンゴルで猛烈タイプだ。
 吊り眼で瓜実顔だから北方ツングースだな。
 ギョロ眼で下駄顔だから中国華南型の指導者タイプだ。
 縮れっ毛の色黒だから海洋民族型で楽天的に間違いない。
 低身長で毛深く、強い眉丘で窪んだ眼の持主は先祖は縄文人だろう。等々思い巡らすのである。

 右翼の方には悪いが日本は決して単一民族ではなく、極論すればあゆる民族のゴミ捨て場だったのだ。
 「敗北」という字のごとく部族間闘争で敗れたものが北へ北へと流れ着いた先が日本だった訳である。
 人類学者・安田博士も「こんにち日本人の顔を見て分類してみれば、日本人が何処から来たかと言う事は素人でもだいたい想像つき、この人はインドネシアに近い南方系。この人は中国人系。この人はツングース系とおよその型は決まっている・・云々」と言っておられるのは至言だと思う。
 倉敷の阿智神社もその一例であろう。
 古事記によれば日本の応神朝に阿直岐という学者が百済から来たという事になっており、アチキは諸国でも栄え、近江にもアチを祀る阿自神社がある。
 そもそもアチキと言うのは漢の霊帝の曾孫で、父兄に「東の国に聖者あり」と唆され、七姓七県人口を牽いて帰化したわけで、苗字ではなく、つまり部族名だ。
 それを上手く利用したのが、やはり渡来系民族の君主である蘇我の馬子であった。
 馬子は彼等を使って、吉備国では三屯倉を設置したり、鉄の生産地である美作の白猪の屯倉。
 それから吉備の水軍の一番の拠点である児嶋にも屯倉を作って瀬戸内海に楔を打ち込んでいるのには注目に値する。
 そこより馬子は渡来人を恐れながら優遇したのであろう。
 とまれ! こんな話をしていたのでは日がくれる。読者諸氏はアクビをするであろう。
 ただ、我々が縄文人の祖先か、渡来人の祖先かを書いて置きたかったのである。


 さて、この章では昔「年に一度、やって来るのは富山の薬売りと似顔絵屋さんだけじゃ」と言われたぐらい、日本の隅々の祭りを歩いて実見聞してきた県人論を述べ、あわせて顔や性格を付け加えておこう。
 何故、こんな事を披瀝するかと言うと、知っての通り日本は南北四千キロに渡る細長い島国で、気候、風土は北と南ではまるで違う。
 また土地は万葉の昔からの歴史があり、土豪、領主、大名の藩政の影響力も尚かつ残っていて、県によって人の生活習慣、ものの考え方、商いの仕方等を知っておくと、その人を知る上で大変プラスになるであろう。
 それに女の性習慣も書き加えたのは読者へのサービスである。

 北海道ー各県からの集合体。故に伝統に対する執着、権威がなく、大らかでで明るく進取気風。その混血は理想的な性格を作りつつある。ニガオエを描いていてもYES、Noをハッキリ言い、とかく人見知りしないのには驚く。とくに女は気があえばモーテルでも己から進んで入っていく有難い所である。
 とかく道民と接するポイントは日本人的な気遣いは一切不要。但し、江刺は別なり。


大道似顔絵師から見た実証的人相考⑤

2005-02-18 07:38:19 | 掲示版(感想、批評何でもよろしく)
それでも「見ず知らずの人の顔を観て、その人物がどんな性格の持ち主か読み取ることが出来るというほど、バカげた事はない」と嘲笑まじりの読者も居るだろう。
 たしかにその言はある面を衝いている。
 ダーウインてさえミミズを二十年研究した結果「あたかも潅木密生地帯に彷徨えるごとし」といって手を投げ出したくらいだから、いわんや複雑な人間の顔だ。
誰でも内面にはジキルとハイドの二面性を持ち合わせ、まして内面の怒りを外面に現れている笑いや愛嬌で誤魔化している場合もある。
 しかし、そこの所である。
 その人が無理して作っている顔は微妙なバランスの崩れがあるのだ。
 顔の道具立ては整っているのに片頬だけ引きつって話すとか、左右の面が極単に違うとか、この釣り合いの取れていない部分だけ、どこか感情の縺れや、己以上に背伸びしているかを見抜かなければならないのである。


あえて例をあげればリクルートの江副某。ロスアンゼルス保険殺人の三浦某。それに現在の四谷怪談版・トリカブトの神谷力等であろう。
 三者三様とも顔はブヨブヨで目定まらす、喜怒哀楽激しいと思ったら急に黙り込む所作同じである。
 作家・森敦氏は「現代は善人面が犯罪を犯すから困る」と嘆かれるが良く良く見届けると、だいたい解かるものである。


 それはカホは気表「けほ」の転化、人心・・ホに出る意で、オモテの「オモ」は思うことが表れる意であり、共に精神に繋がる言葉であるからだ。
実際人々の心象は覿面に鏡のごとく顔に具現し、顔は一つの看板と言われるゆえんであろう。
 

 その証拠に医者、坊主、救急隊員の顔である。
彼等は常に眼の前で人々の苦しみを見ており、その中にあって筋肉の表情を動かすことが出来ない職業である。
 つまり人々は己の属している集団の中で表情の仕方さえ、無意識にしろ学びとるのだ。
 また人は己の顔にその精神生活の歴史の傷跡を刻み込むように、中身の機能は外の形態に密接に関連があり、形態と中身の機能は切り離せないのである。
 この固定された状態を我々は「人相」と呼び、その人相を体験的に、また感覚統計学的に注釈が加わり人相学が発達してきたである。

 たしかに人相学は何千年も昔から幾多の人間の運命の共通点を観察し、現代では医学、心理学など科学として応用されている。
 西洋においても人間の顔が形態学と心理学の両面から見直されつつあり、イタリアの生理学者ニコラ・ベンテ。ドイツのクレッチマー。アメリカのシェルドン。フランスのヴェルダン等々の研究が「心理学的人相学」「医学的人相学概論」そしてルイ・コルマンの手によって急速に拡がり、注目されつつある。

 「宗教なき科学は片輪であり、科学なき宗教は盲目である」と言ったのはアインシュタイン先生だが、人相学も形而上学の哲学的なものに存在している限り、退廃する他ないであろう。
 現時点における非実践的マルクス主義を見れば判然とするように、理論は実践の裏付けなくしては些かの発展も望み得ないからである・・・


 「酔っ払い弁士、中止!」
この言葉が機関銃の音のように響いてくるので止めるが、人相の話をするにはこれだけの御託を並べなくちゃならんのだから、これを読まされる読者はさぞ迷惑だろう。

 ・・・と言って正直な話、ノート三十数冊分を七・八回分でどのように纏めようか苦しんでいるのである。
 さぞ俺の薄い脳味噌も迷惑している事であろう。
 こうなると無理方程式の冠が付き、それを上手く纏めたとなると、まさに俺自身の膏血のドロップスだ。
 故にそのドロップスを寝転んで五行ごと一度に読むなどと云う無礼だけは御免こうむりたい。
 柳宗之は韓太子の文を読むごとに、バラの水で手を清めたというではないか。
 まして次回より増量になる。
 読者諸氏よ、覚悟して置け!
 乞食エカキも覚悟する!




大道絵師から見た実証的人相考④

2005-02-17 15:26:27 | 掲示版(感想、批評何でもよろしく)
ここに一冊の本がある。
「日本人の顔」と云う文化を顔で考察した山折哲夫氏「国立歴史民俗博物館教授」の名薯であるが、そこに俺と玉川しんめい氏との共薯「似顔絵漂流記・パンリサーチ社」が引用されている。

 「この本は似顔絵師という、わが国のアウトドア・ライフの大衆芸人生活をつぶさに報告したものであるが、主人公はそこで、似顔絵はやはり似ている似ていないが最大の山となるのだ、と言っている。
 それは当然といえば余りに当然の話であるのだが、しかしその似せるという行為の核には、顔ではなく人を見よ、という手法が暗黙の前提として要請されている。
 つまり「人の顔を読む」という手錬が大事であるのだが、その出会いにおける最初の一瞥、すなわち「瞬視」における気合いがキメ手になる。
 似顔絵の極意は、この「瞬視」にあるという訳である。
 瞬間的に交される内的な対話がそこに成立するといってもいいだろう。
 おそらく似るという事態は、その後やってくる。
 その結果として、個性をくるんだ顔の輪郭が出来上がるのである・・・・」
 山折氏の話は続くがそれは本を買って貰う事にして氏は似顔絵描きは、相手の性格を看破すればするほどいい似顔絵が描ける、と言って下さっているのであろう。
 故にこの本の中には「バッチリ当てます人相・客相という項があって、対手を一目見て長子か、次子かがわかる。ときには処女か、人妻かもわかる。
 それほど大道絵師のプロは凄みがあるのだ。
 こんな事を言うと読者諸氏は驚き、目を丸くするばかりでなく、俺自身を大言壮語の縁日的ペテン師だと断定するだろう。
 血の気の多い連中なら「チバケルナー」と早速ゲンコを固め、俺の上に乗しかかってくるであろう。
 しかし、まあ待って頂きたい。
 そう興奮しないで俺の文章を一通り読んでからにして貰いたいのだ。



 二・三年前のことである。朝日テレビ系で「誘われて二人旅」のロケがこの美観地区であった。
 そのおり、女優の田中美佐子嬢と歌手の倉橋ルイ子さんのニガオエを描いたのだが、何の予備知識もなく田中嬢を海国の人、倉橋さんを山国の人だと何かピーンとくるものあった。
 するとまさにその通り、田中嬢は島根・隠岐島であり、倉橋さんは北海道・大雪山の麓生まれであった訳だ。

 「海に面した所で生まれた者はヒラメっぽい顔が多いのでしょうか?」
 田中嬢がこのように言われるが、人の顔は自然を模倣し、概して海では平板な顔が多く、山では凸凹の顔が多い。
 そのうえ長女・次女、年齢までズバリ当てたのだから年を聞いてあり合わせの本やマニュアルで占う偽占い師と訳が違うのだ。
 大道で生きる絵師の勘はするどく、ベテラン絵描きが「この人はこうだ!」と思ったらほぼ間違いはない。

 この凄みさえ感じさせる勘という才能をどうして身に付けるかというと、一年に何千人の者を描き、そして上手く稼げたり、失敗したりする一つ一つの事例を過去に流してしまわないで、頭の中にあるフオルダに分類整理してしまっておく。
 その何千何万という事例の分類整理されたモノを分析してみれば「この顔はこうだ!」という判断材料くらいたちどころに出てくるのは当たり前であろう。
 勘はインスピレショーンではなく実は科学の産物なのだ。




大道絵師から見た実証的人相考②

2005-02-16 20:19:15 | 掲示版(感想、批評何でもよろしく)
今日もだ。「おじさん、まだ描いてくれないの?」といつも来る添乗員の女である。歯ブラシみたいな睫毛をつけ、タラコみたいな口紅つけて、おまけにニセブランドの服を着て、まったく素材がないのてある。
 丁重にお断りしていると、今度は青白い顔をした青年で能面みたいに無表情で口だけが動いている。まさに車が渋滞し、その中で閉じ込めれ慢性胃炎を興したような顔で俺は泣きたくなる。
 密閉されたような所での過保護主義、造られた流行に乗り遅れまいまいとするアンディティティ拡散の退行現象・・・・・
 彼等の顔を見ていると滅亡するネズミの群れを海に向かって導くハメルンの笛に踊らされている顔のように見えるだ。

 古来、顔を称して世の羅針盤とはけだし当を得た言葉である。
 たとえばピタゴラスは、彼に価する顔のものでなければ、塾に来て学ぶことをゆるさなかったし、ソクラテスも生徒の顔を吟味し、哲学を学ぶに適していると十分に確信出来る顔でなければ又、入門を許さなかったと伝えられている。
 中国でも温雅「おんが」と言って温かい雅しい顔が儒教の君子の必至条件であり、科拳の試験でも学才以上の採用条件として、第一基準にあげられていたのである。

余談だが明治初期、この倉敷に一柳斎すてと云う男装の女観相家が居た。彼女は「庭瀬の見通し」と云われたごとく占いは百発百中で、近郷近在にその名が知られるようになる。
 ところが気が向かない客には、いくら金をだされてもゼイ竹を握ろうとしなかったと言う。
 「私は易を売るのは嫌い。金持ちだ。豪家だという誇り気分が鼻につくようでは、心眼が開けませぬ。今日の観相は真っ平御免!」とくるものだらますます人気を高めたらしい。
 それからも貧家の人の病気を治したり、失せ物を探し出したりしていたが、とんでもない事件が起こったのである。
 それは豪家の子供が神隠しのごとく忽然と消え警察、消防団などで探しまわったが一向手掛かりがない。
 しかし「すて」はその難解な事件を三日三晩瞑想のうち、当ててしまうのだが子供が帰った来たとき「すて」は息絶えて居たという。
 昔から芸道の人間というものは死ぬ前にはビックリするくらい芸が上手くなると言う。
 「すて」も最後の力を振り絞ったのであろうか。

大道似顔絵師から見た実証的人相学②

2005-02-16 04:01:11 | 掲示版(感想、批評何でもよろしく)
そこで一転意識的に人相に興味を抱くようになり、ニガオエ旅であちこち巡りあっている間でも暇さえあれば図書館に駆けつけ、あらゆる人相学の本を読んだり、また町では占いを商売している人間に色々聞いたものである。
 ところが驚いたことに数限りなく読んだ本の中で良心的と思われるものはごく一部で大半は興味本位か、古い本の書き写してあり、占い師も現実的直視能力もなく、ただ、単なる危なげない空想の所産のみで占っているのが多かった。
 四柱推命、天中殺、九星術、挙句の果てにはトランプ、キャンドル、数霊、サイコロ、水晶タロットカード等多々あるがバカバカしいので止める。
 俺はこのような机上論、偶然的、観念論的なモノが大手を振ってまかり通っているのを横手傍観出来ない気性なのだ。
 いったい占いなどやっている連中の面構えを一見してわかるであろう。貧相、バカ相的な輩か、商売人的な奴らばかりではないか。
 現実にインチキ宗教、あるいはヤクザの資金稼ぎでやっている者もいた。
 それを見てもらう奴も奴である。己の意向や行為を主体的に決定するのではなく、決定や判断を他人まかせにする。
これは己の持つ知的好奇心の表れとしての「未来の空想」する面白さや能力を捨てる事により、同時に己らしさの重要な部分を捨てる事であろう。
 換言すれば「あれか、これか」と迷うことに人間の内面生活が鍛えられていき、個性的な顔が出来上がっていくのだ。
 作家・司馬遼太郎氏は明治の写真に写っている日本人の顔は、たいてい眼つきは確りし,精悍なのは、それは「魂の量」が多いからだとおっしゃっているのは至言であろう。
 明治と云わなくても少し前までニガオエを描いていても多彩な感情表出があり、少しの出会いや別れでも一期一会の思いこめた情感豊かな顔が目立ったものである。情の幅なり、体験の厚みなり、想念の深みなりと言うものがあったのだ。
 ところが飽食ならぬ飽笑というか、マイナーな密室文化がはびこり、結果、人々の顔は「私の顔こそが美観地区でござーい」という顔が増え、ぜんぜん面白くないのだ。
 己さえ良しとする生活が人間の顔を悪くするのは神の激しい刑罰なのだ!

大道似顔絵師から見た実証的人相学①

2005-02-15 18:15:23 | Weblog
ピカソと俺とは巳年の五黄土星だ。ナポレオンと俺とは五月五日の男節句生まれだ。
 高嶋呑象の占いによると巳年の男節句生まれは三十五になると身分不相応の出世をするそうだ。
 それを信じその年まで飲んだくれていたが一向ナポレオンやピカソになる気配がない。
 講談師・神田好山という男などは呑象に長生き出来ぬと占われ、三年間の保障だけはされたが、その翌日自殺「ザマーミロ、手前の占いは当たらネェー」の遺書があったと言う。
 俺にすればいずれ銀鞍白馬にまたがって、赤マントを風にひるがえし登場するものと期待大ゆえ自殺しかねるのだ。
 蓬髪、ボロマントで鶴形山に向山だ。
 ところが面白いことに気がついたのだ。ニガオエを描く行為は、世間でいう人相鑑定の仕事に非常に似ているのではないか、という事だ。というのは似顔絵師は人の懐を当てにする訳だから、生活防衛上、瞬間的に相手の性格を判断せざるを得ないからである。
 なかには絵師に一生懸命描かせたあげく難癖をつける奴もいる。ゆえに似顔絵を描きながら奴は金を払わない人間か、あるいはチップをくれる人間かという事を絶えず観察し、己の利害関係と結び付けているのである。
 それにニガオエと云うのは勿論、外面的な顔の構成も大事であるが、何といっても決定的要素は如何にモデルの性格を掴むかで決まるからである。
 画聖・アングルでさえ「眼にするもの全て我々が捕らえるべきカリカチュアがある。そのカリカチュアを発見するためには画家たるもの観相家でなくてはならない」とおっしゃるのだ。

■■ごめん、ホームレス訪問記は一寸中断します■■


ホームレス訪問記 ⑪

2005-02-07 07:40:04 | Weblog

「サーサ、イラサイ。イケノコイ」
 「何!! 半額、では顔は半分になるよ」
 「そんな可愛い顔して無茶言わんといて、それにしてもお嬢ちゃんは何故、私の好きな顔に生まれてきたの・・・」
 「サー買ったり、買ったり。親は子に、子は孫に伝えたいこの感動を・・」

 こうした冗談を適度に入れて商売するのである。
 ある落語家が言っていたように「緊張と緩和」を上手く取り入れるのだ。

 それと「ああ、ニノちゃん。六月生まれの江戸っ子だね。お嬢ちゃんはダイちゃん・・。彼も絵を描くのが好きだ。それに書道四段だったね。まいった、まいった。おじさんなんかは書道はカイダンだよ。ハハハハハッ。そこのお姉さんはアイバ君、おお、彼はクリスマス・イヴ生まれだったな」

 また仕事をする前は必ず「嵐」のメンバーの下調べしたうえで商いすると親近感も増し、ますます売れるのだ。もう、手持ちの絵も少なくなったので手伝ってくれていたホームレスのサブ爺さんと車上ホームレスのT君が車に絵を取りに行った。

 それにしても暑い。ノドはカラカラで日干しになりそうだ。こういう時、俺は俺の親父や爺さんがある時はガダルカナルで、ニューギニアで、インパールで戦かった事を想いだす。水だけでなく、食料もなく、マラリアやアミーバ赤痢、それで生き延びても蛾死で数百万の兵士が死んで逝ったことを思うと大抵のことは我慢出来るのである。

 「ああ、お嬢ちゃんは大野くんね。カルダンの袋、奮発しちゃおう・・・」
 「・・・で貴方は・・・?」
 「ヤイ、ヤイ。カルダンかブツダンかバクダンか知らんがオッサン誰に断ってやってやがるんだ・・・!!」
 「さ・・て、来なすった。」
 可愛いお嬢ちゃん連中は蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、華やいだ空気から一変重苦しい雰囲気だ。
 俺はイーゼルに向かいながら、背中で一人、二人、ウッ、七・八人いるな、素早く計算した。大道でやる場合は背中にも「眼」を付けて置かなければならないのである。

「コリャ、ワレェ、聞こえんのか。早く仕舞わんと大阪城の壕へブチコムゾ・・」

 こういう場合、一呼吸置いた方が良いと言う事は長い経験で知っている。彼らの罵声を聞きながら太陽の方へにじり寄っておもむろにに振り向いた・・・

 先ほどからヤイヤイ叫んでいるのは鉄砲隊の中でも、まだ一年生であろう。上は村会議員から下は国会議員までアジるのは一年生に決まっている。故に見え張りだろう。額の側面を異様に剃り込み、眉毛に刺青を書き込んである。馬車馬って言う所だ。そしてスキン・ヘッドの禿げ鷹、片目の丹下シャ膳、三白眼で下から睨みつけるサソリのような奴。そして一番後ろにいる男が葬儀屋だろう。全てを終わりにするからだ。

 こうなると俺は自虐的に嬉しくなる。何故なら今まで無表情の連中ばかり似顔絵を描いて来た反動である。
 メキシコの革命画家シケイロスやオロスコが画壇や文壇連中と付き合わず、貧民街を歩き廻ったのも解かるのだ。
             続く
                       
 

ホーームレス訪問記 ⑪

2005-02-03 09:19:40 | Weblog

 「鶴は千年、亀万年、となりの婆さん後一年。色は黒いが浅草海苔は、白いおまんまの上に乗る。男は度胸で女は愛嬌、坊主はお経で、漬物ラッキョウ。学生は勉強でわっしも勉強させてもらいま・・・す。」
 フーテンの寅さんじゃないが、こういうのを露天商ではタンカ売という。しかし、こういう口上を知らない露天商も多く、なにより道路交通法や人のゆとりのなさで消えていった・・・

 しかし、消えてないのは露天で商売する場合「チャクトウ」といって、そこの親分あるいは責任者にそれ相応の挨拶をしなければならない。ところがここは公園管理の管轄で「エーイ、いいだろう」と駅とホールの一番良い場所で店を広げた。横になにやら怪しげな姉ちゃん達も店を広げて「嵐」のポスターやビデオを売っている。その前をダフ屋が行ったり、来たりしてこれと思う女に声をかけておる。

 ここで一寸横道にそれるが「露天商」のことを書いておきたい。露天商とは昔、神農さんを祭り、薬を売り歩いていたのを嚆矢とする。また仏教の教えを分かりやすい言葉で説きながら香や仏具を売り歩いた武士「香具師」が「野士(のし)」と呼ばれるようになり、やがて祭礼や縁日で者を売る商人全体を指すようになる。これが明治以降「ヤー的」に、更に上下を逆にして「テキヤ」になった。
「目の前の通行人はすべて敵と思って商売せよ」という意味からテキヤになったとも言う。
テキヤはヤテキ(矢的)の倒置されたもので、商売があたるも外れるも矢の的(マト)に当たるようなものだということから出た言葉でもある。
最後の説が一般的なようで、漢字では「的屋」と書くらしい。
 ちなみにあの有名なモーニング娘の加護亜衣ちゃんは奈良・大和高田市を縄張りとする露天商の親分の娘である。

 しかし、ここは祭りでなく、管理は公園管理人である。怪しげな女の子の横で店開きすることにした。

大道で商売する場合、八目ウナギみたいに八つの眼が必要である。客相、流れ、露天、警官の様子、隣の商売、天候等等である。

 天気は暑いが暑さを凌ぐ木もないので我慢することにして、申し分ない場所である。ただ、離れているが新しく店開きしている露天の人がちょっと気にかかるが、贅沢は言っておれない。早々「嵐」の二ノ宮や大野などの似顔絵を並べ始めると、おかしなコスチュームを着た女の子の悲鳴にも似た歓声があがる・・・・

 「ああ、お嬢ちゃん。胸に「O」のマークをつけているから大野君ファンだね。おっちゃんも大野君が好きだよ。しかし、お嬢ちゃんのお顔もいいね。何故、おっちゃんの好きな顔に生まれてきたの?」
 大道では腕でかせぐより口でかせぐ、ぞくにいうタンカ売だ・・・・」

 そこで「女は愛嬌、坊主はお経、漬物ラッキョウでおじさんもお勉強しちゃう。六枚三千円を二千円・・・」
 もうこうなれば黒山の人だかりで、前で吉本の新人タレントだろう・・・
 
 「ピーちゃん、今日はいい天気やな」
 「何言うてんねん、日干しになるわ、このノーテンキ」と言っていたのが何処かへ行ってしまった。こちとらは船場太郎直伝の猛者とは知るまい。
 「サーサ、イラサイ。イケノコイ」だ。



ホーームレス訪問記 ⑩

2005-02-02 14:27:56 | 掲示版(感想、批評何でもよろしく)
 「T君、おはよう、オレだ!!」
 車の中を見るとよほど疲れているのか、大きな口を開けて寝ておる。相変わらず「パリは燃えているか」の音楽が鳴っている。
 「T君、私だ。エカキの」
 肩を揺さぶると眼を宙にそえて・・・
 「社長、・・・ああ、師匠だっか」
 追い出された会社の事を夢見ていたのであろう。長年勤めた会社の事を一ヶ月や半年で忘れられるものではない。いわんや髪振り乱し働いてきた血は骨の髄まで沁みこんでいるだろうからだ。

 「師匠、警官が二時間おきにきよりまして。その度に車を動かさなああきまへので、おちおち寝てらへんでしたわ」眼をこすりこすり起きだして来た。

 このT君も、サブやんも俺も男の舞台をもぎ取られた人間である。篠田節子の「小説・カノン」の一節、「普通に生きていくこと自体が限りなく難しい人々が、世の中にいる」という部類でもある。

俺自身に限って言えば、バブルの時期から、人々が非常に大事なものを身の内からも外からも崩壊していくという感じがニガオエを描いていて、お客さんの顔から痛烈に感じるようになった。

「巨匠たちの自画像」で鋭く解剖したマヌエル・ガッサーは「顔とは自我と環境の衝突によって作り上げられる現場だ」と結論した。この言葉はまさに至言で、例えば最近の政治家、教師、医者、坊主までが顔が良くわからない。これは彼等の自我というか、使命感の欠如であり、モラルの崩壊である。女でもいいとこのご令嬢と思っているととんでもないコールガールやアダルトに出没しておられるのである。

 民俗学者・柳田國男は「いまのうちに地方を回って顔の写真をたくさん撮っておかなくてはいけない。何故ならもうじき日本の顔がなくなるからだ」とおっしゅっている。作家、司馬遼太郎氏は「現代の人間は魂の量が希薄だから書く気しまへん」ともおっしゃる。
 まあ、いいだろう。日本人の顔が進化か、退化か、皆が宇宙人や北京原人の顔に画一化されたら似顔絵描きやすいじゃないか。

 「ああ、エカキさん、おおきに。皆喜びますわ。最近は夫婦とか、親子連れのホームレスも多くなりよりましたさかい・・」
 サブ爺さんはそう言ってラーメン箱が山と積まれたリヤカーを押して去って行った。

「師匠、大阪で一番見晴らしのいいのは何処か知ったはりますか?」
 「そりゃ、大阪城の天守閣からのながめやろ」
 「ちゃう、ちゃう。このオータニホテルの屋上からの眺めだっせ」
 「どうして?」
 「そや、おまへんか。黒いグロテスクな建物が見えよりまん」
 なるほど、奇妙なグロテスクなホテルの屋上に立てば、それは見えない。人生でも絶望とか悲しみの上に立てば絶望も悲しみも見えないのと同じ論理だ。

 「T君、そろそろ仕事に行くか?
 「・・・・行きまひょう」

 このT君の奥さんは先ほどの柳田國男の出たところの在の大庄屋の娘で、いずれT君もその跡を継ぐのであろう・・・